第20話 エルフ里の融和の歴史

「というわけじゃ」


 セイル達の様子を遠くから監視していた長老のシリルは、同じように見ていた里の女衆に顛末を告げた。しかし、その声は野次馬に忙しい里の女衆に全く届いていない。

 その代わりと言ってはなんだが、フィスリールがささやくように告げた内容は、風の精霊を通してそば耳を立てていた女衆には世界の中心で叫んでいるのと何ら変わらなかった。


たくましくなったセイルに一緒に来て欲しいな、チュッ!」

「フィスは絶対に渡さない! キリッ!」

「もう見てられないわァ~!」


 きゃ~! と嬌声を上げる女衆に、魔力を使ってガン見しながらよう言うわいとシリルは思ったが余計な口は閉じていた。うちの里のセイルに続いてカイルの里にフィスリールが生まれてからというもの、エルフの恋物語フィクションに出てくるような甘酸っぱい恋模様に女衆は沸いていたのだ。

 大抵はどちらかが数百歳は長じていることから、どちらか一方が余裕をもって導くのがエルフの男女の常であったからだ。それほどに、歳が近いエルフが揃う確率は低い。

 そして、これでは英才スパルタ教育は無理なので、今まで女衆が中心に行っていたセイルの訓練を甘えを排除するために男衆が担当することになった。


「あぁ、セイルちゃんがあんなに傷だらけになって……」


 セイルが木刀でしばかれる様子をハラハラしながら見守りつつも、フィスのために真面目でひたむきに強化訓練に取り組む様に、母性がくすぐられるのを止められない。


 そんな女衆の様子に、シリルはため息をつくのであった。


 ◇


「じぃじ、エルフは里を移転したり他の大陸を行き来したりしたことはないの?」


 億年単位で、大地の内側の熱で対流がおきることで、表面の地面が移動すると気候が変わったはず。その時、エルフは大陸を移動したんじゃないかしら。


「大きく移動したことはあるぞい」


 ただ、海を移動したとは聞いたことはないのう。そう答えるじぃじの言葉に、昔は一つの大陸だったものが四大陸に分かたれた、という超大陸説が思いついた。地続きの内なら気候の変化に合わせて場所を移動することができる。なにか特殊な移動手段でもあれば楽だったんだけど、どうやらなさそうね。


「この間の世界地図を見たら、西の大陸なら魔導飛行機で海を横断できそうなの」

「いきなり海を横断はあぶないのぅ」


 確かに。普通に飛べる距離ならいつものように偵察機で様子を見ればいいわね。


「わかったわ、まず偵察機だけで見てみるわ!」

「聞かずともわかる気もするのじゃが、何をしにいくんじゃ?」

「西の大陸でも今いる大陸と同じ状況を作り出したいの」


 西の大陸のエルフや人間やドワーフにも、魔導製品によるクリーンで持続可能な文明を共有したい。西にある大陸だけでなく、いつかは四大陸全てに魔導製品を適用して、この星全体が綺麗なままでいられるようにしたい。そういった考えを伝えると、


「そうじゃと思ったわい」


 ずっと見守ってきたのじゃからな。そういうじぃじは難しい顔をする。


「じゃが西の大陸のエルフがエルグランドのエルフと同じとは限らんぞ」


 人間やドワーフはともかく、同じエルフであれば戦闘能力は大差なかろう。軋轢が生じれば、たとえ成人していたとしても、私に危険が及ぶ可能性を否定できない。もしかすると言葉が違い、文化が違い、習慣が違うかもしれない。そういった異文化交流は、まずは安全のためエルフの生息範囲外から接触を図るのがよかろう。そう言ったじぃじは、地図の写しを持ってきて指さした。


「北に広がる森ではなく南の平原の様子をまずは探るのじゃ」


 平野にエルフが好んで住んでいるとは考えにくい。考えにくいが断定できない。それを確かめられるだけでも、海を横断した際の安全地帯を探る材料として価値があるじゃろう。そういうじぃじの言葉に頭を抱えた。


「同じエルフを仮想敵にする日がくるとは思わなかったわ」


 じぃじの言葉は正しい。信用は過去の言動や実績から生じるものであり、それを元にして未来の行動を信頼するのだ。過去の言動や実績がわからないものは、同じエルフといえども信じられないわ。

 でも、現地のエルフと良好な関係を築くことなく魔導製品の展開はできない。つまり、目的のためには現地のエルフと仲良くなることは必要最低条件なのだ。最初は用心して海を渡ったとしても、いつかは接触することになるわ。


「まあエルグランド共和国の歴史を紐解くに、そう血生臭いことは起こるまいよ」


 短命種と違って拙速に事を進めるほど若くない。なにより面倒ではないか。それと同時に変化には抵抗があるから、血生臭い真似はしなくても時間がかかる。それが長命種であるエルフの思考だった。


「里同士が共和国の形になるまで数千年かかっておるからの」


 それでも里同士が融和していったのは、ひとえにエルフの出生率の低さからじゃ。一つの里でつがいを見つけるのは限界に来ておったのじゃ。じゃから——


「フィスは気をつけんと現地のエルフの里に嫁入りじゃ」


 なんだか思っていた以上に大変そうだった。でもその論法だと、エルフの集落が見つかったら、融和を打診すればつがいを見つけるためのエルフの母数は倍になるので、エルグランド共和国全体としては悪くないのではないかしら。

 そんな考えを話すとじぃじは困ったような顔をして言う。


「その場合に真っ先に架け橋とされるのは、一番若いフィスじゃぞ」


 西の大陸に渡ってフィスが現地のエルフ男子と恋に落ちたというのなら、フィスのじぃじとしては融和の協力もやぶさかではないがセイルが泣くのぅ。冗談めかして言うじぃじに私はケラケラと笑いながら答えた。


「そんなことあるわけないわよ!」

「……じゃといいのぅ」


 フィスリール本人にその気がなくても、同じ年頃のエルフ男子がフィスリールの外見を見て、そして内面に触れて、果たして恋に落ちずにいられるだろうか?

 その問いに答えは出ていたカイルは、遠く先を見通すように目を細めた。


 ◇


 魔導人工衛星の地図を頼りに、西の大陸に向けて魔導偵察飛行機を飛ばした。偵察で何があるかわからないので、こちらの情報や技術が漏れないように、念のため自爆機構を搭載した。じぃじのアドバイスに従って南に広がる平野地帯の東端につけた魔導偵察飛行機からは、中規模の港町が映し出されていた。


「いきなり当たりを引いてしまったわ」


 海から漁獲した魚を陸に引き上げているのは人間だった。陸に進み街並みを映すと、行き交う人々も、市場でやりとりをする人々も、みな人間のようだ。

 港町から続く街道に沿って更に西に魔導偵察飛行機を飛ばすと、カサンドラのような商業都市が見え、北には穀倉地帯へ続く道、西には更に内陸に進む街道が伸びていた。おそらく港町から海産物や塩などを商業都市に送り、更に西の都市や都などに物資を送るような流通路になっているのだろう。西に向かう相当数の商人の馬車が見られた。更に西に進むと、湖に突き出た岩場のほとりに佇む美しい城が見えた。

 どうやら西の大陸の東側には、今いる大陸に劣らない規模の人間の国があるようね。でもエルフは一人も見かけなかったから、西の大陸でもエルフと人間が一つの場所で共生するようなことはしていないのだわ。

 何日かかけて南のブレイズ王国と同規模の範囲を偵察してまわり、一定範囲の安全エルフなしを確認したフィスリールは、今度は人間の国の北に広がる森林地帯に魔導偵察飛行機を差し向けた。用心のため、超高度を維持しているので種族の判別が難しいが、エルフか人間かドワーフが住んでいるとわかるだけでも御の字だわ。

 やがて、エルフの里に酷似した集落が点在する場所を見つけた。ここまで来たのだからと欲を出して高度を下げたフィスリールは、金髪碧眼の男性が今まさに此方こちらに向けて何かを撃ち出す姿をとらえ……着弾する前に、魔導偵察機を自爆させた。


 あの金髪碧眼の男性は、エルフだった——

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