31.負密直列で日蝕

 

 今日は重大な懸念のある天文現象を控えているので、流石にエドもお父様も王城に詰めている。

 空は、昨日の荒れ模様と打って変わって雲の少ない晴れ模様。

 にも係わらず、湿り気を含んだ生ぬるい風だけは変わらずに吹きつけていた。


 日の出後は、少し先にある双月と珠月を追い掛けるように太陽が昇っていく。


 双月と珠月は、太陽から逃げるように西へ。

 その間にも珠月が少しずつ双月の背後で間に入っていこうというところ。



「……暇ね」


 お父様もお兄様も登城しているし、お母様はこんな時でも定例のお茶会に参加しに行っているし……

 ブッチとの午前のお散歩も、ブッチが飽きるまでしてしまったし……

 小屋に行っても、キアオラ翁は本の手入れに夢中だし……


 ということで、お父様の書斎から『カークランド家から見るプレアデン王国史』を拝借して、屋敷の二階の自室で読んでいます。

 キアオラ翁のデュルケーム家の件で、お父様は新しい方から数冊持ち出してきたけれど、一冊あたり約五十年分の歴史が記されているの。

 と言っても、歴代当主が直筆、若しくは口述筆記で記しているので、主観も多分に含まれている。生真面目な当主は、出来事を几帳面に詳細に記しているのに対し、いいかげんな(ごめんなさい御先祖様)当主は、起こった事を箇条書きにしただけとかもある。目次を作成していない物もある。


 最初の数冊――つまり王国建国の少し前から建国後百数十年分は、言い伝えをもとに物語調で記され、五代目辺りから当主が逐次記帳する形になったみたい。

 だから、カークランド家から『見た』ではなく、『見る』王国史と言うらしい。


 一冊目から読もうかとも思ったけれど、わたしも自分の目でデュルケーム家の“事件”の記述を見てみようとページをめくって探して、ようやく見つけた。

 見つけるだけでも時間が掛かって、目を休める為に窓の外に目を向ける。


 生ぬるい強風が揺らしている窓の外では、月の負密ふみつ直列がもうすぐ完成しそうになっていて、それを太陽が飲み込み始めんとしていた。


「アン? もうすぐ始まりそうね」

「そうですね……なんだか怖いです。お嬢様」


 アンは窓辺で不安げに、両手を交差させて自分の両肩口を擦りながら空を見上げている。


「大丈夫。国王陛下やエド、お父様達も備えを万全にして対応に当たるのだもの、心配無いわよ」

「で、ですよね?」

「うん。わたしはもう少しコレを読むから、いよいよ日蝕ってなったら教えてね? あ、太陽を直接見ては駄目よ。目を傷めてしまうから」

「はい」


 この時――先々代――の当主様は、几帳面な方だったみたい。出来事のあった日付まで記載されていた。


 『デュルケーム子爵の一家心中を発見』とか、後日に追記として『後に赤子ひとりの生存が確認された』とも記されていた。


 だけど、わたしの興味を惹いたのは、その前のページ。その前日にあった出来事……


『日没後、王国内にて負の密直列を観測』


 そして追記の――


『珠月の赤色発光の目撃証言あり』

『一部地域にて、原因不明の樹木の立ち枯れ、河川の黒濁、動物の魔物化が確認さる』


 赤色発光? それに自然の変異に、動物の亜――今で言う“準”――魔物化? 魔物並みの凶暴化……

 日蝕関係無しにそれだけの異変や被害があったなんて……

 ――もしかして!? デュルケーム家の出来事も、月の負密直列が関係しているんじゃ?


「お嬢様! 太陽が月に追いついて暗くなってきました。もう間も無くです!」


 わたしの思考を遮るように、アンから声が掛かった。

 確かに少し明るさが落ちてきている。


 太陽と月の大きさから言って、月が太陽を完全に覆う事は無いけれど、視覚的に月の直列の上辺と下辺が太陽の上辺と下辺にぴったりと重なってきている……


「そうね……もうすぐね」


 わたしもアンの側に行って窓の外を眺める。

 刺繍を施す前のハンカチーフをかざして、太陽を直視しないように気をつけながら見守る。



 月が太陽よりも手前なので真っ黒に見えるのに反比例して、太陽は余計眩しく白く光を増していた。

 強烈な光で輪郭のぼやけている太陽に、縦に密直列している真っ黒な月が入り込んでいることで、太陽は僅かに横に広がって生き物の目のような楕円に見えてくる。

 この間にも、地上の明るさが落ちていく。


 そして――


 月の直列が完全に太陽の真ん中に収まる。日蝕の最高潮。

 ――フッ!

 辺りがより一層暗くなったと思ったら――


 真ん中の珠月が深紅に光った?!

 一瞬見間違い、気のせいだと思ったけれど、確かに深紅の色が見える! 普段のほんのり赤い程度ではなくて深紅!


 その深紅が漆黒の双月に挟まれることで、まるで縦の瞳孔の目に見下ろされているみたいで、キアオラ翁の儀式の時の文様よりも格段に禍々しく感じられた。

 わたしは蝕の最大を迎えたその“禍々しき瞳”から、ドス黒い圧が発散された様に感じて、ゾクゾクと身の毛がよだつ感覚に襲われる……


「お、お嬢様……私、怖いです」


 わたしより長身のアンが、わたしの腕にすがるように手を添えてくる。


「アン……。大丈夫よ」


 わたしも恐怖にされているけれど、アンの手にわたしの手を重ねてお互いに心を落ち着ける。



 その後は、ゆっくりと太陽が月を追い越していく形で三分ほどで蝕が終わりを迎え、周囲も明るさを取り戻してきた。

 静かに外の様子を眺めつつ王城の方向を見ても、変わった様子は無いわね。

 このまま何ごともなければいいな……


「アン、どう? 落ち着いた?」

「……はい、ようやく。お嬢様をお支えすべき立場の私がお嬢様を頼ってしまい、申し訳ございません」

「いいのよ。わたしも、もし一人でこの光景を見ていたら耐えられなかったわ。アンがいてくれて良かった……」

「お嬢様……」


 安心するのも束の間、わたしの部屋の窓からは見えない――屋敷の裏手らしき方角から、バリバリバリと始めて聞く物凄い音がしてきた。


「な、なに? この音!」

「お嬢様、裏からみたいです。私、ちょっと見て――」


 アンが部屋を出に動いたその時――

 バガーーン! 

 ひときわ大きな破壊音を最後に、静かになった……

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