37.「我それに報いん」

 あなたはコートの裾をはためかせ、ラッパ銃を引き抜いた。面食らって立ち上がる男達に銃口を向け、彼らが懐から何かを取り出す前に引き金を引いた。


 反動制御など全く考えられていない構造から生み出される強烈な反動があなたの腕を蹴り上げ、銃口から白煙がもうもうと吐き出される。


 フリントの作動から僅かな間を置いて発射された散弾は、ドメニコの傍にいた二人の男を纏めてなぎ倒した。だが、まだ一人残っている。あなたはブラスターガンを抜こうとしたが、それより早くカレンの投擲した短剣が男を絶命させた。


「……どうして」


 色々と話したいことはあったが、生憎と状況が許してくれそうになかった。緑のドレスで着飾ったカレンの手を取り、あなたはフロアへと踵を返す。


 今やフロアは混乱の渦中にあった。突如として繰り広げられた惨劇に腰を抜かした温室育ちの上流階級が我先にとエントランスに殺到、色とりどりの衣装を纏った人々でごった返し、まるでカラフルな波が押し寄せているようだった。


 ここからの脱出は困難が予想されるが、早く何処かへ姿を隠さなければならなかった。十数秒前にあなた達は大規模なシンジゲートを敵に回したのだ。敵の正確な戦力が判明しない以上、一旦姿を隠して機を窺うしかない。


 喚き散らす厄介な連中を押しのけ踏みつけようやく中程まで進んだ頃、後方から大音量の爆発音が響き、あなたの左隣にいた男の頭部から霧吹きで吹いたような血しぶきが舞う。


「後ろ、敵です!」


 振り返ると二階のフロアには男達が集結し、それぞれの手に握った短銃をあなた達へ向けていた。シロアッフが所持していた物と同型に見えるが、それで偉大なる男達の財政力の高さが伺えた。


 あの手の銃は一発撃てば装填にそれなりの時間がかかる。それを知っていたあなたはカレンの頭を抑え、姿勢を低くした。直後弾丸が殺到、周囲の人々を次々に撃ち抜いてゆく。


 あなたはブラスターガンのセレクターをショックへと弾き、大雑把な照準で引き金を引く。ショックモードは通常と比較して威力は落ちるものの、人間を無力化するに十分な威力を誇っている。


 エコーロケーションにも似た銃声を響かせたショックウェーブは空気を押しのけて進み、二階の手すりに命中して爆発、青く透明な波紋となって宙に消えた。衝撃と巻き込んだ破片が男達を吹き飛ばし、無力化する。恐らくは気絶しているのが大半だろうが、行動を封じさえできればそれで十分だった。


 カレンの得物は短剣だけ。あなたが先導して守る必要があった。エントランスの人混みは大分解消されている。その隙を狙って、あなたはカレンの手を引き出口へ。


 しかし、エントランスの閉まりかかっていた扉が強引に蹴破られ、黒い服装で統一した男達が姿を現した。その手にはやはり短銃が握られていて、突然の遭遇に対する奇妙な沈黙が一瞬起こり、銃口があなた達に向けられる。


 考えるより早く受付に飛び込み、仰向けの姿勢のまま重い机を蹴倒した。


 男達の短銃はフリントロック式で、用いる弾丸は鉛を丸く形成しただけの原始的なものだ。しかし、それでも火薬の力を使って固い金属を発射する以上、射程距離内であればそれなりの威力を発揮する。


 机が完全に横倒しになる前に射撃は行われ、偶然にも傾いた机の天板は傾斜装甲に似た働きを見せ殆どの弾丸を受け止めたものの、何発かは貫通してカレンの髪を切り裂いた。立ち込める砲煙の中、舞う黒髪に外から差し込んだ街灯の光が反射してキラキラと輝いていた。


 もう机はズタボロだ。次の射撃には耐えられない。あなたは裏口から出ることを考えたが、もう既に包囲されているはずだと考えて思い直した。この建物の管理者は連中だ。当然鍵の一つや二つはあるだろうし、そう遠くない内に裏口からも敵が現れるだろう。活路は二階しかない。


 仰向けのまま、あなたは机から銃だけを覗かせて発砲した。

 打ち倒された男達を尻目に二階への階段を駆け上る。


 その間にも銃撃は止まらない。エントランスで倒れている男達を踏み越えてきた第二陣の仕業だった。幸いにもフリントロック式の命中精度の悪さと、実戦でのストレスがあなた達に味方して被弾は無かったが、ここにいては長く持たないことがはっきりと分かった。


 あなたは二階の手摺の隙間から一階との銃撃戦を繰り広げる。ショックウェーブと鉛球が飛び交い、飛散し、周囲の豪華絢爛な装飾品を塵へと変える。


 室内で砲煙は逃げ場がなく、どんどん上の方へと溜まってゆく。そこにマズルフラッシュがストロボのように激しく点滅し、眼と呼吸器をチクチクと刺激した。閃光、白煙、コンマ数秒後に放たれる弾丸――誰かの発砲した弾丸があなたの耳を掠め、『ヴーン』と虫の羽音のような奇妙な音を残して消える。


 誰かが階下で叫んでいる。一人ではなく、何人も。恐らくカレンも何事かを叫んだ。パラノイアと恐怖が全てを支配しつつあったのだ。


 あなたはポケットから錆びた空き缶を取り出した。ワームの時にも使ったお手製爆弾の小型版で、違いは火薬量と缶が『グリンピース』になった程度だ。


 ひょろりと飛び出た導火線にライターで火を付け、最早手摺とも呼べない構造物の隙間から階下に転がす。数秒後、爆音と爆風、鉄の嵐が吹き荒れて、何者かの指先が舞い上がってあなたの帽子に落下した。


 あなたはここに来る前の光景を想起する。建物の裏手、住宅街の屋根に面した場所があったはずだ。カレンを連れて走る。詳細な見取り図など知っているはずもなく、勘に頼って部屋から部屋へ、扉を潜る。突き当りの部屋に出たが、窓は一つもない。棚に備品が放置されているだけだ。


 だが、位置としては間違っていないはずなのだ。壁に向け、発砲。壁が崩落し、破片が夜の奈落に落ちていった。


 目線を下げると、屋根が少し下に見えた。助走を付ければ飛び移れるだろうが、屋根材は陶器のとうにつるりとして引っ掛かりがなく危険だ。


 男達の怒号が近づいてくる。考えている暇は無かった。


「行きましょう!」


 カレンは背の高いハイヒールを脱ぎ、裸足になった。それはそれで危険ではあるが、ハイヒールでパルクールはできないのだ。


 少し下がって、助走を付けて思い切り飛び出した。僅かな浮遊感の後、衝撃。どうにか屋根に飛び移った。


「奴ら、飛び移ったぞ!」

「魔術師を呼べ!」

「あの男に注意しろ!」


 あなた達は屋根の上を走る。どこに向かっているかは分からない。ここ以外ならどこでも良かった。


 まだ敵は見失ってくれていない。再三に渡って発砲が行われるが、屋根上のあなたには角度的に殆ど届かない。だがそれはあなたも同様だった。結果、双方ともに決め手に欠けたまま逃走と追跡が繰り広げられる。


 不意にあなたは馬の蹄が石畳を叩く軽快でリズミカルな音を聞いた。顔を覗かせて見れば、乗馬した憲兵が三人、抜き身の長剣を右手に携え名誉ある男達の集団に突撃していく。


 銃弾が一発放たれて憲兵の胸甲に命中したものの、ただ甲高い金属音を上げただけだった。そのまま一切の勢い削がれることなく、速度を斬撃に乗せて一撃で敵の首を跳ね飛ばした。ここまで派手に騒ぎを起こすと、その場での処刑が認められるらしい。


 視界の端、右手側の空がぱっと明るくなった。打ち上げ花火のような光球が、一つ空に浮かんでいた――ゆっくりと近づいてくる。逃げようとした時には遅かった。


 光球が屋根に着弾、盛大な爆発が予期されたがそうではなく、鮮やかな燈色の燐光は屋根材の下に浸透した。正方形の屋根材の下を次々に潜り込み、四辺を漏れ出した光でネオン管を張り付けたかのように彩る。それから突き上げるように静かな爆発。屋根材が接点を失って浮き上がり、雪崩を打って滑り落ちた。あなた達を巻き込んで。


◇ ◇ ◇


 落下時間は短く、瞬く間にあなたは地面に叩きつけられた。あなたは大丈夫だ。身に纏った筋肉が衝撃を緩和したし、服装も普段の戦闘用だ。しかしカレンは細身で、ドレスは衝撃に対して全く頼りないものだった。


 カレンは頭部から血を流し、動かない。脈と呼吸はあるが意識がなく、可及的速やかに医者に見せなければならないように思える。


 騒乱が近づいてくる。間違いなく奴らだろう。あなたはカレンを抱えて逃げたかったが、頭部を激しく打った以上手荒には扱えず、もっと言えば移動すら憚られる。あなただけ逃げるのは論外だ。


 あなたは腹を決め、ここで迎え撃つことにした。落下中も手放さなかったブラスターガンを通り目がけて構え、気を引き締める。


 男達が現れた。燈色の燐光を手に渦巻く女もいる。魔術師相手では分が悪いが、やるしかない。


 距離が縮まる――違和感を覚えた。


 連中は皆短銃を手にしながらも、誰一人として銃口をあなたに向けていない。間違いなく見えているはずなのに。


「ここで撃ち落としたでしょ!?」

「逃げたんじゃないすか?」

「あっちだ、行け!」


 口々に叫びつつも、誰一人あなた達に目もくれることなく走り去っていった。モーセが海を割るように、綺麗にあなた達を避けて。


「人払いに秘匿を上手く組み合わせれば、魔術師すら騙すことができる」


 背後から声。聞き覚えがある。


「この魔術が如何に複雑か、君にはその技巧が分からんだろうな」


 振り返ると、その男はいた。


「俺を知っているな。少なくとも、俺は君を知っている」


 シロアッフだ。いつもの黒いロングコートに身を包み、獰猛な双眸が闇の中で笑っている。


「君には時間がなさそうだから、手短に。君の出方次第では、この窮地を救ってやってもいい」


 あなたは用心してブラスターガンを向け、睨んだ。


「強い君は生き残るだろう。しかしカレンはどうかな? 俺の見立てでは重症だ」


 一体なぜカレンを知っているのか。色々と言いたいことはあったが、この状況で唯一の希望がシロアッフだというのも事実らしかった。


 あなたは一通りの応急処置をこなせるが、カレンの状態は応急処置の範囲を超えているような気がした。頭は繊細な部位だ。適当に縫い合わせてはい、終了とはいかない。


「信頼できる医師を知っている。命と予後は保証しよう。しかし、助ける見返りに人生の僅かな期間、我々に力を貸して欲しい」


 我々。俺ではなく。つまり、シロアッフの背後には何者かが潜んでいる。


「条件を飲むなら、手を取れ。拒絶するなら、俺は消えるよ」


 選択肢はあまり多くなさそうだった。あなたは差し出された手を取った。

 シロアッフは薄らと笑みを浮かべ、「ご注目」とだけ言って指を鳴らす。

 暗転。あなたの意識は消えた。

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