第四章 14




馬車の中でアリスティアが放った“ミラー”という反射魔法は、本来なら多少強くても防御結界が展開された空間なかでは数回跳ね回った時点で相殺され消失してしまう。


だが、もし跳ね返った魔法が通常の倍の効果なら?


アリスティアは、それに賭けた。

目論見通り、放った魔法はもちろん馬車の中で跳ね返されはしたが、跳ね返った後も消える事なく車内を縦横無尽に跳ね回った。

「な……?!」

訳がわからなかったのだろう、その光が頬を掠めたのもあってアリスティアから一歩距離をとったルカスだが、アリスティアの叫びを聞いてすぐに「小娘!」と飛びかかってきた。


が、


アリスティアの声を聞いて反応したのはアルフレッド達も同じ、さらにはアリスティアの放った魔法に動揺する事もなかったのでこちらの方が早かった。

「カイル!馬車と馬を切り離せ!御者を巻き込んでも構わん!」

と指示を出し、

「わかった!」

カイルが一も二もなく応じ、

「ティア!備えて!」

の声にアリスティアは目の前のルカスの存在を完全に無視して背後の壁にぴたりと自身の身を寄せた。

途端、馬車がガクン!と前につんのめるようにして止まり、瞬間ズサッ……!という音と共に馬車の扉の上半分がチーズのように切られ、アルフレッドが姿を見せる。

「ティア!」

アルフレッドが切った扉部分をまるで紙くずのように投げ捨てるのを見てルカスは立ち竦むも、目前の恐怖アルフレッドが助けに来た相手は自分の手元にあるのだと思い出し、それが甚だしい勘違いである事に気付かず__唇を歪ませて手を伸ば__せなかった。


急いでアリスティアを盾にしようとするルカスは忘れていた。

魔法封じの空間は既に破られていることを。

伸ばした手はばちん、軽い雷撃に弾かれ、

「触るな、て」

という低い声と共にアリスティアの伸ばした掌に光が集まっていく。

「言ってるでしょーが!この変態人攫い!!」

次いでアリスティアの放った凄まじい雷撃が二人の間を綺麗に切り抜いた。


「うわー…」

伸ばしかけた手を間抜けにも中途半端に浮かせたままルカスは固まり、それを前にしたアルフレッドは苦笑する。

「さっすが、大抵の魔法を無詠唱で使える稀代の魔法使いだねぇティア」

そう感心するだけのアルフレッドに対し、ナルジア王国の面子は恐慌状態だった。


何しろ一瞬で馬車と馬とを繋ぐ手綱が御者の腕ごと切り離され、馬だけが走り去り、次の瞬間には大層頑丈に作られている筈の馬車の扉がチーズのように切られ、さらには魔法耐性素材で固めた筈の馬車が突如落ちてきた雷によって真っ二つにされたのだ。

馬に鞭を振るっていた筈の御者は「ひいぃっ、ひいぃ…!」と悲鳴をあげていたが、「うるさい」とカイルに御者台から引きずり落とされて静かになった。

おそらく気を失ったのだろう、カイルはそのまま馬車本体が横転しないように馬(と御者の腕)を切り落とした後の車体前部を支えていたがアリスティアが馬車の後部の壁にいるのを認めるとあっさり手を放した。

がたん、と馬車の前部が傾き、中に一人立っていたルカスがどしん と尻もちをつくのを助ける者はいない。

お付きの兵達に御者以外の怪我人はいなかったが全員恐怖に竦んで動けなかった__いや、一人だけ空気の読めない馬鹿がいた。


先程アルフレッドをあしらった側近である。

「なんと不敬な事を!いかに大国の王子といえど国王の馬車を力尽くで止めるなど……!こ これは国際問題ですぞっ!」

と口角泡を飛ばして叫んだ。

しらっとした空気が流れたがその言葉に威厳を取り戻した色欲魔人国王ルカスは「そ、その通りだこの痴れも…、」と

立ち上がったがその頬をアルフレッドの剣先が掠め、赤い筋がぽたり と流れ落ち、「五月蝿いよ」と今度は鼻先に剣を突きつけられるに至って漸く静かになった。


それと同時に、アリスティアがアルフレッドの胸に飛び込んだ。






追いついて来たギルバート達先発隊が目にしたのは信じられない光景だった。

真ん中から綺麗に真っ二つに裂けた馬車、両腕の先が無くなってぴくぴく引きつけをおこしたように蠢く元御者、「ひゃ、ひゃっ…、」と涙を流しながら笑っている王宮付き魔法使い、確か名前はデッドリーだったか__をよそに、アルフレッドに抱きついてわんわん泣いているアリスティアという混沌とした光景だった。


「気持ち悪い!気持ち悪い気持ち悪いのこの男っ!やだって言ってるのにべたべた触ってきて、やめてって言っても笑いながら人の体あちこち弄って、変態!色魔!気持ち悪い!」

泣きながらなので言ってる事がめちゃくちゃだが適切に被害を訴えてもいる___とりあえず気持ち悪いのは良く伝わった。

抱きつかれているアルフレッドは、

「うんうん怖かったね、遅くなってごめんね?」

と背中をポンポンしながらアリスティアを優しく宥めている。

一ヶ月前には考えられなかった光景である。

敵を捕縛するのも忘れて目の前の光景に呑まれていたギルバートだったが、そこに反対側からアッシュバルト率いる小隊が到着し、同じく目の前の光景に唖然としたが直ぐさま立ち直って「奴らを拘束しろ」と指示を出し、慌ててギルバートも手伝った。


そんな中少し落ち着いたアリスティアが、

「気持ち悪くて……、怖かったの」

と呟いた。

「うん。怖い思いさせて、傷つけた上に守りきれなくて、本当にごめん」

自身の罪も謝罪しながら、繊細な宝物をかき抱くように再度抱きしめながら、

「__良く頑張ったね」

偉い偉い、と今度は子供のように頭を撫で撫でし始めしかもそれをアリスティアの方が当たり前のように受け入れているので__正直__いやかなり__ギルバートは目のやり場に困った。

アッシュバルトはただただ感心したような視線を送っていたがやがて合点がいったように「あぁ、そうか」と頷いた。

「殿下?」

訳がわからないギルバートが尋ねると、

「メイデン嬢、いや我が義妹どのか。彼女の反応の違いだ、わからないか?」

「アルフレッド殿下に襲、いえ 部屋に連れ込まれた時と同じに見えますが__?」

あの時もキャラが崩壊…、いや男性に慣れていない令嬢なら当然の反応ではあるのだが、脅えてわんわん泣いていた。

抱きついていた相手はカミラだったが__うん?

「気付いたか?あの後義妹どのはアルフレッドを怖がってはいたが気持ち悪がってはいなかった」

「あ……」

そういえばカミラが言っていた。

「あんなアルフレッドは知らない、見た事がない、怖い」と怯えていたから当面近付けるなと。

裏を返せば「今まで見た事がない」アルフレッドの顔を垣間見て怯えただけであって「嫌い」とか「気持ち悪い」とかそういった事は一切言っていなかった__同じ押し倒される→拒否するでも好んだ相手と嫌悪してる相手とでこうも違うものなのか。

__いや、それが当たり前か。


妙に納得して安心もした二人だったが、やはり空気の読めない馬鹿がまだ呼吸していた。

「ふ…、ふん!我らを捕らえたところで大した罪を負わせる事など出来るものか!」

両手両足を縛られている状態でこの発言はある意味天晴れではあったがアリスティアが無事であったものの服の乱れ具合やアリスティアの取り乱し様からしてギリギリだったのが一目瞭然であるためいかんせんアルフレッドの怒りは絶賛最高潮のままだった。

「は?」

芯から冷える声音であるのにこの馬鹿、じゃないこの側近は、

「たかだか一貴族の庶子の娘一人拉致したところで我らをどんな罪に問えるというのか…!我が国王はその庶子の娘を畏れ多くも側妃として召し上げ豪奢な生活をさせてやろうとしただけ、ぐべぇっ!」

弁舌が変な所で途切れたのはギルバートが勢いよく顔面を蹴り抜いたからであるが既に正気ではないのか、

「ほっ、本当のことではないかぁっ、聖竜の加護などどうせ出鱈目であろうっ?その証拠にその娘を拐っても聖竜が助けになど来なかったであろうがっ、そんな小娘の作り話__にぃっ?!」

蹴られて横倒しになってもしぶとくがなっていたが今度はアッシュバルトに顔ごと土に押し付けられた。

息が出来なくて苦しいのかふがふが踠いていたがアッシュバルトは力を緩めない。

「ったく魔法に疎い国はこれだから。聖竜ってのは原則ヒト同士の争いには非介入なんだよ。ヒトじゃないんだから当たり前なんだけど__、」

アルフレッドが優しくアリスティアの髪を撫でつけながら言い、アリスティアの背後の上空に目をやった。





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