第三章 8

冬の祝祭の翌日、アリスティアはいつも通りに校内を移動していた。


夏の祝祭はそのまま夏期休暇だが、冬の祝祭は夏の女神が眠りにつくためのものであって人間の暦には左右されないので終業式まで数日あるのだ。

前世でいうクリスマスみたいなものといえば良いだろうか。

そしてアリスティアの元には王宮はじめ各国から「是非冬期休暇中我が国(あるいは領地)へお越し下さい」という旨の書状がひっきりなしに届いていたが、父男爵ジャック・メイデン》にまるっと転送し、「家に戻ってから父と共に精査致します」ですませていた。


(私は卒業したらギルドに入るのだからどうでも良いんだけどな……)

などと心中ごちりながら歩いていると、

「メイデン嬢!」

と、庭園の茂みの向こうから声がかかり視線をあげるとそこにいたのは。

「リュシオン殿下……」

「学園長に許可を頂き、学内を見学させていただいていたのです」

「案内も付けずに……ですか?」

「ええ。私は今から入学するような年でもありませんし。気ままに散策させていただいてたのですが、貴女にお会いできるとは」

感極まったように微笑まれ歩み寄って来る彼に対し、心の中で警戒の鐘が鳴り響く。


近付くな、気を許すな。


二人きりには、絶対なるな。


昨夜言われた言葉たちが私の足を一歩引かせる。

それに気付いた皇太子も、近付く足を止め謝罪する。

「!……すみません。不躾でしたね。よければ金の姫君お気に入りの場所をご案内いただけないかと思ったのですが」

金の姫君。

あのオルフェレウスも私をよくそう呼んだ。

この人も何か企んでるのだろうか?

判断がつかずに黙り込む私に、リュシオン皇子が跪いた。

「どうかそんなに警戒なさらないで下さい、金の姫君。私は貴女を傷付けようなどというつもりは一切ありません。ただ、少しの時間で構いません。貴女とお話しする時間を頂きたいのです」

真摯に告げられて警戒アラームがぴたりと止まる。


__そうだ、まだ何かされたわけでも、この人が何か企んでる証拠もない。

落ち着け、私。

__そんなこと、自分で判断できなくてどうする。

どうせ私に付いてる隠密からこの事は既に報告がいってるはずで、こんな場所で何か起きようもない。

私は深呼吸して、

「はい」

と答えた。


庭園を歩き始めてすぐ、

「過去に何があったか、お聞きになったのですね」

皇太子が口を開いた。

「はい……」

「確かに過去我が国がこちらに犯した愚行は事実です。その過去は永遠に覆らない……ですが、先祖同士がいがみあってたからといって、今生きている私達までいがみ合い、争うこともまた愚行だと思うのです。姫君は、どうお考えに?」

「……私は姫ではありません。何故そのような呼び方を?」

質問に答える以前にまずここを突っ込まずにはいられない。

オルフェレウス先生が私をそう呼ぶのはただ言葉遊びをしてるのだと思ってた。

では、この人は?

「……ご不快でしたか?」

驚いたように目を見張りまた質問で返された。

「理由をお尋きしているのです」

「貴女が姫君らしいからですよ」

譲らない気配に気がついたのか、今度は間髪いれずに答えが返ってきた。

「姫君とは、美しく聡明で誇り高く、何事にも秀でた人物だとお伽話では語られますよね。そしてそれが万人の理想でもある。昨夜、あの場所に貴女より美しく凛と立ち、王族に臆する事なく振る舞い優雅にステップを踏む女性はいなかった。実際この国の王子や貴族にがっちりガードされてましたしね?身に纏うドレスも王族と同等の高価なもの。あの場の貴女を見て、〝ただのいち男爵令嬢〟だと思う者はいない、いたらただの愚物だ。まぁ残念ながら我が異母妹はその愚物でしたが」

最初はただ淡々と事実を語るものだった口調が最後は不敵な笑みに変わり、

「疑問はとけましたか?」

すぐに柔かな笑みに変わる。

「……はい」

理由を並べてたられてみれば「はいそうですね」としか言えない。


確かに、王室御用達職人仕立てのドレスを着て王子にエスコートされる護衛付きの令嬢がただの男爵令嬢のわけがない、ほぼミリディアナ様と同等の扱いなのだ。

彼等と関わるのに慣れて、自分も麻痺していたらしい。


「では、疑問が解けたところで私も先程の問いの答えをお願いしても?」

過去の行いを、今蒸し返して争うのは愚かである……それには賛成だ。

過去に何があったにしろ、既に国同士の同盟期間は長い。

それにセイラ妃殿下の娘の王女が普通に恋をしたのなら少なくとも先代はともかくその皇子はまともな人物だったのだろうし、何より私はまだ何もされていないのだ。

いきなり人伝ての話のみで敵認定はちょっと暴論だったかもしれない。

「確かに、先祖の咎を理由に話もしない、知ろうとしないのは愚かなのかもしれませんわね、「アリスちゃんっ!」っ?!」

が、私がそれ以上発する前に、アルフレッドの背が視界を遮る。

「これは…っ、アルフレッド殿下」

ただ戸惑うような皇太子に対し、

「リュシオン皇子、彼女には不用意に近付かないでいただきたいとお願いしておいたはずですが?」

アルフレッドの声音は棘だらけだ。

が、それがかえってリュシオン皇子を冷静にさせたらしい。

「ええ。だからこうして人目のある学園内でお話させて頂いていたのです。見張りの方も大勢おられましたし、問題ないかと。まさか王子自らが怒鳴りこんでこられるとは」

静かにこめられた皮肉にアルフレッドは睨み返し、

「私は彼女に求婚中ですから」

「それはそれは__ですがその様子ではまだ色良い返事は貰えていないのでは?」

「それこそ貴殿には関係ない!行こうアリスちゃん」

半ば強引に手を取ってその場を去ろうとするので抗議の声をあげようとするも、

「アルフレッド殿下、昨夜も思ったのですが彼女は婚約に同意していないのでしょう?婚約者でもないのに過干渉がすぎるのでは?」

というリュシオンの言に、

(それは言える)

とアリスティアは内心で頷いた。

が、

「それこそ昨日初めて知り合った貴殿が口を出す場面ではない、早急に帰国準備する事をおすすめするよ」




アルフレッドに強引に手を引かれたまま庭園を横切る。

手を振り解こうにも振り解けない。

「アルフレッド殿下……!」

咎める様に声をあげると、ぴたっと停止して振り返り、上から下まで検分するような視線が一周すると、

「……何もされてない?」

見ればわかると思う。

「されてません」

「なんで昨日の今日で談笑なんかしてるの?」

その口調は常になく詰問だった。

「学園側に許可は取っての訪問だと伺いましたし、付けて下さった護衛の方も近くにいたので問題ないかと」

はぁ〜…と呆れたような溜息にむかっとはしたが、言及は避ける。

心配して駆けつけてくれたのは確かだろうから。

が、一瞬後、

「先生がたには話をつけておくよ。君には今から王宮で特別講義を受けてもらう。トラメキアについてね」

言うなりまた手を取られて馬車に向かって歩き出され、

「はっ…?!」

と咄嗟に声が出てしまう。

が、アルフレッドはそれには答えず

「うん、資料用意しといて。トラメキアについての、出来るだけ詳しいやつ」

と〝伝魔法〟で指示しながら歩き、有無を言わさず馬車に乗せられそうになり、

「ちょ、!」

「抗議は授業が終わってから聞く」

「受ける承諾をしていません!」

「学園の授業の範囲内だ。君に拒否権はない」

(出たよ王族の強権発動……)


アリスティアはアルフレッドを睨みあげるが、アルフレッドも引かず黙ってアリスティアの身体を丁寧に馬車の中に押し込む。

王族用の馬車の中向かい合わせに座る二人は言葉を発する事なくアリスティアは窓から空を見上げる。

(すっごく良い天気、空の色が綺麗だなぁ)

空から見たらどんな景色だろう。


以前は夜だったから全く見ていない。

(今度、聖竜ジャヴァウォッキーにお願いしてみようかな……)

そんな風に現実逃避していたアリスは空に焦がれる自分をアルフレッドがとても切なげな瞳で見ているのに気付く事はなかった。


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