第15話 木偶の坊

黒い影がクリスを包み込む。


「グワァァァァ…」


地を這うような声が響き渡ると、黒い影が銀のフルプレートを黒く染め上げていく。


『……………。』


フルプレートが完全に黒く染め上がると、クリスは全身を脱力させ、時が止まったかのようにその場に立ち尽くした。


『……………。』


その姿を目の当たりにしていた父親モドキが声をあげる。


「ク、クリスッ!どうしたというのだ?」


クリスは、父親モドキに目線を向けるがすぐに目線をはずして、私のもとへ歩き出した。


―カチャ…


クリスは私の前で跪いた。


その様子を見た父親モドキは激昂した。


「シーラッ!クリスに何をしたッ!」


…これで交渉材料は整った。…


「嘘つきにペナルティを与えただけ。それで、どうする?ここで、全面戦争を始める?大人しく私を逃がす?私を逃がして、今後一切関わらないのであれば、この三人を解放すると約束する。」


マクスウェル家最強の騎士が敵になったことを理解した様子の父親モドキは、俯きながら答える。


「…ぐぅッ!…わかった…。…ただし、先に三人を解放するのだ…。」


私は声に魔力を込める。


「“わかった”とは、“私をこの場所から逃がして、今後一切関わらない”ことで良い?」


父親モドキは顔を歪ませる。


「……、良いだろう…。」


父親モドキが承諾の言葉を発すると、私と父親モドキの右手の小指に魔法陣が現れた。


古代魔法

―『”コントラクト”』―


魔法陣が小指に吸収され、魔法文字が刻まれる。


父親モドキは、小指に魔法文字が刻まれていく様を呆然と見つめていた。


「こ、古代の魔法文字…!?」


私の前で跪いていたクリスが立ち上がり、父親モドキに近づき顔を覗きこんだ。


『揃いも揃って、守れない約束なんてするんじゃねぇよ。このクズ。これでお前は完全に詰んだぜ。ああ、この木偶の坊は俺の操り人形なったから。』


クリスからユニの声が発せられ、父親モドキは驚愕した。


「ク…クリスッ!?…シーラッ!貴様ッ!クリスに何をしたッ?」


クリスの身体を操っているユニは、父親モドキに剣を向ける。


『さっきシーラの言ったこと聞いてたのか?この身体の持ち主は、約束を破ってペナルティを受けたんだよ。お前らが言う“古代魔法”のな。』


父親モドキは怯えた様子で後退りした。


「古代魔法…。…私も契約を破ると同じようになるのか?」


突き出していた剣を自分の肩に乗せたユニは、呆れた様子で答える。


『へッ!てめぇの心配かよ。フン。今回のはシーラの闇魔法も入ってるから、この木偶の坊よりも酷いペナルティになるのは間違いねぇな。』


父親モドキは必死に声をあげる。


「バ、バカなッ!そんな約束は無効だッ!」


…ペナルティが課せられるとわかった途端に無効を主張し始めた。破ることを前提に約束したのか。本当に救いようがない。…


「約束を『守る』『破る』?」


父親モドキは焦燥感を強めた。


「む、無効だと言っているッ!」


…一方的に約束を“無効”にすることはできない。…


「約束を『守る』『破る』?」


父親モドキは観念したように沈黙する。


「…………。」


…都合が悪くなると黙るか。…


「沈黙は『破る』と見なす。」


父親モドキは両手を握りしめ、何かを決意したかのように顔を上げた。


「…沈黙も古代魔法発動判定の“キー”になるのか…。約束は『守る』。だが、先に3人を解放してもらおう。」


…何かを企んでいるのか、それとも、何かを諦めたか。…


「わかった。クリスを解放する。ユニお願い。」


ユニは頷くと、クリスから黒い影が飛散していく。


『木偶の坊。あばよ。』


黒い影が私の左目に吸収され、アイスブルーの瞳が漆黒に変色した。


ドサッ―


クリスはその場に倒れ込んだ。


「今度は、そこの二人。」


魔装

―”簒奪之怨鎖”―解除―


魔装

―“吸命之怨鎖”―解除―


ドサッ―

ドサッ―


鎖を二人から引き抜くと、クリスと同じようにその場に倒れ込んだ。


「これでこちらの約束は果たした。次は、そちらの番。」


父親モドキは、傍に控えていた壮年の男とアイコンタクトをとると、無言で部屋を去ってって行った。


「………………。」


壮年の男は、近くの兵士に三人の身柄を確保するよう指示を出すと、私に近づき跪いた。


「マクスウェル家の軍師レイドックと申します。ジーク様に変わり、シーラお嬢様と交渉をさせていただきます。」


…気持ちが悪い。…


「父親モドキが”自分が関われなくなったから代理人を立てた”と解釈して良い?」


レイドックが目を細める。


「いえ。私はマクスウェル家の軍師として、”独断“で代理人に立候補したのです。」


…子どもだからのらりくらりと言い訳をすれば、丸め込めるとでも思っているのか。…


「さっき結んだ契約は、“自分は何もしない”という消極的な約束ではなく、“約束を履行するために誠実に対応する”という積極的な約束。部下にアイコンタクトで黙字の指示を出すことはもちろん、捕縛するために連れてきた部下を残したまま無責任にこの場から去るのも契約違反となる。」


そう言って、父親モドキが現在いる位置を指さすと、レイドックは慌てた様子で声をあげる。


「お、お待ちくださ―」


「こちらは、誠実に契約を履行したのに、お前達はあまりにも不誠実。」


―“コントラクト”―判定―


―『お前達は本当にバカだな。新しい”木偶の坊”の出来上がりだぜ。』―

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