第二章 9

 そして現在、私達は暗いの僅かな灯りと、聖竜が仄かに光っているので真っ暗ではないが薄暗い中でお茶会をしている。


 聖竜の手にはあの洞窟にあったのと色違いのカップ。

どうやらあれはセイラ妃殿下が贈ったものらしく、このカップも城の台所にきちんと保管されていたそうだ。

「保管っていうより、“祀られてた“のが正しいけどね……」

 茶器の一揃いがワゴンで運ばれてきた時、カミラがぼそっと言っていた。

 やっぱり、カップを手にしてお茶を飲むドラゴンて妙に可愛い。

 マッドハッターもびっくりなシチュだと思う。


 私が手にしていたドラゴンフラワーは「すぐに一流の花師に手入れさせますのでこちらに全てお渡し下さい」と慇懃な感じの女官が現れ全部持っていった。

 それを見遣った聖竜が、

『あれはこの娘にやったものだ。この城にくれてやったのではないぞ?』

 と唸るように言ったので、

「ひぃぃっ?!」

 運んでいた女官が腰を抜かし、手にした花がバサバサと手元から落ちた。

 はっとしたアッシュバルトが、

「申し訳ありません!聖竜様。貴重な花なので手慣れた者に手入れさせようと思ったまでで、決して彼女から取り上げたわけではありません」

 と頭を下げ、同じく動いたアルフォンスが急ぎ花を掻き集め再び束にすると、

「聖竜様。よろしければ茶の席に飾らせますが」

 と窺いをたてた。

『……まあ良い。それはこの城で使うと良い。アリス、欲しくなったらまた摘みに来るが良い』

「はい!ありがとうございます!」

 ドラゴンフラワーはドラゴンの巣の周りにしか生息せず、七色に咲く花として楽しんだあと、花びらはお茶に浮かべたり、菓子に混ぜると甘く良い香りになる。

葉も調合すればお茶になるし、根は稀少な薬剤の材料になるという夢の花だ。

名前だけ聞くとモンスターっぽい植物を連想してしまうが、本当に良い香りで綺麗な花だったのでさっと全部取り上げられてしまってちょっと悲しかったから尚更嬉しい。


 アリスティアの本心からの笑顔を目の当たりにした周囲はまたも下手をうったのに気付いた。

伝説の花なので今城に詰めている中でも高位の女官に“くれぐれも粗相の無いように “と言い含めて取りにこさせ、一刻も早く一流の花師(庭師と花師は別にいる)に手入れをさせ、厳重保管させるつもりでいたのだ。

勿論アリスティア本人にも分けるつもりでいたが、当たり前に〝王室に捧げられたもの〟と受けてしまった事も否めない。

 それを感じ取ったらしい聖竜は不機嫌になり、アリスティア本人も先程の反応からしておそらく不快に感じていたのだろう。


 (あぁくそ、またヘタうった)

 アルフレッドは歯噛みした。

聖竜に王室の意や威光など通じるわけがないのに。

自分達はどこまで間違うのか。


『……王室というものは変わらぬな。ここは他の国に比べれば自由度が高い方だと、アレが言っておったが』

「……セイラ妃殿下が? で、しょうか?」

 目を剥いたアッシュバルトが思わず尋ね返すと、

『アレの事は幼い頃より知っておるが御転婆な娘であったからのう。好いた男が王太子に立ったから、渋々次期王妃という立場を受け入れはしたが本当ならあの国王おとこが別の誰かと婚約した時点で“この国を出てギルドに登録して、冒険者となり世界中を駆け巡ってみたかった“と__そう言っておった。王宮は時々息が詰まるとな』


 (あ 私と同じだ)

と思ったのは自分だけだったようで、周囲の反応は凄まじいものがあった。


「え、えぇ……?!」

 まずミリディアナがムンク作の絵になり、

「息が、詰まる……」

 自分も王太子という立場から思う事がないわけではないアッシュバルトだが、伝説の聖王妃がその立場をどちらかといえば放棄したがってたという事実に驚愕する。

「レオン陛下が別人と婚約?えぇ?幼馴染でそのまま恋人同士になって結婚したんじゃなかったのあの御二人?!」

 アルフレッドも珍しくテンパっている。

「冒険者志望、、セイラ妃殿下が?」

 固まる次期ドラゴン騎士団長に、

「あぁ、なるほど……」と続いたカミラの呟きに、

 (___だから彼女アリスティアなのか)

 と皆が納得した。


 そこに、

「セイラ妃殿下が、御転婆……」

一人だけ納得出来ず呆然とするのは現王太子の婚約者。


 無理もない。

と周囲(アリスティア以外)は同情の目を向けた。


 伝説の聖王妃は美しく魔力が強いだけではない。


その所作の美しさやダンスの名手であった事も広く伝えられ、外交における影響力も高く誰が相手であっても必要な場で必要な事を述べる胆力もあり、レオン陛下と常に共にあった(正確には少しでも離れるのをレオンが嫌がった)という。

二人は終生仲睦まじく子にも恵まれ、レオンハルト王も第二妃を迎える事なくセイラ妃を溺愛していたという。


完璧な淑女にして完璧な王妃。


それがこの国のセイラ妃における常識であり、代々の王族女性の憧れであり目標であったのだ。

 ミリディアナも違わず「セイラ妃殿下みたいに、王太子殿下を支えて立派な王妃になってみせる!」と意気込んで淑女教育を受けてきた一人だ。


『別にここを嫌っておったワケではない。ただ たま 〜〜に、気晴らしに我の背に乗って散歩に出かけた際の愚痴のひとつであるというだけだ』

「そ、そうなのですか……、」

 アッシュバルトが息を吐き出し、気遣わしげにミリディアナの方を見る。

が、

『まあ、あとはあの国王がいっ時も自分のそばから離したがらないので暑苦しいのもあったかの?』

「……………」

続いた聖竜の言葉にさらに沈黙が深まる。


 ここにいる人々の殆どがそのレオン王とセイラ妃の子孫だ。

そのレオン王が“暑苦しい人物だった“と言われても、頷く事も出来ず、かと言って当時を知る唯一の聖竜に対し否定も出来ない。

 そんな中、至っていつもの調子で「考えてみたらさー、」

 とアルフレッドが口火をきった。

「なんだい?」

 面白そうにアルフォンスが促すと、

「考えてみたらさ、セイラ妃殿下って扇子ひと振りでドラゴンをなぎ倒したって伝説の人じゃない?まあ、実際のとこはわかんないけど、一人でドラゴン倒せる人だったわけだよね?そんな人がただの淑女なわけないよね?」

「「「…………」」」

 言われてみれば、たしかに。


 漸く腑に落ちた一同だったが、実際掛け値なしの真実である。


 事実、現在学園においてマナーでなく実技科目に扇術があるのは間違いなくセイラの影響によるものだ(本人の知った事ではないが)。


『まあ、そういう事だ。我がこの場を設けたのはアレの子孫である其方達に言っておく事があるからだ』

「は、はいっ!」

 アッシュバルトが勢いよく返事をし、姿勢を正す。

周りも倣うので私も一応居ずまいを正した。

『かつてこの地には我の他に五種のドラゴンがいた。知っておるか?』

 (そういえば本で読んだっけ。確か、)

「はい。火竜、水竜、地竜、風竜、氷雪竜。人に比較的友好だったのが風竜であったと」

 アッシュバルトが模範回答すると、

『そうだ。だが今回姿を現したのは三種』

 (でしたね、確かに)

 うんうんと納得する私に直に見てない彼らは疑問の視線を投げる。


『地竜は封印された地にゆっくりと溶け込み段々とその形をなくしつつある。完全に溶け込むのも、時間の問題であろう』

 (え そうなの?)

「っ?!そうなのですか?でも何故、」

『理由は知らぬ。我は地竜ではないからの。もうひとつ、風竜はドラゴン討伐において人を背に乗せ協力していた事は知っているな?』

「勿論です」

 うん、教科書に載ってた。

でも、ドラゴンマスターにしろドラゴンライダーにしろ狭き門だったらしい。

会話は王太子が担当してるので私はこれ幸いと思考に耽りながら聞く。

やっぱりこのお茶、凄く良い香り。

調合法もメモにあったけど……これ貰っちゃってもいいのかな?


『風竜たちもこの地よりドラゴン達の姿が消えるとまた人の前から姿を消した。滅びたわけではないが人と関わりを持つことはないだろう』

「そ、そうなのですか……」

『実際にドラゴンとまみえた者でなければ、風竜も火竜も、同じドラゴン故な』

 ご尤も。

うん、とりあえずドラゴンが出たー!て速攻 攻撃されそうですもんね。

 けど、ひと目でそれを見分けられる人間なんて、今どれくらいいるんだろう?

「っ、そんな事は!我が王家はその点につきまして代々 伝えられております!決してそ、」

『王家だけが知っていても、王家以外の人間の数の方が多いのが人の世なのだろう?』

「っ!!」

 確かに。

ドラゴンて大きいからかなり遠くからでも見えるもんなぁ。

いざって時差配するのは王家でも、咄嗟に現場にいる人の判断だとどうなるのか?

 うんうんと頷きながら平然とお茶を飲むアリスティアをなんか怖いものを見るようにアッシュバルトとギルバートが眺めているのを尻目に、

「では、聖竜におかれては民にも浸透させた方が良いとお考えで?」

 苦笑しながらアルフレッドが尋ねると、

『責めている訳ではない。そこは任せる。人の世のなり様は我にはわからぬ故な。ただ我は今回竜たちが一斉に目覚めた事は元々大地に流れていた力に溶け込んだ地竜の生命力が足され、大地に力が満ち過ぎた為であろうと思う。一頭起きた時の地の鳴動が伝わり、次々と起き出したのだと思う。大地を揺りかごに眠っていたドラゴン達がな』


 なるほど。

竜脈に力満ちすぎちゃって、ドラゴン活性化しちゃったと。


「この後も、こういった事は続くのでしょうか?」

『ないとは云えぬが、一遍に、という事はなかろう。今回の地動で目覚めたものは片っ端からこの娘が地にたたき帰したからの』

 ひょい、と顎で聖竜が示す先にいるのは勿論アリスティアだが先程から全く会話に参加していない。

 が、誰も責める事はしない(出来ないとも言う)。

 《時間差でまた目覚めるのもいるかもしれんが、ひとつの地で一斉に、という事はなかろう。一頭や二頭の個体だけなら人の手で何とか出来るであろ?魔獣のでかいのに対処するのと一緒じゃ》

 一緒かなぁ……まあ、毒針吐く大蛇とかいるんだから空飛ぶ魔獣と思えば良いのか。

でも道具なしに空は飛べないんだよね人間って。

空馬車とかは普及してるけど急ぐ時は移動魔方陣使うから高速で空を移動、て概念がないのだ。

 聖竜の言葉に、アリスティア以外の面々が引き攣った。


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