第5話 人間に齎す魔導製品の選定

 一人でなんとかしようとしていたのは誤りでした。長老会主催のもとで開かれた魔導製品品評会で、悠久の時を生きてきたエルフの集団知の凄みを見せつけられたフィスリールは、また一つ精神的に成長を遂げていた。

 文明を導こうとする以上、星の数ほどのステークスホルダーと利害調整を図る必要がある。星霊とはいえ、現段階では一人でできることは限られている。であれば他人を巻き込んで目的を達成できる調整力が将来的に求められるのだ。

 とはいうものの、


「すごいのが出来てしまったわ」


 どうすればUFOと戦闘機の間の子みたいなものができ上がってくるというのかしら。魔素により発生する浮力、風の抵抗を最小限にするエアロ障壁、そして風の精霊力を利用した推進力。こんなの人間には早いでしょう。エルフは風に関する知見がありすぎた。

 この掘削機もすごい。地球と比べて若い星だけに活火山が多かったけれど、魔石をセットして山頂に放置しておけば、魔導により地の精霊に働きかけて断続的にピットホールを開けることで、エベレストやモンブラン並の急峻な山でも数週間で平地に変えてしまう。24時間365日働ける労働力というのは今の時代では画期的だった。

 ヒマラヤ山脈のように高すぎる山により発生する砂漠対策として、直接的に平地にして解決してしまうという、ちょっとしたテラフォーミング機材が出来てしまったわ。こんなものを人間に供与して戦争で使われたら、相手領土の平地に地の底まで続く断崖絶壁をいくらでも作れて土地が荒れてしまう。

 そういった意味では、それら風や土とは限らず火や水でも、大出力の魔導製品は似たように自重ない結果を生む可能性を秘めていた。火は当然のこと、水でも大洪水を起こせるのだ。

 魔導馬車とか魔導ボートは比較的安全な気もしないでもないけれど、二カ国が争っている時に片側だけに馬が必要ない物流手段を提供したら兵站状況に差ができてしまうのではないかしら。


 とにかく比較的穏便なものを選ばなくてはならない。


 そういった意味では、この浄水器みたいに水分離と焼却処分を組み込んだ魔導生ごみ処理機とか、魔導による回転水流と同様の水分離による乾燥を用いた魔導洗濯機とか、火を使わずに魔素で直接的に温めたり調理をしたりする魔導レンジとか、逆に冷やす魔導冷蔵庫なんかは、生活が便利で豊かになるだけで影響は少ない…はず?


「どちらの国にも親書を送り均等に機会を与えたのだから問題ないじゃろ」


 選択の自由はあったのだから、仮に何か影響があっても自己責任とじぃじはいう。まあ、家庭用低出力という条件で絞るだけで考えないことにしましょう。


 その条件でも悩むのがこれだ。魔導演算機と魔導通信機。パソコンやスマホの前身足り得る。最初は魔素で弱い光を発生させて演算結果を数字で表示するだけだったが、二進数による内部データ表現を利用するまでもなく、特殊な魔法陣で空白のアカシックレコードにデータ蓄積させたり文字データを記録したり取り出したり、なんならグラフィックを記録・表示させたりすることで少なくとも印刷機能のないタブレットくらいにはなった。

 通信機は精霊の波長を読めるエルフに取って考えつくのは難しくなかった。人工的に精霊波長を魔導工学で発生させて読み取ればいいだけなのだ。ノイズなく遠くまで直線距離で届く精霊波の特性は、受信に必要となる魔法陣にノイズ除去や反射波の考慮を不要とするため、電波と違って酷く簡素な理論で実現された。基地局を設置すればあっという間に大陸全土をカバーする魔導通信機の完成ね。

 でも通信機は…まずいのでは? 軍事利用されまくりよね? パソコンだってそう。アカシックレコードに共有レコードを設けるだけで惑星上のどれだけ離れた場所でもデータを共有できてしまう。文明の情報化を促すのに必ずしもインターネットはいらなかったのよ。でも文字の記録に紙という木材資源を大量に消費し、やがては焼却処分されることを考えると、ペーパーレス社会への文明誘導はなるべく早い方がいいわ。

 といったものの、基本的に人間には自重を一切期待できないので諦めた。


 ◇


 なんだか折角色々できたのに、結局、汚水処理やゴミ処理、上水道のための魔導ポンプ、調理の際に火の利用そのものを抑制する魔導レンジだけで、魔石を要するような高出力の魔導製品は除外するしかなかったわ。


 カイルが所々破綻していると看破した通り、量産問題の次にくる第二の壁として、高出力魔導製品は未熟な段階にある人間には渡せない問題が顕在化していた。

 魔獣討伐やスタンピードという魔素の弊害に対処するために考案した経済サイクル、魔導製品ユーザーが魔石を購入するので魔石を確保する冒険者にお金を払う、その前提が崩れると経済循環が発生しない。今は一方的に魔導製品を供給するエルフにお金が入ってくるだけで人間社会には還流しない。循環しない経済は持続可能とはいえないわ。結局、魔獣討伐やスタンピードは国が担当するし、税収で賄うならエルフは一方的に搾取する側になる。

 別にエルフは人間の国を経済支配したいという訳ではないのだ。

 元々、魔石に報酬を出して人間にお金を返却するということ自体が、フィスリールにとってはボランティアで慈善事業そのものだった。この際、魔石を人間社会で利用するのは諦めて、討伐を奨励することで地域全体ではプラスになるという大局観をエルフに期待し、魔獣討伐行為に報酬を出すというボランティアに徹してもらうしかないの?

 というか、エルフは魔獣もスタンピードも発生したからといってどうこうなるほどやわな種族ではないのだ。南の山から定期的に発生するスタンピードもピクニックに行くような気軽さで殲滅してしまう。人間に数を減らしてもらうこと自体、エルフにとってはマイナスではないがプラスでもなんでもない。

 エルフはフィスリールが考えていた以上に種として完結していた。


 必要以上の貿易黒字を出さないよう、エルフ商会を立ち上げて、人間社会の中で雇った人間や農作物などの生産者に還元するしかないわね。


 ◇


 そんな考えをじぃじに話すと、いい方法があるという。


「必要経費以外、ほぼ無料で提供すれば良かろう」


 経済循環は人間自身に任せて、私は人間が害を撒き散らす前に魔導製品を普及させるという目的のみに注力すればいい。人間社会に還元することを考えるなら、最初から受け取らなければ良い。環境のための魔導製品普及という目的のため、ほぼ無料にするという手段が使えて一石二鳥ということだ。人間にフリーの意味が分からなくても構わない。無知な人間でも環境を保てるようになるという目論見が達成されるなら、それが報酬だ。

 人間は愚かな生き物だ。一方的にエルフに富が集中するようになれば、過去の事や実力差を忘れて必ず攻めてくる。長老をはじめとして長じたエルフはそういった人間の特性は先刻承知だから、料金徴収を過度に気にすることはないそうだ。


 なるほど、手伝ってもらった関係で無料にするという考えが抜けてしまっていたわ。


「じぃじ、大好き!」


 私はすっかりおじいちゃん子になっていた。


 ◇


 そうこうしているうちにブレイズ王国に赴く日がやってきた。魔導馬車に選定した魔導製品を積載して、じぃじとばぁば、それにパパと一緒に乗り込んだ。先触れは既に魔導飛行機で飛び立ったそうだ。

 初めての人間社会に期待と不安に胸を膨らませながら、心配するママに見送られ出発した。

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