情報の整理④ 実践編:『ひざに矢を』

 先日エッセイにも書いたことですが、アマチュアが趣味で書いた小説に不備が多いのは当たり前です。

 Web小説(それが原作の作品)を批評するときには、批判が過剰(あるいは的外れ)にならないように、注意する必要があります。

 その意味で、この小論で悪文の例としてなろう系作品を持ち出すのは良くないことかもしれません。


 しかし、文章の書き方について実際的な感覚を養うためには、きれいな文章に目を慣らすだけでなく、悪文を見て、その違和感を突き止め、必要な修正を加える過程が、どうしても外せないようにも思います。

 そして、そのためのサンプルを探そうというとき、なろう系作品を探るのが(残念ながら)最も手っ取り早い手段です。

 さすがにWeb版に文句をつけるのはこくなので、この小論では、紙の本として出版された書籍版を参照することとします。


 書籍版は編集者さんや校閲者さんのチェックがあって出版されているはずですし、実際のところ誤字脱字の類はあまり見かけません。

 となれば、世間的には及第点の文章と言えますが、この小論では及第点以上を目指すために、あえて文句をつけていくことにします。




――――

 俺は魔王に向かって派手な魔法をぶっ放す。魔王の意識を引き付けるためだ。

 威力よりも手数を重視する。

 大したダメージは入っていない。だが、牽制けんせいが主目的だからこれでいい。

(えぞぎんぎつね『最強の魔導士。ひざに矢をうけてしまったので田舎の衛兵になる』第1巻、冒頭)

――――


 ケータイ小説やWeb小説では、1文を短くするのがセオリーです。

 携帯電話やスマホは、紙の本やPCに比べて画面が小さく、読者が一度に視界に入れられる文字数が少ないからです。

 パッと見て文末がどこにあるのか、どこで段落が切り替わるのかが分かった方が、読者としては読みやすい。

 逆に言えば、1文が長い、1段落が長いと、それだけ読者に負荷をかけてしまいます。

 そのため、Web小説では1文を短くした方が有利、ということです。

 本作――タイトルが長いのでひとまず『ひざに矢を』としておきますが――の文章は、そのセオリーを忠実に守っています。


 しかし、読者の負荷を減らすという点から見ると、まだ改善の余地が残る文章です。




 引用した部分では、「派手な魔法」と「威力より手数を重視」は相容れないようにも思いますが、ここで言う「派手」が誰の評価なのか――語り手の基準で「派手」なのか、一般人から見て「派手」なのか、我々読者にとにかく「派手」な魔法をイメージしてほしいという意味なのか――が分からないので、ひとまず置いておきましょう。

 ライトノベルやWeb小説ではこのように、主観的な判断を含む表現において、どの視点からどんな相手を想定して語られているのか分からない記述を見かけることが、度々あります。

 曖昧あいまいで分かりにくいと私は思いますが、「何となく」で読み進める読者にとっては、この方が分かりやすいのかもしれませんね。

 仮に修正を加えるなら、「派手な魔法」ではなく「得意の魔法」にすると良いかもしれません。


 明確なミスとしては、「魔王の意識を引き付けるためだ」と「だが、牽制が主目的だからこれでいい」で、情報が重複しています。

 当然、前者が不要です。


「俺は魔王に向かって派手な魔法をぶっ放す。

 威力よりも手数を重視する。

 大したダメージは入っていない。だが、牽制が主目的だからこれでいい」




 直後の記述も見てみましょう。


――――

 魔法を放ちながら、俺は治療を受けている勇者クルスの様子をうかがった。

 勇者は魔王に先陣を切って飛びかかり、わなにはまって傷を負っている。

 俺が止める間もなかった。

 勇者は強い。

 十五歳とは思えない強さだ。当たり前だが、俺が十五歳の時よりはるかに強い。

 だが、まだまだわきが甘いと言わざるを得ない。

 だからこそ、そんな勇者を補佐するために、俺のようなベテランが必要なのだ。

(同上)

――――


 最初に「勇者クルス」と名前を出しているのに、これ以降、「クルス」でも「彼女」でもなく、「勇者」と書き続けることには違和感がありますが、どうやらこの作品なりの流儀(あるいはゲーム的なお約束)のようなので、これは放置していいでしょう。

 引用の第2文「勇者は魔王に……」は、言葉の対応を考えると、語順を変えた方が良いです。


「勇者は魔王に先陣を切って飛びかかり、罠にはまって傷を負っている」

→「勇者は先陣を切って魔王に飛びかかり」


 勇者クルスに関する情報をポジティブとネガティブに分けていくと、

「勇者は(略)罠にはまって傷を負っている」(ネガティブ)

「勇者は強い」(ポジティブ)

「だが、まだまだわきが甘い……」(ネガティブ)


 といった具合に入り組んでいます。

 順番を整えるためには、結局ポジティブとネガティブのどちらの評価を強調したいのかを定める必要があります。

 ただ、このくだりで(作者さんが)最終的に言いたいことは、「俺のようなベテランが必要なのだ」であり、引用部分以降の出来事も、それを強調するために書かれています。

 つまり、勇者に関する情報の内、強調すべきはネガティブなものの方です。

 こうなってくると、「俺が止める間もなかった」という、そのまま読むと語り手の不手際ふてぎわを書いた部分が邪魔になるので、あまり目立たないように調整を加えて……


「魔法を放ちながら、俺は治療を受けている勇者クルスの様子をうかがった。

 勇者は強い。

 十五歳とは思えない強さだ。当たり前だが、俺が十五歳の時よりはるかに強い。

 だが、(その)勇者は俺が止める間もなく、先陣を切って魔王に飛びかかり、罠にはまって傷を負っていた。

 まだまだわきが甘いと言わざるを得ない。

 だからこそ、そんな勇者を補佐するために、俺のようなベテランが必要なのだ」




 このしばらく後にも、同じように順番を変えるべき文章が出てきます。


――――

 いくら強い戦士も魔法使いも、魔王を殺し切ることはできない。

 魔王を殺し切るには勇者の力が必要だ。

 尋常な手段では殺せないから魔王なのだ。

 俺が飛ばした右腕も五分とたずに再生してしまう。

 そして、魔の神の加護を受けた魔王を倒せるのは、聖の神の加護を受けた勇者だけだ。

 魔王を殺せるからこそ、勇者は勇者たり得るのだ。

(同上、p.5)

――――


 ごちゃごちゃしてますね。

 ここで言いたいことは「魔王を殺し切るには勇者の力が必要だ」であるはずなのに、情報が整理されていないせいで、同じ話を繰り返すことになっています。


 細かいところでは、「殺し切る」は単に「殺す」で良いはずです。

 とどめを刺す、復活できなくするという意味でとらえても、「殺し切る」などという耳慣れない言い方よりは、「完全に殺す」の方がまだ妥当でしょう。


 「俺が飛ばした右腕も……」の1文は、主語を「右腕も」と考えるにせよ、省略された「魔王は」だと考えるにせよ、「五分と経たずに」が浮いていますね。

 浮いてませんか? 気のせいでしょうか……。

 「五分も掛けずに」あるいは「五分も掛からず」にした方が、しっくりくると思います。


 ということで、修正すると、


「いくら強い戦士も魔法使いも、魔王を殺すことはできない。

 俺が飛ばした右腕も(、)五分も掛からず再生してしまう。

 尋常な手段では殺せないから魔王なのだ。

 魔の神の加護を受けた魔王を倒せるのは、聖の神の加護を受けた勇者だけだ」


 原文は6文でしたが、4文に短縮できました。




 このように、情報を整理することで、文や文字数を減らすことができます。

 執筆中の作品を読んでいて、「話が何かぼんやりしているな」とか、「情報が多くないはずなのに文字数がかさんでいるな」などと感じることがあれば、情報の整理を意識してみると、すっきりとした文章に出来るかもしれません。

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