第33話 大精霊の儀

 西の大陸の様子を見て満足したフィスリールが東の大陸に戻った後、カイルは長老会で大精霊の儀の調整に入っていた。


「ではもう大精霊を完全に制御できるようになったのじゃな」

「早いのう、まだ四十三ではなかったか?」

「まだ大精霊の儀の日取りを決めるような歳でもなかろう」

「確かに早いが、いつ頃やるかくらいは決めておこうというだけの話じゃ」


 そんな気楽なカイルの言葉に取り急ぎの理由がないことを知ると、もう一人の幼子のセイルと合わせてもいいことに気がついたのか、長老の一人がシリルに尋ねた。


「ところでシリルの里のセイルは四十七ではなかったか。大精霊の儀は行うのか?」

「まだじゃな、もう数年はかかろうて」

「となれば、セイルと同時に行うのか、それとも分けて行うのかが問題かの」


 魔力の過多の問題から個人差があるが、同時期に大精霊の儀を行う幼子が二人もいること自体が珍しいことだった。

 果たして一人一人祝ってやるべきか、それとも同時に祝ってやるのが良いのか。なるほど、カイルが早い段階で話を切り出してきたのはそれを決めるためか。


「カイルの孫娘の仕上がりはどうなのじゃ?」


 それを聞いたカイルは、おもむろに孫娘の成長が記録された魔導映像再生機を取り出すと、離島で沖合に向かって虹色霊弾エレメンタル・ブリッドを延々と砲撃をしている様子を映して見せた。


 <「ばぁば! 大分だいぶ威力を抑えられるようになったでしょう!」>


 フィスリールの頭上に浮かべられたダース単位の虹色の霊弾ブリッドが、沖合の大波に向けて数キロ先まで両断するように一定間隔で射出されていく。


 <「あ! クラーケンだわ!」>


 ピシャーンッ!


 <「これで干物を作ればドワーフさんのウイスキーの肴にぴったりね!」>


 右手で訓練の虹色霊弾エレメンタル・ブリッドの射出を止めないまま、左手で水と風と土の複合魔法であるサンダーをクラーケンの頭上に正確に落として見せたフィスリールは、そのまま左手で水流操作をしてクラーケンを取り寄せて見せ、右手で砲撃を続けたまま、ファールに頭を撫でられながら無邪気に喜んでいた。


「一年前くらいはこんな感じじゃったが、今では以前の中級精霊と同じレベルまで調整できるようになっておる」

「……」


 大精霊の儀を迎えようというエルフとしては十分過ぎた。


「これは先にカイルの孫娘だけ大精霊の儀を済ませるのもありかの」

「そうさの。全力の霊弾を打ち上げてみせる段に見栄えに差がつき過ぎる」

「別々の場所でやれば良いのではないか?」

「会場を分けたら我ら長老衆が揃って祝うという体裁がとれんじゃろ」


 色々議論はあるものの、セイルの都合に合わせると時期が不確定ということもあり、フィスリールに先に大精霊の儀を受けさせる方が日程が確実ということで、フィスリールの衣装と舞の準備が出来次第、執り行うことになった。


 ◇


「えぇ〜! 大精霊の儀って舞を踊らないといけないの?」


 民族舞踊のような舞で、二、三ヶ月もすれば覚えられるじゃろというじぃじ。舞の最後に成人した証として、嘘偽りのない全力の精霊弾を上空に打ち上げてみせ、それを長老衆が認める体裁を取るそうだ。まさかそんな古臭い儀式が残っているなんて……って、よく考えなくてもエルフは古臭い民族だったわ!


「舞の衣装はママが織ることになっているのよ」


 反物まで織れるなんてエルフに求められる女子力の水準レベルってすごいのね。なんでも、私が生まれた時からこの日のために練習してきたらしい。知らなかったわ。そこまでしてくれるなら、私も覚悟を決めて舞の練習をするしかないわね。


「大精霊の儀を終えたら成人なの?」

「いや、五十までは仮成人じゃ」


 じぃじの話によると、セイルと時期をずらすために私の大精霊の儀を早めただけで、年齢が到達するまでは未成年扱いということだ。ちなみに男の子の場合は舞は舞でも剣舞らしい。なにそれ格好良さそうだわ!


「フィスリールはこれで綺麗に舞うのよ」


 そう言って長い絹糸が両端に付いたおうぎのようなものを渡された。まさかのおうぎの舞だった。おうぎは祖母から渡されるらしく、ばぁばはもう何個も何個も作ってあるので、これは練習に使っていいそうだ。


「今回から魔導機で半永久的に映像に残せるから良かったのぅ」


 こうして、半永久的に残る失敗できない舞に向けた特訓の日々が始まったのだった。


 ◇


 シャン、シャン……どてっ。


 周囲から鈴を鳴らして音頭とりつつ右回転、扇を返して左回転、そこから首を逸らすようにして扇を掲げて高く跳ねたところで……盛大にけた。痛いわ、ぐすん。二、三ヶ月と言っていたけど全然自信ないわ。

 そう思ってばぁばやママに舞ってもらうと、どちらの舞も完璧なトレースラインを描き舞い終えた。地面についた足跡さえも、ほとんどズレがない。どうやら本当に連綿と受け継がれてきたらしいことを悟ると、黙々と練習を続ける日々が続け、やがて舞は完成した。


 体育教導を卒業した後も日々の鍛錬を続けてきた身体は裏切らない。ばぁばやママに完成形を見せてもらったことで、それを剣技や体術のようにトレースすることは難しくなかったのだ。一時はどうなるかと思ったけど、っていうのはこういうことなのね。

 後から聞くと、昔のエルフたちは、剣舞や舞で武術や体術を、終わりの霊弾で魔法が成人の水準に達しているかを判断していたらしいわ。だから真面目に鍛錬に取り組んでいれば、問題はないのだそうだ。エルフって案外厳しいのね。


 やがてママが衣装を完成させた。白を基調とした動きやすい半袖のツーピースで、サイドレースビジュベルトスカートの両脇を覆うようにした若葉色のシーススルーの生地が、回転する度にフワリと舞う。


「ありがとう、ママ」


 ママが作ってくれた衣装を着てはにかむ私を涙を浮かべるようにして見るパパとママを少し気恥ずかしい思いで見返した。

 そうして、とうとう私の大精霊の儀を執り行う日がやってきた


 ◇


 シャンシャン……静かに打ち鳴らされる鈴の音に合わせて、右に回転し、扇を返しては左に回転し、腰まで伸ばしたフィスリールの美しい紫銀の髪と共に、若葉色のシースルーの装いがフワリと空中に舞い上がる。舞台の上を大きく円を描く様に、クルリクルリと舞い踊りながら、時には首を逸らすように跳ね上がる激しい動きを見せたかと思えば、時が止まったかのように静止して扇を掲げて前を見据える。そんな、エルフの女性が連綿と受け継いできた精霊舞が舞台で展開されていた。


「美しいのう」


 長老の一人が呟いたが、孫娘の晴れ舞台を見て静かに涙を流すカイルの耳には届いていなかった。やがて膝を付きながら祈る様に合わせた両手を上空に突き上げると同時に、六属性を収束させたフィスリールの全力の虹色砲弾エレメンタル・バスターが上空の雲を突き破るように放たれると、静かに精霊舞が終わりを告げた。


 ◇


 精霊舞を終えて、長老衆から成人と認める祝いの言葉を受け取り、大精霊の儀の式典が済んだ後、料理と酒が振る舞われる宴会の席でフィスリールは緊張を解いていた。

 大人のエルフから代わる代わるお祝いの言葉を受けながら、ありがとうと笑顔を返すフィスリールの姿に、明るい雰囲気が広がった。


「緊張したわ! もう心臓が止まるかと思った!」

「よく踊れていたわよ! ほら!」


 そうしてドローンの映像を再生してみせるママに、やめてぇー! 自分では見たくない〜と両手で顔を隠す様にするフィスリール。そんな女衆と離れたところで男衆は男泣きするライルを囲んで酒を酌み交わしていた。


「おいおい、大精霊の儀でそれじゃあ、結婚の時はどうするんだ」

「フィスは! パパに剣で勝てる男が出るまで嫁には出しません!」

「ライルに剣で勝てる男が出るまで待っていたら婆になってしまうわ」

「まったく、娘を持つ父親というやつは」


 そう言って笑う男衆。そう、ライルは酔っ払っていた。


「それにしても、最後の霊弾には度肝を抜かれたわ」


 精霊力にして成人の三倍、そして虹色エレメントであることから単属性の数倍、つまり通常の十倍以上の威力を誇る虹色砲弾エレメンタル・バスターが放たれたのだ。


「あれなら将来は里でも有数の精霊魔法使いになろうて」

「わしの孫娘なのじゃ。当然じゃな!」


 かっかっかと仰反のけぞるよう笑うカイルも酔っ払っていた。


 こうして、悠久の時を生きるエルフに連綿と伝わる大精霊の儀を終え、東の大陸のエルフの里は幸せに包まれたのであった。

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