それぞれの想い




ジャヴァウォッキーの背に乗って無事レジェンディアに戻ったアリスティアだが、彼が律儀にもナルジア王国の上空を、王城はじめ幾つかの建物を軽やかに踏んでみたり尾で叩いて壊しながら飛ぶのを見て、

「もしかして怒ってます?」

と訊ねると、

『別に怒っとりゃせん、虫の居所が悪いだけだ』

それを怒っているというのでは……?と思いはするが口には出さない。

このドラゴンは見かけによらず感情豊かな生き物であるとセイラ妃殿下とのやり取りを見た時から知っているから。

『泣きはらした目をしているぞ、適当に回ってからレジェンディア城に降りてやるから早くその顔を直せ』

「!……ありがとうございます!」

アリスティアは思わず微笑んでジャヴァウォッキーの首に手を回して頭を擦り寄せた。

聖竜は驚いたように背後に眼球をキロリ と向けながらも沈黙を貫き、言った通り海の周りを(ケバケバしい建物を尻尾で蹴散らしながら)周回してからレジェンディアへと向かった。




城には〝伝魔法〟で既に報告がいってたらしく、聖竜が降り立つ場所には迎えが立っていた。

聖竜はアリスティアを降ろすと『ではな』と直ぐに飛び立ってしまい、飛び立って行く背に「ありがとうございました!」と声をあげるしか出来なかった__すぐさま「無事で良かったわアリス!」と泣き腫らした瞳のジュリアに抱きつかれたからだ。






同じ頃、マヌエルの別邸ではデッドリーはじめ今回の拉致の首謀者達が絶叫しつつ、合間に命乞いをするというある意味器用な真似をしていた。

だが国王ルカスは部下と離された部屋で、怒りに燃えたアルフレッド一人と対峙して尚、この状況にあって命を取られる事はないと確信しているようで、

「こんな真似が表沙汰になれば貴殿の、ひいてはレジェンディアにとっても不、ひっ!」

___いちいち無駄口を挟んでは余計アルフレッドを怒らせていた。

「あんた、ほんとにバカなんだね?お付きもバカばっかりだから仕方ないけど表沙汰って何?あんたがティアを拉致した事は皆知ってるし、それに対してこっちが処分をくだしたって発表だけで充分なんだよ、わかる?みーんな世間は処分の内容なんて気にしないんだよ__だってお前人望ないから」

金にあかせて享楽の日々を過ごし、人も物も飽きたら使い捨て、豊かな宝石産出の地に王族として生まれたからという理由だけで全てを欲しいままにしてきた男。

遊び捨てられた女性たちをはじめ誰も危険を冒してルカスを助けようなどと思わないし、むしろナルジアには各国からの非難や抗議文が殺到しているという。

「調べれば調べるほど、ほんっといかにクズかな情報しか出てこないよねぇあんたって。それとも何?各国には散々賄賂贈ってきたんだから助けが来るはずだとでも思ってる?」

剣の柄で喉笛をツンツンとこづきながら笑みを浮かべる王子にコクコクとルカスは頷く。

高価な宝石を、希少価値の高い石を無償タダでくれてやったのだ、それも全てこういった時のための保険だ。

「めっでたーーい!」

なのに心底可笑しそうに目の前の王子は笑う。


なにがおかしい。

自分は大国の王らともそうした繋がりがあるのだ。

彼等が立ち上がったらレジェンディアとて不味い事になる筈だ。

「そーーんな なんの記録にも残らない贈物ワイロが効力持つと思ってんの?向こうが“受け取ってない、知らない”って言えばそれまでじゃーーん、魔法契約を伴う書状でも交わしたならともかく?」

キラッと光ったエメラルドグリーンの瞳が「ねぇ交わした?」と尋ねているような気がして、

「書状などっ……」

必要ない。

そうだ、賄賂を渡した記録など残してはいけない。それが当たり前なのだ。

「何かあった時はよろしく」と渡しただけだが、相手も「お任せください」と拝むようにして受け取ったではないか。

それを知らない、などと流せるはずが__!

「口約束が有効なのは、心から信頼しあう者同士だけだよ?あんたは、カネと権力のみでしか繋がった事がない」

アルフレッドのどこか言いきかせる口調にパニックを起こしたルカスが気付く事はない。

最早言葉にもならない喘ぎだけが響く。

「それに、友好関係を結んでた国の王子の婚約者を誘拐って時点でお前の国と友好関係でいようなんてモノ好きなトップはいないし、」

そこへきての絶対零度の声音に震え上がって声をあげる。

「ま、待てっ…!」

アルフレッドが既に剣の柄に手を添えているのに気付き、ルカスは慌てる。

「ねぇ知ってる?空色の薔薇__レイディローズは青空のもとで陽の光に照らされてる時が一番綺麗なんだ。適度に水をあげる時以外、濡らしちゃダメなんだよ」

静かに言い聞かせる口調。

なのに、声音がどこまでも固く冷たい。

「な……っ?!」

意味がわからずひたすら後ずさろうにも体が動かない。

淡々と言いながら近付いてくる王子の存在が今は恐ろしい。

「稀代の王が稀代の王妃に贈った花。ちゃんと咲かせることも出来ず、傷つけるだけのものは要らない」

次の瞬間、ルカスの右腕が肩口から切り落とされ、絶叫が響く。


レオン陛下を越えたいなんて思わない、ただティアには笑っていて欲しい。


それを守る人間でありたい。


「なぁあんた?ティアは真っ白で真っ直ぐで、芯は強いけどか弱いからそれこそ真綿で包んで守らなきゃいけない女の子なんだ。なんでそんな子を傷付けたのかなこの腕は?もう要らなくない?」

切った右腕を蹴り飛ばし、さらに左腕の付け根にぴたりと剣を添える。

「待っ……!」

制止の言葉より早く刃は振り下ろされ、左腕が右腕の後を追った。

みっともなく声をあげるルカスの顔面に血のついた剣を放り投げ、今度はその手に炎玉ファイヤーボールを出現させる。

最大出力のそれは煌々と暗い部屋を照らす。

「安心しなちゃんとくっつけてやるよ、王として国にも戻してやる。お前には断頭台なんかじゃ生温い、今まで他者を散々虐げ生きてきた報いだ。蔑まれ嘲笑われながら惨めに生きろ!」

その言葉を聞くと同時に、ルカスの目の前が真っ赤に染まった。


「__ああそれともうひとつ、ティアの瞳は世界最高峰のブルーダイヤだ、断じてアクアマリンなんかじゃない。お前如きが知った顔で価値を語るな」

真っ赤な炎に炙られて絶叫するルカスにアルフレッドの呟きが耳に届いたかはわからない。

アルフレッドは気にしなかった。


一人部屋の外で見張りとして立って父親の末路を聞き届けたカイルは、

「どんなに強くても危険は常にある、戦闘力がいかに高くてもそれが肝心な時に役に立つとは限らない、か……」

気配を消したまま小さく呟いた。






ほぼ号泣のジュリアを宥め、カミラやミリディアナも混じえ無事を喜びあっていた所にアッシュバルトとギルバートが帰還し、

「アルフレッドは事後処理の為にもう少し遅くなる。良ければバーネット嬢は本日城に泊まるといい、アルフレッドも礼を述べたいと言っていたから」

と告げると、

「私は親友が心配だっただけでお礼を言われる謂われなんかありませんけど、お言葉に甘えさせていただきますわ」

ジュリアの返事にアッシュバルトは苦笑し、

「わかった、部屋を用意させよう」

と続けたがすかさず、

「ジュリア、良かったら私の部屋に泊まらない?」

とアリスティアが言って二人は共に部屋へ引っ込んだ。

その夜二人は夜遅くまで隣あって寝転んで、寝落ちするまで話していた。

主にアリスティアが事の顛末を語る形ではあったが、ジュリアは神妙な顔で耳をかたむけ、時に(アリスティアがアルフレッドの胸に飛び込んだ辺りで)ピシリと固まりながらも、大事な親友の無事にしみじみ安堵しつつも一抹の不満(不安ではない)を抱えて眠りについた。




翌朝早速部屋で取った朝食の後面会したアルフレッドは、この上なく爽やかな笑みを浮かべていた。

「おはようティア!バーネット嬢も。昨夜は良く眠れた?」

「はい、久しぶりにジュリアと一緒だったので安心してぐっすりと」

「へぇー…流石だねバーネット嬢」

「お褒め頂き光栄ですわ殿下。私はいつだってアリスを安心させる為なら駆けつけますわよ?」

「それには及ばないよ?今後ティアの安心枕には僕がなるから安心して?」

二人の間にはパチパチと火花が飛んでいるがいつものことなので驚いたのはカイルだけだった。

「そういえば昨日もいたな。彼女は?」

「ティアの一番の親友ジュリア・バーネット侯爵令嬢だよ」

「どなたですの?」

そのジュリアもカイルを見て訝しげに質問する。

「彼はカイル、ティアの護衛騎士長に近々任命する予定だよ」

だがそこへ、

「お待ちを殿下!メイデン嬢の護衛は私にと……!」

とギルバートが待ったをかけたのにはアリスティアだけでなくジュリアも息を呑んだ。


え?なんで??


「ずっと考えていたのです。私は三年前、初めてメイデン嬢とお会いした際もその後も許されない過ちを犯しました。誰よりも貴ぶべき貴女にとんでもない無礼を働き続けた。この罪過は償われなくてはいけません。ですから今後王子妃となられた貴女を守ることをお許し願いたい」







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