第10話 テスト

執事のセボンに案内された場所は、無機質な広い空間だった。


「セボンさん、ここが私の部屋ですか?」


セボンは首を横に振ると、何もない空間からナイフを取り出し、私に向かって投擲してきた。


「僭越ながら、シーラお嬢様がマクスウェルを名乗るに相応しいかここでテストさせていただきます。」


ナイフの軌道は、私の眉間を正確に狙っていた。


…これがマクスウェルのやり方か…。…


私は張り付けていた笑顔を取り外し、身体強化オーラを練り上げる。


身体強化

―”オーラブレード”―


キンッ―


右手に纏わせたオーラでナイフを凪ぎ払いながら、周囲を観察する。


…魔法で造られた空間に閉じ込められた?…


後ろにあったはずの扉が、いつの間にか無くなり、無限と思えるほど広がる白い空間になっていた。


…これは、本にあった空間属性魔法。それならば。…


左手で魔法陣を展開する。


闇魔法

―“マジックドレイン”―


ジジッ…ジジッ…―


魔法陣から電磁波のような音を放つ黒い球体が生み出されていく。


その様子をみて、セボンが声をあげる。


「黒色魔力ッ!?最上位属性の闇魔法ッ!?な、なぜ、シーラお嬢様が闇魔法をッ!?」


黒い球体を地面に押し込んでいくと、球体はどんどん沈んでいく。


球体は沈みがらも周辺の魔力を吸って肥大していく。


…これで、この空間はなんとかできる。後は、コイツ自身をどうにかするだけ。…


想定外の事態に驚いている様子のセボンに、身体強化を使い一気に近づき、オーラブレードで斬りかかる。


ガキンッ!―


オーラブレードがセボンの強化された右手で受け止められる。


…私が闇魔法使いと分かってて、”回避せずに”受け止めた?…


「ふふ。狙いが甘いですよ。…な、なんだ!?た、ただの、オーラブレードではないッ!…ウオォォォォォォォォッ!!!オーラが吸いとられているッ!?ま、まさかッ!闇の“魔装”ッ!?」


…闇魔法使いの攻撃は“回避する”のが鉄則…


セボンが慌てて距離をとろうとするが、オーラブレードは形状を変えてセボンの腕に絡み付く。


魔装

―”簒奪之怨鎖”―


オーラブレードが美しい装飾が施された漆黒の鎖へと変化し、セボンの胸にまで絡み付いていく。


「ば、バカなッ!!!そ、その歳で完全なる“魔装”をッ!!!それに、その形状はいったい…ッ?」


“ジャラ―


凍えるほど低い温度の鎖がセボンの体温と魔力を奪っていく。


さらに、鎖の先端部のペンデュラムがセボンの胸を貫こうと動き始めた。


「ま、マズいッ!」


空間魔法

―「“ディメンションムーブ”」―


ペンデュラムがセボンの胸へ到達する寸前にセボンの姿が消える。


―スゥ


背後に気配を感じ振り返ると、セボンが両手を上げ降参のポーズをとっていた。


「合格です。シーラお嬢様。貴女は立派なマクスウェ……ッ!………」


…何が合格だ?暗殺者が。…


「黙れ。」


闇魔法

―“マジックドミネイト”―


白い空間が黒く書き換えられていく。


…私の負の感情に呼応して、闇魔法が体に浸透していく。…


…つい先日覚えたばかりの闇魔法のスキルレベルが、いつの間にかMaxになっている。…


セボンは、周囲を見渡しながら自分の置かれている状況を推測する。


「…なるほど。空間魔法で造った隔離空間を闇魔法で吸収すると同時に支配し、逆に私を閉じ込めたというわけですか。…くはははっッ!なんという才能ッ!まさに麒麟児ッ!!」


セボンは、魔力を左手に集中させて魔法陣を展開する。


空間魔法

―「“ディメンションカッター”」―


セボンが右手を横凪ぎに一閃すると、空間に亀裂が入る。


「しかし、残念ですが、空間魔法使いを檻に閉じ込めることはできません。」


セボンは魔力を流し込んで亀裂を拡げ始める。


…逃さない。…


右手を前に向けて魔法陣を展開する。


闇魔法

―“ダークミスト”―


魔法陣から黒い霧が拡がっていく。


黒い霧は、状態異常を付与しながらセボンを包み込んでいく。


「…五感を奪われたッ?状態異常を付与する闇魔法ですか?…ふふ…」


セボンは収納空間から液体の入ったの瓶を取り出す。


「闇魔法使いとの戦闘に備えて”聖水”を準備しておいて正解でした。レアアイテムですが、シーラお嬢様の実力を図るためですから惜しくはありません。もっとも、すでにこれ以上ないくらい実力を見せつけられた状況ですが…。」


聖水を振り撒かれると周囲を覆っていた闇の霧が晴れていく。


…氷属性と炎属性を闇属性に混ぜ込んだ”氷獄の灼鎖”は“聖水”では無効化できないか…。…


“ジャラ―


闇の霧が完全に消えると、魔装の鎖で拘束されたセボンが姿を表した。


「い、いつの間に…。…ッ!!!霧で五感が奪われている隙にッ!?」


セボンは、驚愕の表情を浮かべたあと、私の顔をしばらく見つめ、片膝をついて跪く。


「…度重なる非礼をお詫びいたします。このセボン、今後はマクスウェル家の執事として貴女様にも忠誠を誓わせていただきます。」


…気持ちが悪い。…


「お前は私にとって執事でも何でもない。返り討ちにあって生殺与奪の権を握られた、ただの無様な人間でしかない。」


鎖に魔力を込める。


ペンデュラムがセボンの胸に突き刺さる。


「し、シーラお嬢様。な、何を…?」


…ペンデュラムが胸に到達すると”簒奪之怨鎖”の本当の高価が発動する。…


「―“命令”―私だけの命令に従え。」


首を横に降りながら、セボンは魔法陣を展開しようとする。


「空間魔法使いを閉じ込めることはできないと言ったは…な、なに…ま、魔力が枯渇しているうえに身体の自由がきかない?」


セボンは、自分の置かれている状況と、目の前の幼女の力量をあまりにも低く見積もり過ぎていた現実に気づく。


「ま、魔力を奪われていた?う、うぐぅッ!こ、これは隷属?隷属の首輪無しでなぜ……ッ!!!…この“魔装”に魔法吸収と隷属の効果がある…?」


…隷属は闇魔法系統。隷属を受け続け、闇魔法レベルMAXになった今の私になら問題なく再現できる。簒奪の効果を上乗せして。…


「選べ。破滅か服従を。」


鎖にさらに魔力を込めると、セボンは力なくゆっくりと横に倒れ込む。


「…グゥ…、選ぶもなにも、隷属の痛みや精神汚染に耐えられる者など存在しません。」


床に倒れ込んだセボンを見下ろす。


「私は隷属の痛みに6年耐えた。運良く苦痛耐性スキルを取得できれば、自我が崩壊せずにすむ。選べ。」


私の言葉にセボンが目を見開く。


「な、何を言って…。…ろ、6年耐えた?ま、まさかッ!こ、この6年間…れ、隷属に逆らいながら闇魔法の拷問を?」


闇以外の属性魔力を流し込み鎖を強化する。


「闇魔法だけじゃない。あらゆる拷問を受けて育った。今は、テストと称した暗殺未遂を受けたし、マクスウェル家というのはこのようなやり方で子どもを育てるのでしょう?」


セボンを顔を上げて必死に弁明を始める。


「ご、誤解でございますッ!そのようなことは一切ございません。今回のテストも私の独断で行った…うぎゃぁぁぁ…」


セボンの魔力と魔装のリンクが完了したため、隷属の効力を強める。


「早く選べ。」


セボンは必死に隷属に抵抗する。


「…はぁ…はぁ…、…私はマクスウェル家の執事です。」


…まだ1割の効果も出していないのに…。これでは、運良く苦痛耐性を手に入れても2・3割の力でで確実に自我が崩壊するだろうな。…


「そう。さようなら。」


―“!!!!!パキンッ!!!!!”


さらに鎖に魔力を込めようとした瞬間、ガラスが割れるような音が鳴り響いた。


「シーラお嬢様ッ!!!ご無事ですかぁぁぁぁッ!」


クリスが物凄い勢いで空間の中に飛び込んできた。

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