エルフの成人式

第31話 大精霊への羽化

 東の大陸のエルフの里に帰ってしばらくしたのち、それは起こった。


「なに……これ?」


 朝起きると、生まれてからずっとそばに居た従属精霊たちから感じる精霊力が、今までとは段違いに強くなっているのを感じた。


「まるでじぃじとばぁばの精霊みたい」


 なんだか不思議な感覚よね。そう思いつつも、いつもの戦闘待機時を意識した七割の魔力維持したところで……窓が割れた。


 バンッ!


 部屋の扉が弾かれるように開いたかと思うと、ママが血相を変えて部屋に入ってきた。


「どうしたの!?」

「……わからない」


 呆然としている私を心配そうに見つめながらも、周囲を見渡しても特に危険はないと察すると、ママは緊張を解いて私を割れた窓ガラスの側から遠ざけ、精霊で危険な破片を集めて部屋を掃除した。その後、落ち着いた私は朝起きた時に感じたことと、窓ガラスが割れる前にしたことをママに話した。


「お義父さんに診てもらいましょう」


 ママに呼ばれて部屋に入ってきたじぃじは、私の方を見るなり目を見張って言った。


「フィスや、おぬしの精霊……大精霊になっとるぞ」


 そう、私の六体の精霊たちは中級精霊から大精霊に進化していた。


 ◇


 あのあと、大精霊になると今までとは比べ物にならないほど強い精霊力を発揮できるようになると説明を受けた。そのため、今までと同じ感覚で魔力を込めたら、周囲への圧力がとんでもないことになるそうだ。


「特にフィスの精霊は六体おるからの」


 つまり影響も六倍になり、部屋の窓ガラスなど簡単に割れてしまうということね。ガックリしている私とは対照的にじぃじやばぁば、パパとママも揃ってお祝いムードになっていた。普通は五十の成人近くにならないと必要な魔力の蓄積に満たないことから精霊は羽化しないそうで、嬉しい誤算だとか。


「部屋にいるときは魔力維持はもうしないほうがいいの?」

「魔力を一度に込めなければ周囲への圧力急変は抑えられるわよ」


 続けてばぁばから説明された制御の注意に納得する私。なるほど、要はそうっと扱えば問題ないってことね? でも、コントロールが一気に難しくなってしまったわ。十の精霊力を七まで上げるより、千の精霊力を七に抑える方が格段に制御の難易度は上がるとのことだ。

 待って? そのたとえだと、今までと同じ感覚で精霊魔法を撃つと百倍と言うことかしら? 前に魔獣の洞窟でじぃじとばぁばが放った馬鹿げた威力の爆炎の気流ストリームも、随分、手加減していたのだわ。ばぁばに全力で撃ってもびくともしないわけよね。

 とにかく急変した感覚に慣れることが必要なので、しばらくしたら、また魔獣狩りなどに出掛けて試し撃ちして慣れていくということになった。


「しかし困ったぞい。大精霊の儀は何年も先かと思って何も用意しとらんわい」


 大精霊の儀は半ば成人式のようなもので、里を挙げてお祝いするのだとか。


「別に十年後でも構わないでしょう。フィスはまだ四十なんですよ?」

「そうだね。まだ当分は里の外を一人で出歩かせられないからね」


 十代の頃に身の程知らずに言った「パパから一本取れたら」発言は忘れて欲しいと言うと、パパとママから良い笑顔で昨日のように覚えていると言われたわ……とほほ。


 ◇


「気がついている? フィスの精霊の力」

「あたりまえじゃわい」


 フィスリールが部屋に戻ったあと、カイルとファールは興奮気味に確認しあった。中級精霊から大精霊への羽化で、精霊力の違いを十が千と例えたがそれは通常の例だ。つまり、個々の大精霊が老成したエルフの半分だったとしても、六体の大精霊を合わせれば現時点で三千の出力を持つのだ。これで全力の虹色砲撃エレメンタル・バスターなど撃ったら、魔獣の洞窟ごと吹き飛んでしまうだろう。


「これでちょっとやそっとでは人間には手を出せなくなったの」

「むしろ手加減した余波で人間の体をバラバラに吹き飛ばしてしまって精神的にショックを受けないかが心配だわ」


 人間からすれば今や孫娘フィスリールは歩く攻城兵器だった。


「不味いのぅ。そんなことになったらしばらくとこに伏せて出てこんじゃろう」

「しばらくで済めばいいけど……」


 本当に相方パートナーには早く育って欲しい。優しいフィスリールを思い浮かべながら、切実に願うカイルとファールだった。


 ◇


 洞窟に赴く前に止まったまとに精霊弾を当てて調整をしていたが、まとの後ろに設けた土壁ごと吹き飛ばしてしまい、魔獣の洞窟が崩落ほうらくする危険があると言うことで、私は今、大陸間に点在する離島で海に向けて撃っていた。

 頭上に複数浮かべた虹色霊弾エレメンタル・ブリッドの一つ一つが、以前の虹色砲撃エレメンタル・バスター以上の威力で海上に撃ち出されていく。なんだか精霊力の無駄のような気がするわ。どうせなら害獣を駆除したり砂漠を緑化したりすることに使いたいものね。


「そういえば残りの二つの大陸のことを考えてなかったわ」


 砂漠だからといって無闇に緑化をして良いかというと、星全体の気候への影響を考えると、必ずしも良いとは言えない。もしかしたら、緑化した影響で太陽光の反射率の違いで星の気温や気流が変わるなど、他の大陸の気候が変わるかもしれないのだ。同様に、熱帯雨林のジャングルを開墾したら星全体に影響が出かねない。目指すところは持続可能な文明なのだ。今の気候バランスに影響は与えられない。

 だとすれば、西の大陸に魔導製品が普及しきったところで、私の目標はほぼ達せられると考えて良いのかしら? 実感が湧かないわ。


「フィス、魔力のコントロールが甘くなっているわよ」


 ばぁばの声に我に帰った。いけない。余計なことを考えていたら、無意識に通常威力でバカスカ撃ってしまっていたわ。慌てて以前の威力を目指して精霊力を絞る私。でも、そうか、わかったわ。


「ばぁば、私、目標が無くなってしまったようだわ」


 今まで、星霊として持続可能な文明に導くために、エルフの里のみんなに協力してもらって人間さんやドワーフさんに魔素エネルギーを利用した持続サイクルの利用を勧めてきたわ。でも星霊でない私自身、そう——


「自分自身はなにをしたいのか、なにも考えていなかったことに気がついたの」


 一時的に望ましい文明の姿になったとしても、短命種である人間はそれを維持できるとは限らない。だから、今後も維持管理していかなくてはならないのだから、すべきことはなくなりはしない。

 でも、一時的にでも目標が達成される見込みがたったことで、私は突然、星の意志にらない自分自身の望みを持たないことに気がついてしまったのだ。

 そう話す私に、ばぁばは微笑を浮かべながらこう答えた。


「あら、ようやく気がついたのね」

「え!? どういうこと?」


 そう驚く私にばぁばは諭すように話した。


「だってフィスはいつも人の為ばかりで、自分の為になることを望んだことはほとんどないじゃないの」


 そう、ドワーフの銀細工以外は。フィスがほんの少し漏らした願望を聞いたカイルがどれほど喜んだことか。笑ってその時のじぃじの様子を聞かせてくれるばぁば。

 人間の為に浄水ユニットを作るのはいい、ドワーフの為に鉱毒排水を処理する装置を作るのもいい、エルフのために排ガス処理を促すのもいい。でも、たまには、じぃじやばぁばに、フィス自身のわがままを聞かせてくれると嬉しいわ。そう言って笑いかける姿に、なぜか、私は涙がこぼれた。


 ◇


 結局、以前の威力に絞れるように魔力を制御できるまで、三年かかってしまった。魔力の加減を間違ってもいいように金属で強化された建物から、木の匂いがする家に戻ってきた私は、久しぶりの自分の部屋のベッドに身を投げ出すと大の字になって寝転んだ。

 あれから自分のことも考えるように意識したけど、すぐには思いつかなかった。パパやママにも相談すると、何年、何十年でもゆっくり考えればいいと撫でられた。エルフの時間感覚からすれば、それでも瞬きするような時間なのだから。


 私は未だ、エルフの中では未成年だった。

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