第18話 いつかの未来のために

 魔獣の洞窟から里への帰りの道中、スタンピードになるともっと強い魔獣が出るのか問うと、比較の目安として、最後に倒したボス級は魔石の大きさにして二メートル以上に成長するそうだ。そんなのが出たら、人間では対処が難しそうだわ。いえ、もしかしたら今回の中級というシャドウ・ドラゴンでも厳しいのかもしれない。

 人間の街に押し寄せたら、彼らはどうしていたのかとじぃじに聞いてみると、


「砦に篭って徐々に駆除するしかないのぅ」


 街で見た城壁を利用して立て籠り、弱い魔獣を倒しながら手に負えない魔獣はやり過ごすのだとか。


「やり過ごすと言っても消えるわけではないと思うんだけど?」

「魔獣は知恵があるわけではないからの」


 目の前に人間がいなくなれば、別の場所に移動してしまうそうだ。それに、北に追い返せば、エルフが勝手に駆除してしまうから人間からは消えたように見えるそうだ。なるほど、倒せなくても北に跳ね返せたら終わりということね。


 今回の魔獣の洞窟での魔力運用訓練の経験から、励起状態にある魔石を探知したら自動迎撃する魔導迎撃システムを構築することは出来そうな気がしていた。位置は魔力でわかるから、魔石を利用してレーダー・ビーコンして反応を得た箇所にズドン! そんな単純なもので、魔石を持たないエルフや人間に反応しない魔獣専用の迎撃が行えるわ。

 エルフ側でも狩りで罠を張るのと同じ感覚で魔獣用の罠を張れる。まあ、見えない位置から魔獣を駆除できるエルフにそんな物が必要かと言われるといらないのだけど。

 う〜ん……保留で。直接的な兵器につながるようなものを渡せるほど、人間を信用はできない。倒せなくても北に跳ね返す準備があればいいというコンセプトで考えよう。なんなら、万里の長城を築くだけで、目の前しか見ない魔獣は北に封じ込めて置けるのだから。


 繁栄が続いて機会があれば、鉄格子みたいな簡単なものでもいいから柵の設置を進めればいいわね。フィスリールはそう結論付けた。


 ◇


「こんなにあっさり戦時魔力運用を身につけてしまうとは思わんかった」

「それどころか、虹色砲撃エレメンタル・バスター消滅魔法イレイザー雷撃ライトニング・ボルトも撃ち放題よ」


 カイルとファールは、碧眼の瞳を持つ自分達が息子には受け継ぐことができなかった魔法戦技を、余すところなく再現してみせた上、より高みに到達する孫娘の姿に、内心では狂喜乱舞していたのだ。青は藍より出でて藍より青し、師として、そのしゅつらんほまれの喜びを直系の孫娘に対して抱けることのなんという心地よさよ。


 本来は平時と比べて多く必要とする魔力の持久力や、周囲にまとわせる魔力と遠方を探る魔力と精霊力を高水準に維持するための魔力の同時展開に苦労するはずだったのだが、そんなことはなかったのぅ。どうにも、常時魔力をどうこうすることに慣れきっているようじゃ。これは、フィスリールがハイエルフの先祖返りであるだけでなく、生まれた時から魔力の鍛錬のために常時回転させていたことによる慣れの産物だったが、そういった事情を知らないカイルは、孫娘の持ち前の持久力と魔力運用能力の高さに舌を巻いていた。ものの千年も経てば、エルフの里でも有数の精霊使いになれるじゃろう。


「喜ばしいことじゃが、問題は、相方パートナーとなるセイルが釣り合うほど成長できるかどうかじゃな」


 セイルはエメラルドの瞳だから魔力では釣り合いは取れない。歳の差がほとんど無い同年代のエルフがいるということ自体、奇跡のような確率なので贅沢は言えないが、魔法がダメなら剣技を死ぬほど鍛えるしかあるまいの……息子ライルのように。


 ◇


 <「やったぁ〜!」>


 魔導ドローンの記録映像で虹色砲撃エレメンタル・バスターを放ちシャドウ・ドラゴンを仕留めて喜ぶフィスリールの姿が映し出されると、この『フィスリールの秘境探検かぞくピクニック記録』と名付けられた映像を見ていたエルフの長老衆は一様に驚いた表情をしていた。


「魔獣の洞窟に入ってからずっと戦時魔力を維持をしておらんか?」

「なぜ一人で虹色砲撃エレメンタル・バスターが撃てる」

「その前に虹色霊弾エレメンタル・ブリッドを複数浮かべながら、水魔法や風と土と水の複合である雷撃ライトニング・ボルトを撃っておらんかったか?」


 映像の初めこそ、また孫娘にでもねだられて幼子を危険なところに連れ出しおったかと笑いながら、カイルの『わしの孫娘成長記録』を見ていた長老衆は、映像が進むにつれて次第に明らかになっていくフィスリールの異常ぶりに騒然となっていた。


「乾いた砂に水を落とすように際限なく吸収するでのぅ」


 教えたその日から平然と戦闘待機時魔力を常時維持したり、わしらが使う爆炎の気流ストリームは当然のこと、光と闇の複合魔法である消滅弾イレイザーと水と風と土の複合魔法である雷撃ライトニングに撃ったりと、わしもファールも嬉しゅうて嬉しゅうて。


「つい、行けるところまで行ってしもうた!」


 そう言って、かっかっかと笑うカイルに激しく突っ込みを入れたのは、フィスリールの幼馴染セイルが住む里の長老シリルだった。


「アホかい! 物には限度というものがあるわ」


 シリルはカイルがこれを長老会で見せた理由を映像の途中で気がついていたのだ。というか、他の長老衆もシリルの様子を見て悟った。


「すまん、どうかセイルに英才教育をほどこしてくれぃ!」


 すまなそうに頭を下げるカイル。つまりはそういうことだ。


「やってしもうたのぅ」

「剣技でバランスを取るしかなかろう」


 そういう長老の台詞を聞きつけたのか、シリルは今も流れていた映像——魔石が重くてよろよろしているところをライルに助けてもらう微笑ましいシーン——を途中で止め、少し前まで映像記録を戻し、あるシーンを再生してみせた。


 <チンッ! ボトリ>


 それは、剣のでコウモリの魔獣を両断して見せ、ライルに撫でられているシーンだった。


「今これでバランスが取れるほどに鍛えろと?」


 碧眼の瞳を両親にもちながらエメラルドの瞳に生まれたライルは、両親に恥じぬ息子になろうと死に物狂いで剣技を極めたのだ。そんなライル譲りとも言える早熟の剣技は、この年齢の幼子には見事と言うしかなかった。


「里の婆どもになんと言われるか……少しはわしの身にもなれい!」


 そう、フィスリールが祖父受けするのと同じように、可愛いエルフの男の子であるセイルは里の婆たちにとって目に入れても痛くない存在だったのだ。そんな幼子を死に物狂いの鬼特訓に放り込んだら、シリルといえども無傷ただでは済まなかった。


「笑ってしまうほど流麗な剣の結界よのぅ」

天晴あっぱれ! もうどこの里の嫁に出しても恥ずかしくなかろう」


 それを聞いて調子を取り戻したのか、ドヤ顔をして「あたりまえじゃわい」と仰反のけぞるようにして言うカイルに、ほんに孫娘を持つ祖父じじに付ける薬はないわと天を仰ぐようにして目を覆うシリル。


「まあ、まだつがうまで数百年はあろう。すぐに釣り合うようになろうて」

「わしらの里も協力するで、気張きばりや、シリルの」

「なんなら多少の齢差はあるが、うちのガイルとカイルの孫娘をつがわせるか?」

「流石に千歳近い差は幼子がなんと言うか……」


 それを聞いたシリルはセイルへの英才スパルタ教育を了承するしかなかった。セイルが、たった四歳しか差がない嫁をもらえる確率は、夏にヒョウが降る確率より低いのだ。ガイルの二の舞をさせるわけにもいくまい。それに……と、流れる記録映像に映る幼子の笑顔を見てシリルはふと笑いつぶやいた。


「セイルの嫁として一切の不足なし」


 カイルの孫娘は、ハイエルフの先祖返りとして受け継いた外見以上に内面こそがとうとく美しい。長老衆の一人として、人間やドワーフとの遣り取りを見ていたシリルは、セイルの相方パートナー候補として、どの長老衆よりもフィスリールを厳しい目で観察してきたのだ。

 そんなシリルは、今ここに至って、里のセイルに最高の嫁を取らせるために英才スパルタ教育の鬼と化すことを決意していた。

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