第4話 父さんとマークと0.3㎜シャープペン

 机に座り、宿題を休み時間の合間に済ませておこうと、俺はノートにシャープペンを走らせていた。


「よう朱音! お前にしては、ナイスなシャープペン持ってるじゃねぇか」


 俺がこの学園で一番聞きたくない声、マークだ。

 マークは顔を近づけ、俺の右手を注視する。紫の髪が見えた。

 俺が今、右手に握ってるのは父さんから貰ったメタリックなシャープペン。芯は0.5㎜じゃなくて、0.3㎜の細いやつ。

 ノートに書くと、0.5㎜のものより細くてシャープな線が出る、今では俺のお気に入りの一つだ。

 一度0.3㎜を使いだすと、0.5㎜がなんだか太っちょで書きづらい。だから最近はこれ、0.3㎜シャープペンをメインで使っている。いや、ずっと0.3㎜ばかりなんだ。


「よこせよそれ」


 と、マーク。今にも奪わんと、手を伸ばす。

 俺は避けようとするも、あっさり取られてしまった。

 これには俺、いくら何でも文句を言った。

 俺が文句を言うなんて、珍しい事なんだけど、マークはそんなことは気にしない。

「いや~。さすが朱音! 俺の誕生日今日なんだけど、こんなイカスシャープペンをくれるとは、なんだか悪いな。お返ししなきゃな?」

 何が誕生日プレゼントだ、本当かどうかも分かりはしないし、もし本当だったとしても、お前に渡すプレゼントはねえよ! ……と、言えたらなら、どんなに楽か。

 ああ、父さんごめん。せっかく買ってもらったシャープペン、こんな奴に取られちゃった。ごめんよ、ごめん。

 畜生、俺にもっと力があれば。

 そして俺の周りのクラスメイト。

 俺と視線が合うと、露骨に目を逸らす奴、苦笑いを浮かべるやつ、何とも思わないのか、無表情を決め込む奴。

 以上がクラスメイトその一、その二、その三……。そしてその他色々だ!

 だけどその中に、俺に助け舟を出して来る人間など一人もいない。

 もはや芸風の固定されたお約束とも言える。

 マークの興味が俺から少しでも逸れようものなら。

 恐らくみんなこう考えるのだろう。

 ──俺にだけは、かわいがりの火の粉が燃え移りませんように、と。

 そう。マークの興味が俺からなくなれば。

 他の誰か、つまり早い話がマークの狙いが俺を助けた人間に移るだけ。

 みんな充分に認識している。でも、行動しろとは無理に言えない。

 そう。俺は「助けてくれと」言えないし、他のクラスメイトはマークに「こんなかわいがり止めてやれ」と言えないのである。

 なぜって?

 察して欲しい。みなが選ばれし勇者なのではない。その他大勢は、みんなチキンなのだ。

 それどころか「マー君、今日誕生日なんだ? 朱音から良いものもらったって?」

 などと、アイツの取り巻きが。


「そうなんだよ。このシルバー。渋いぜ。こんなシャープペン、朱音には全然似合わねえ」


 マークの言葉にその金魚の糞がハハハと失笑する。


「そうだね、朱音には似合わねえ」


 そんな連中の声が教室中に聞こえると。

 関わり合いになるのを避けるように、またも顔を伏せるもの多数。あるいは席を立ち俺とコイツらから離れるものも少し。

 マークはシャープペンを胸ポケットにさし入れる。

 ああ、俺のシャープペン。

 うう、さらば。


「じゃあな朱音。俺の誕生日、後一か月は続きそうだから。プレゼントが他にもあるなら受け取るぜ? いい品見繕っておいてくれよな!」


 俺は絶句した。

 なんと言うことだろう。

 やってられない。

 毎日俺からあれこれな品をまきあげるだと!?

 いや、こんなことがあっても良いのか。

 そう。

 こんなことが繰り返されるから。

 俺の頭の中で、なにかが切れる。

 神も仏もいないのだッ!

 俺の脳裏を父さんの笑顔がよぎる。

 ああ、どのように父さんに今のシャープペンの事を伝えよう。

 正直に言えば悲しまれるだろうし「無くした」と言えば怒られる。

 だけど。無くした、と言うのが精一杯か。

 勘ぐられるだろう。可愛がられているのがばれるかもしれない。

 父さんにも、母さんにも心配をかける。

 嫌だ、嫌だ。嫌すぎる。

 でも。

 畜生、本当にそうなのかよッ!

 悔しい。悔しいよ。

 が、俺の背中を戦慄が走る。


(戦う……バカな、俺までアイツらと同じ土俵で戦ってどうする。俺が強くなればいい。なにがあっても、なにが起ころうと、どんな扱いをされても)


 そうだ。


(胸を張って、前を向いて)


 でも、ほんの少し、ほんの少しで良い。俺に勇気を、俺に力をくれ。

 頼む!

 神でも天使でも悪魔でも構わない。

 お願いだ。

 俺は男。ヴァージンは無理でもチェリーなら。

 ああ、この境遇を抜け出せるなら、俺は何でも捧げよう。

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