恋する乙女のダイエット事件簿

うぱ子

第1話 そんなはずはない!

 カラスの鳴き声が切ない、10月のとある黄昏たそがれ時。

 一日のなかで最も緊張感が高まる瞬間。

 破裂しそうなほどにばくばくと鳴り響く心臓音を抑えるように、深呼吸。

 ゆっくりと、体重計に右足、左足を乗せる。

 体重計に設置されたデジタルの数字が、チカチカと点滅する。

 その数字を見た瞬間、私・めいは着ているパーカーのフードがひっくり返ってもおかしくないほどに声を張り上げた。


 昨日に比べて、体重がなんと3キロも増えていたのだ。 

 この夏のアイスの食べ過ぎに加え、食べ物のおいしい実りの季節の到来。

 顔周りにお肉がぽちゃっとついてきたので、先週ゆるゆるとダイエットを始めたばかりの私にこの事実はショック過ぎる。


「嘘だ……嘘だ……、誰か、嘘と……。ッウアアアアアア!」


 リビングで勉強をするポニーテール姿に分厚いレンズのメガネをかけたお姉ちゃんが、問題集をぱたんとわざとらしく閉じてこちらを睨む。


「もー、うるっさいっ! 何なの、めい。あんたはぴっかぴっかキラキラ脳内お花畑の中1だからお気楽だけど、本当に叫びたいのは崖っぷち受験生の私なんだからね!」


「お姉ちゃん、大変なの! 私、ダイエットしてるはずなのに昨日に比べて3キロも太ったの!」


 ヒステリックに悲鳴をあげる私に対し、お姉ちゃんは鼻で笑う。


「知らないよ。昨日3キロ分食べたんでしょ」


「そんなことないし! あ、体重計がおかしいのかも」


「じゃあ私が乗ってみるか」


 お姉ちゃんがちょこんと体重計に乗っかり、表示された数値を見て眼鏡をクイッと上げる。


「先週の健康診断のときと誤差0.4グラム。ほぼ同じ体重。よってこの体重計は壊れてない。ダイエット中に太ったのは事実なんだから、その原因を見つけないと。過去のことより、今できることを全力ですべき!」


 私の低い鼻ぎりぎりに人差し指を突きつけるお姉ちゃん。

 正論すぎて言い返す言葉が出ない。

 お姉ちゃんは、腕を組みながら尋ねる


「ダイエットって、具体的に何してたの?」


「えーと、まずは朝と夜の『ぽめちゃ』のお散歩を、今まで当番制にしていたのを私が全て引き受けてるでしょ。さっきだって、」


 「ぽめちゃ」は私達のペットのポメラニアンだ。

 ふわふわのかわいらしい小犬だが、お散歩が好きすぎて、外に出ると猛スピードで走り出す。

 害虫並みに運動が大嫌いなインドア派の我が家にとってはかなりしんどいが、ぽめちゃへの愛ゆえに交代で欠かさず散歩に連れて行くのだ。

 

「万年あんたがダイエットしててくれたらなぁ……。私はぽめちゃをナデナデするだけで満足だから」

 

 ぼそっと言うお姉ちゃんは無視し、さらに涙ぐましい努力を訴える。


「それから、給食の残り物を男子と取り合うのをやめて我慢。あと、コンビニスイーツの新作買い食いはしない!」


 腰に手をあててドヤ顔をした瞬間、お父さんの声が聞こえる。


「お姉ちゃん、めいー。夕ご飯できたよ」

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