宇宙農業スローライフ~軍人辞めてド田舎暮らし、宇宙《そら》から天使《よめ》が落ちて来た~

タナカつかさ

第1話 円満な追放?

 革張りの重役椅子に重厚な板張りの仕事机、それに書類戸棚、観葉植物が一つ。

 将校に宛がわれる私室――執務室。敷かれた絨毯も上品なその上で、

「――退役、ですか?」

「ああそうだ。正式にはお前からの除隊申請ということになるが、今なら面倒な小言なしで相応の手当も出る」

「理由は?」

「――軍人の資質無し。これ以上の理由は要るまい、自覚はないのか?」

「――はい。その余地も暇もありませんでした」

 無機質な抑揚で、兵士は目の前にいる将校にそう答えた。

 デスク越しに眺める階級は大佐――その生え際がかなり後退しもはや白髪が大部分を占めている色褪せた金髪も壮年の古強者だ。

 粗野な青年は、その古強者が醸し出す威圧染みた溜息に眉一つ動かさない。襟足までピシッと立てられたその軍服とは違い、青年のそれはところどころ擦り切れた、訓練用の野戦服ももはや馴染んだ私服のよう程好くこなれ弛んでいる。

 突如申し付けられた理不尽な要請――いや、それに見せかけた辞令にも関わらず、厳粛且つ厳格に背筋を伸ばし、両足を軽く開いた“休め”の姿勢で対応していた。

「……しかし今ですか?」

「むしろ今だからこそだ。お前はまだ若い、今の内ならまだ他の道も十分に歩める」

 反抗的ではない純粋な疑問に、古強者もまた純粋な善意で答える。反目し合っているように見えて互いに一定の信頼を置いている。

 そうと知らなければ、人間を逸脱した二つの顔が醸し出す殺伐とした空気に、周りの人間は即退散していただろう。そんな中、

「……本当に思い当たるところはないのか?」

「いいえ。申し訳ありませんが、思い当たるところはありません。……ただ……」

「……ただ、なんだ?」

 その青年の兵士――ノーカは思う。

 仕事を辞めろ、と言われて思い返す、長い戦乱が続く銀河に孤児として生まれ物心がつくころには武装の組み立てをしながら目の前で人が灰になるのを見つつ今日の晩飯を決めていた日々を。


 赤子の自身を拾った傭兵が、彼に兵士としての際立った資質を見出し、自らの知識と戦闘技術を仕込んだことを。そしてその師が死んでしばらくしてまた新たな師が自身を拾い、また新たな死がそれを手の平から奪って――

 戦場から戦場へ、陣営から陣営へ、兵士から兵士へと転職し流れに流れて、今、ノーカの目の前にいる将校が正規軍の運営する軍事施設スカウトキャンプに行きつくまでの歳月を。そこでようやく一般的な教養を通信教育と隊の仲間達からの指導も合せて取得し、特殊部隊として数々の死地を経て――


 今ここで、退職勧告クビを言い渡されている。

 その理由は彼を教えた数々の人生の父とは真逆の評価で、兵士に向いていない、とのことだが。

 ノーカは極めて整った“休んでよし”の姿勢で鑑みる。

 自分に今の仕事が向いていない理由――本当にそうであるのか? そうであるのなら、それはいったいどのような部分になるのかと。それがノーカにとってどれだけ青天の霹靂であっても、軍人として自身の親代わりとも呼べる男の言い分を聞き流すつもりは無く。

 言葉の意味を冷静に分析する。

 軍人の資質――幾つかあるが、まず先述した冷静な判断力に加えて、過酷な任務に堪えうる強靭な肉体に、数々の兵装や武装を扱うだけの科学的知識、更には軍隊格闘術を始めとする各種戦闘に適合した感性から、戦術、戦略的思考というそれもあるだろう。これらはいわば一兵士としての任務の遂行能力というそれだ。

 ここに問題はないとノーカは判断する。何故ならそれがあれば既に自分はこの世に居ないからだ。

 だが、それに付け加えてあと一つ――軍人として最も大切な素養といえるものがある。

 それは同族である人を殺すことへの耐性だ。

 いや、適性だろうか? いわば人殺しとしての精神的資質だ。通常多くの人間は同じ人間を死に導くことに罪悪を覚える、もしくは、真逆にその罪悪を覚えない・・・・・・・・・ことに心を狂わせていく、そうならない為の適応性だ。

 軍人は人を殺す職業だ、この適性が無いと長く続けられないどころか心を越えて人生すら病み他人の人生まで壊す。多くの職業、特に人の死に多くかかわる職業に於いてこれもとても重要視されるが、助けようとした結果として死なせてしまう他のそれと違い、軍人ほどこれを必要とするそれは無いだろう。

 それに加えて、常に自らを死地へと飛び込ませる――自分の死という可能性と仕事を続けて行く上で向き合い続けるという、これも兼ね揃えなければならない。 

  

 この、精神的資質についても問題ないとノーカは最初思う。

 先立った師達もこぞってノーカのそこを評価していた。

 人を殺しても何も感じることは無い、病まないどころか悩むことすら無い。

 ノーカにとって人を殺すことは何の問題にもならない。身近な誰かが死ぬことも生きる上での必然として捉えていた。

 仲間の死というそれすら何の影響も与えない。生まれた時からそれが当たり前の環境で生きて来た。ずっと戦争だ。生まれた場所が戦争をしていて、育った場所が戦争をしていて誰も居なくならないことが当たり前の場所など無かった。

 どんな人間でも死ぬのはただの当然で、どんな死も極めて自然な出来事――銃弾で殺されようと、何らかの事故で死のうと、どんな悪意や理不尽であろうと生き物は生きていれば死ぬというそれだけだった。

 その人間に多少思い出があればそれが渦を巻くことはあっても、死、というそれに対して摩耗しない。それは極めて異質な感性であるが、これが兵士としての寿命を長くさせているとノーカは分っていた。

 総合評価として、自分は兵士として実力があり、精神的適性があり、相当の不運に見舞われない限りのその寿命が保証されている

 ――適性は『極めて良し』での筈であるとノーカは思う。

 だが目の前にいる恩師の判断は『不可』で。

 しかし……、

「……ただ、」

「なんだ」

 それ以外のところで、ノーカ自身に以前から抱いていた疑問が一つある。

 それは、

「……この基地に居る人間、自分以外の将兵を見ていて、思うところはあります。皆が皆、これを生業として選んだこと、それに任務に対し何らかの誇りや精神的有益さを感じている。……しかし自分にはそれが無い」

 兵士としての実力、精神適性以外の、兵士としての資質で。

 第三のそれはある意味で、軍人としてではなく、ノーカという個が負う兵士として生きることに対する、喜びのようなものだった。


 誰かを守る、何かを守る、戦うことで得られる生き甲斐、やり甲斐……誇りプライドとも言い換えられるそれだけは『有る』わけではなかった。

 その最後の一言だけは、兵士ではなく一人の人間として、もはや親代わりである上官に零した。


 それは単なる兵士、否、生きる為に人を殺していくしかないという、ある種動物的生き方から、軍人になり人間としてのまっとうな教養を身に着け始めて感じたことだった。

 人を殺す、武力を行使する、ということに同僚達は前述した喜び、誇りを感じているのだが――それはノーカが持つ数少ない戸惑い、いや、それにも満たない違和感なのだが。

 人を殺して、一体何が素晴らしいのか。

 人を殺すのも死ぬのも、無いなら無いでそれに越したことは無い。端的に言って手間が掛るだけだ。死体の処理や殺すまでの手間まで含めてそれをやらずに済むならその方が楽だ。人を殺すというのは生きる為にどうしてもそうしなければいけないという時以外は必要の無いことだ。

 そこにどうして喜びを感じるのか。それを守ること・・・・・・・がどうして誇りになるのか。

 欺瞞的行為にみえなくもない。しかし、それが彼らにとって大切な誰かや何かを守るということは分かる。家族とか、友人、恋人、正義とか愛とか一時の平和とか言う奴だ。

 人間的な高尚さ、といえばいいのか。

 そこは、生きる為の必然として人殺し、兵士を選びそしてやってきたノーカには理解し難く、心情的に持ち得ないものだった。

 しかしそれが、軍人として生きる為のやり甲斐、精神的喜び――それがこの仕事における第三の資質。

 基地にいる者たちは皆この『誇り』や有意義さを感じ従事している。

 ある意味で、他二つの資質を度外視し、人を殺すということに悩みながらも、信念、理念を燃やして国に従い時として自らの心を殺しながらに軍属している――

 ノーカは、自分にそうした誇りが無いこと、それに劣等感や反発、反感を覚えたことはない。それはただ生きて来た場所、の文化、人種の違いだと思っていた。

 生き物として若干毛並みが違う程度――犬種におけるささやかな違いと程度だと。

 なにがなんでも生きようとする意志、どんなものにしがみ付いてでも生き延びようとする意地はあっても――そうした生存欲求とは別のところにある文化的、哲学染みた死生観や人生観は未だないが。

 兵力として数え、戦場で肩を並べ、命を預け合う立場として何の不足もない、と。

 ただ、

「……自分には彼らの様に、この仕事に対し特別な感性を発露することはありません……多分、これから先もずっと」

 ほんの少し引け目を感じていた、というように。

 何せ、軍人のほとんどが情に厚い人間なのだ。そうでなければ他人の為、国の為に身を投げうって戦えない。一部の殺人狂や犯罪願望の持ち主がその免許と免罪符にと軍に身を置こうとするが――それ以外は概ね仲間想いの良いヤツラだ。

 この基地に居る仲間に、温かく肩を叩かれたこともあるし、厚かましいくらい絡まれたこともある。うっとおしい世話を焼かれたり逆に気を利かせて距離を置いてくれたり、逆に、そこでノーカも出来る限りの事はした。

 言葉遣いが下手なので、もっぱら彼らが好む酒瓶をタダで置いたりだ。出来る限り、同じ居を構える彼らに帰属しようと努めた。

 だがそれでも、彼らと同じ、軍人として生きる誇りと喜びを見出すことは出来なかった。

どうしてなのかは分らない。

 ただ、自分が生きる為だけではない、もっと別の何か・・・・・・・を守ろうとすること。それは軍人というより、やはり人としての高尚さなのだろうと思う。

 誰かの為に、ナニカの為に、守るために。それがある意味で戦士――戦う・・という生き方に根差した軍人として通ずる部分、根源的、原動的な資質になるのだろうとノーカは思う。だからこそ、それを『自分は兵士にしかなれなかった』『兵士という生き方がそこには在った』などというそれに誇りを感じるのだろうと、ノーカも今では彼らの生き方を理解できた。

 そして、だからこそ、

「……皆、この基地に居る部隊の仲間は皆、軍人というそれ以外に道が無かった、他にも選ぼうと思えば選べたのかもしれませんが、結局はこれだった――しかしそこに誇りを持っている。……自分にはそれがありません」


 自分の上官へ、改めて、表情を崩さずそれを告げる。

 軍人としての誇り。力でも、人殺しの適性でもない。

 彼らが持ち、ノーカ自身が持ち得ない、根源的何か・・であろうということまで分かっていた。彼らはそれを守るために常に戦っている。そういう意味で、自分はただ生きている・・・・・・・だけで彼らと違い戦っていないのだとノーカは思う。

 それでも、軍に必要とさせる兵力、という単位としては、部隊に所属する価値はあるだろうと思っていたのだが。

 将校はノーカを前にしながら、静かに瞼を伏せる。

「……そうだ。……それが、君への勧告理由だ」

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