第二章 5


「お願い ジャヴァウォッキー」


アリスティアは聖竜の名を言葉に乗せた。


最後の質問の答えは、不思議の国のアリスに出てくる怪物の名前。

「……………」

 なんで聖なる竜にこの名前なんですか、セイラ妃殿下っ?

あの〝Through me〟もやはり、ワンダーランドに出てくる〝Drink Me〟や〝Eat Me〟を元にしたものに違いない。

だから気になったのだ。

元々〝不思議の国のアリス〟を知ってる人なら、それをもじったものなんじゃないかって気付くから……!


そこから類推するに、

(妃殿下、結構なファンタジーヲタクですよねっ?!)


正確にはさらにディープなヲタク女子だが、それを突っ込める人間は残念ながらここにはいなかった。



突っ込みつつアリスティアが唱えると共に結界がパン……!と霧散(勿論手紙も)し目の前をひゅ、と真っ白な何かが過ぎる。


聖竜ホーリードラゴン?!」

聖竜ホーリードラゴンだとっ?!」

 双子の王子が同時に叫んだので、(あゝほんとに来てくれたんだ)と目の前の真っ白い背中を見つめる。

赤黒い竜との間に白い竜が割り込んできてくれた形なので、私の視界は文字通り真っ白なのだが、

「嘘でしょ。マジで聖竜呼べちゃうなんて……」

「凄い……」

「あれが、伝説の……!」

 カミラの冷静な突っ込みとひたすら驚愕しているミリディアナと、なんだか妙に感動してるっぽいギルバートの声に薄ら寒さを感じるが、目の前の白い竜がくわっと牙を向いてひと噛みすると赤黒い竜が綺麗に姿を消した。


あまりのあっけなさに私も息を呑む。


 が、白い竜__いや聖竜が私の方へ向き直り語りかけてきた。

 『我を起こしたのは、お前か?』

「は、はい!聖王妃殿下の手紙のもと聖竜様に〝お願い〟させていただきました」

 へたり込みそうになる所を必死に居住まいを正して答える。

 『なるほど、のう…』

 しげしげと自分を見下ろす聖竜の視線に恐ろしさはない。

迫力は物凄くあるが、禍々しくはない。

だがおそろしい。

誰もがそんな畏怖を抱くだろう聖なる竜に誰も声をかける事は出来ない。

 『娘、お前、名は何と言う?』

「アリスティア・メイデンと申します」

 『アリス?』

「はい」

 『…………』

 聖竜は、セイラ妃殿下が付けた名前の由来を知っているのだろうか。

前世の事は誰にも、レオン陛下にすら話していないとは書いてあったが……

 ドラゴンはその〝誰にも〟に当て嵌まるだろうか?

 とか思考する上から笑い声が降ってきた。

見れば聖竜が かか、と愉快そうに笑っている。

 『そうか、アリスか。』

「は、はい……?」

 愉快そうに笑うドラゴンという初めてみる現象の最中、条件反射で返した言葉に

 『各地で眠っておった竜たちが一斉に起きてしまったようだの。確かに只人の手には余る…して、この事態、お前ならどう収める?』

 キン、と張り詰めた声が放たれる。


 どう収める?

 私はこの国の為政者じゃない。



 返事に詰まる私に、

 『十五才のセイラは一刻かそこらで収束してみせたが、やはりお前では手に余るか?アリス』

 揶揄われている__いや、挑発されている?

私はセイラ様じゃないんだから当たり前でしょう、と言いたい所だが。

あの手紙を読んで聖竜かれを呼んだのは紛れもなく私だ。

 

おまけに、ことは一刻を争う。


 乗るしかない。


「参考までにお聞きしたいのですが、聖王妃セイラ様におかれましてまどのようにして?」

 『アレは先取先攻を常としておった』

 つまりやられる前にやってたと。

 全然参考にならん。

「殿下がた、何かご存知の事は?」

 横でモブみたいになってる王族がたに矛先を変える。

「い、いやセイラ妃殿下に関しては聡明にして凄まじい魔力と胆力の持ち主で自在に聖竜の背に乗って飛び回っていたと伝わってはいるがっ……」

慌てたように言うアッシュバルトに、

「あとはうーん、扇子のひと振りでドラゴンを薙ぎ払ったって言う話も伝わってるけど」

 珍しくアルフレッドの歯切れも悪い。

 ていうかなんだそれ芭蕉扇か。

芭蕉扇なのか?

『まあ、アレは元から我という増幅装置ナシにドラゴンを一人で倒せるだけの技量を持っておったからのう、、』

 懐かしそうに呟く聖竜は美しいが益々参考にならない。


 私に出来る事で言うなら__足元の地面がまた脈打つのを感じる。


 もしかしたら。

 いや、間違いなく。

 うん。

 何から手を付けていいのかわからない時はとりあえず目の前にある事を全力でやりましょうって教わったしね?


 私は私の出来る事を。



「……聖なる竜におかれては、私がその背に乗ること、お許しいただけますか?」

 『構わぬよ。愛しいアレがこの世界から失われてからもう人の世に関わろうとは思わなかったが……ここで我を呼んだ其方に此度だけは力を貸そう、アリス』

「ではお借りします。ドラゴンが姿を現した場所を私を乗せて回ってください。皆様、今集められるだけの魔矢アローをお借りできますか?」


「アローだと…?ドラゴンに?」

「あゝ、そっからコードLuLで力を広げるって事か。上手く行くの?」

「さあ?やってみた事がないので」

「おい……」

珍しく軽く突っ込むアッシュバルトに、

「そもそも高速で移動するドラゴンに当てられるのか?」

とギルバートが続ける。

「それも、やってみなければ分かりません。けど、当てるだけなら問題ないと思いますよ?何せ的がでっかいので」

 少しの沈黙があったのは気のせいではないだろう、皆が一瞬固まった。

後、アルフレッドが盛大に吹き出した。

「ぶっ……あはは、確かに。」

 アルフレッドに呆れた目を向けながらもアッシュバルトとギルバートの指示で矢が集められ、一纏めにされていく。

「今すぐ集められるのはこれくらいだ」

一〇〇本以上はありそうだが百五十には届かない。

魔力を帯びて軽量化された矢は安くはないし騎士団も剣しか帯びてない者が多いからそんなものだろう。



 そんな所に「メイデン嬢!」と聞き覚えのある声が響き、元生徒会長アルフォンス・レイドが駆け寄ってきた。

この人がここまで息を切らしている姿は初めて見る。

「メイデン嬢、これを」

 そのアルフォンスが抱えてきた箱はそれなりの年代を経てきたものの大切に管理されてきたのだろう事がひと目でわかる美しい意匠のやや長細い箱だった。

「…?…」

訳がわからない私に構わずアルフォンスは箱の蓋を開き、私に向かって差し出す。


 中にあったのは、華奢なデザインの扇子。

 国内はもちろん国外でも人気の〝薔薇扇ばらおうぎ〟と呼ばれるものだ。

「アルフォンス殿 これは…!」

 アッシュバルトが叫ぶ。

「我が家に代々伝わるものだ。役立てる時が来たら、然るべき相手に渡して欲しいと聖王妃様から先祖が下賜されたものだ」


 何でもアルフォンスのいるレイド家は、セイラ妃殿下とレオン陛下の娘である王女さまが降嫁した際叙勲を受けて設けられたのが始まりの公家であるそうだ。

「そう、なのですか……」

 次から次へと出て来る事実にもうどこから突っ込んでいいかわからない。

「これは王女殿下が降嫁なさる際、妃殿下が御守りにと贈られたものだ。妃殿下手ずから魔力を込められたと伝わっている。君の役に立つだろう」

「え?いや、そんな、」

 大層なもの借りられません!

先祖代々の家宝って!

「心配する事はない。『これは使い手が持って初めて役目を果たすもの。しまっておくためのものではありません』というセイラ妃殿下のお言葉も一緒に伝わっているんだ。幸いにして我が家はこれが必要になるほどの危機には瀕した事がなかったけれどね……魔法で封印されてたから劣化もしていない。君に託す」

 そこまで真剣に差し出されてしまえば断りようがない。

「では 、お借りします」

私はそれを手に取った。




「ではいってまいります。あ 残念ながら私には魔力だけで矢を形成するような真似は出来ませんので、万が一に備えて各所に矢の補給ポイントを設置していただいても?」

 朗らかな問いに、

「……無論だ。」

唸るような響きでアッシュバルトが返す。

「もーぉ、心配なのはわかるけどそれじゃ単なる八つ当たりだよ!ここは激励するとこ!各所への通達は僕たちでしておく。君の邪魔をしない事と、あと指示に従うように、ね?」

 ちらとギルバートへ視線を移す。

「無論です。聖竜とその背に乗る方へ害意を持つような馬鹿はこの国にはおりませんが」

いきなり姫に対する騎士みたいになった態度に違和感は感じるが今はどうでもいい。


『ふむ。矢を使うか。……扇もまあ振るえばドラゴンの吐息を跳ね返すくらいは出来るだろう、使い過ぎて魔力が枯渇しないように気をつけよ。背に乗るよりこの方が良かろう』

 と聖竜の片腕というか鉤爪?に抱えられる。

「あ、ありがとうございます!」

万が一にも大きな鉤爪で傷つけないよう、もの凄く気を使われているのがわかってアリスティアはお礼を言う。


 聖竜がばさりと翼を広げる。

「アリスちゃん。わかっているとは思うし、月並みな事しか言えなくて申し訳ないけど__気をつけてね?」

「はい」

 心配そうなアルフレッドに力強く頷く。

 私 前世ではアーチェリーやってたんだよね。

だから、リライト(以下略)出来るようになった時弓に魔力をのせて射るのを真っ先に練習したし、上達も早かった。

 

 だから、ちょっとだけ自信はある。

 セイラ妃殿下みたいには出来ないけど。


 私は聖竜に抱えられて空高く舞い上がった。


 それを見上げて、

「「流石ヒロイン……」」

 呆けたように言う二人はそんな場合ではないのだが双子のようだった。


「伝説は真実だったのですね……」

「伝説の乙女、か……」

 呆然と呟くギルバートとアッシュバルトも然り。



「そろそろその認識を改めた方がいいんじゃないかな?僕達は」


「どういう意味だ?」

 兄王子の問いには答えず、

「さーて、せめて最大限のバックアップくらいのフォローはしないとね。白き竜の翼を得た彼女はちゃんとここに戻って来てくれるかな?」

 読めない表情で告げたアルフレッドは各所に更に詳しい指示をとばすべくその場を後にした。



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