第2話 神も仏もいない

 この世には神も仏もいない。

 大事なことだからもう一度言う。

 この世には神も仏もいない。みんなまやかしだ。でたらめの作り物。

 神も仏も想像の産物で、古代人が発明し作り出した概念に過ぎないッ!

 俺は力説するぞ?

 ──そうとも。

 たいした努力もしていない、俺のような半人前の男子を前に、ドジな女神や、露出度過剰な天使のラッキース●ベなど、ありえるかッ!

 と、思っていた時代が俺にもありました。

 俺も十七歳。二学年で、健全な男子の一人だ。成績は……ちょっと頑張っている方だ。そして隠すまでもなくチェリーで。

 俺は女子を前にすると声がどもり、ヘタをすると体が震え始める。

 ああ、ダンス? とんでもない、握ったフリをするのがせいぜいなのだッ!

 笑うこと無かれ、とここは言っておこう。

 そして今の俺があるのだから。

 これがただ今、色鮮やかな錦鯉が泳ぐ中庭の池に突き落とされて、ずぶ濡れになっている俺の自己紹介だ。

 ああ、濡れた濡れた。

 水深が浅いのだけが救いである。

 だけど畜生め、制服がびちょびちょじゃないか。

 って、気持ち悪、パンツにも染みて来た。

 うぇえ。

 ああ、よりによって風の強い、こんなに風の日に。うう、寒。

 俺の体が急速に冷えてくる。そして俺の体の震えが止まらない。

 で、だ。

 聞きたくもないのに、ふざけた言葉が俺の鼓膜を叩くのだ。


「アハハッ! ばっかじゃねーの。じゃあな朱音(あかね)、明日五百円持って来るの忘れるなよ?」


 紫髪のマークが言った。こいつは長身細目の二枚目。悔しいが何をやってもさまになる。俺より頭二つ高い長身だ。体に恵まれているともいう。ちなみに顔も。

 うん、人にこんな事をする存在なのになぜか人気があり──二枚目の顔のせいだ、きっと──女子の間でも人気だという。

 事実、彼が貰うバレンタインチョコの数を見よ! 二桁貰うと言う説もある。俺? 俺はもちろん零個、そんな経験は家族からしかありません。

 まあ、そんな事よりも。俺の心は悔しさでいっぱいだ。

 俺は奥歯を砕かんばかりに噛みしめる。

 血もにじめとばかりに噛みしめる。

 バカどもがなにか言っている。

 そうせ大したことを言っているわけではないと思うが、不本意なことに俺にもそんな話し声が聞こえてしまうのだ。

 ああうるさい。

 取り巻きの金魚のフンが言う。


「なんだよマー君、たった五百円しか取らないのかよ」


 はあ? 誰が払うかお前たちにお金などッ!

 と、俺は思うものの。


「そうだよ、五百円なんてなにも買えねーくない?」


 取り巻きはまだブーブー言っている。

 でも、マー君ことマークが取り巻き連中を見渡して、ゆっくりと説明調で言うわけだ。


「わかってないなケイスケ。ギリギリ持って来られる額の方が良いんだよ。だって、チクられてでも見ろ、その時三十万取った、と言うより五百円でハンバーガーにコーラとポテト代を出してもらって、弁当持って来るのを忘れた可哀そうな俺が親切な朱音に助けてもらった、という美談になるだろうが。──さすが朱音、優しい、偉い! ってな」


 一瞬の沈黙。


 そして、一人がマークを称賛し始める。その眼の色にもはや忠誠どころか崇拝の色。

 ケイスケら、他の取り巻きは「さすがマー君、頭良いな」などとマークを見つめ、ただ無言で眺めているのだ。なんだか凄いものを見つけたように。奴ら、完全にこのマークのカリスマに当てられているのだろう。


「だからよ、動画撮ってネットに流すのも後先考えずに流すだろ? そいつらみんな頭悪いってことさ」


 これは俺の仇敵、マークが口の端を緩めながら吐いた言葉である。

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