19.翁の過去と……
キアオラ翁が肌身離さずに持っている本は、本人すら何の本か分からないし、鍵が付いていないにも関わらず開く事ができないらしい。
控えていたエドを呼んで、彼にも確認してもらった。確かに鍵穴が無い。
あんなに大事そうに抱えていて、側から手放そうとしないのに? 中身が分からないの?
どういう事? わけが分からない! ……とにかく、これも報告しなくちゃ。
エドと一旦屋敷に入ると、お忍びの陛下がいらしていました。
「以前報告を受けたデュルケームという家名、わかったぞ」
わたし達も報告したいことはあるけれど、家名の件も重要な手掛かりになりそうだから、先に陛下のお話を聞く。
「王室書庫に保管していた、過去の貴族家に関する記録を調べたところ……該当の記述を見つけた」
すると、お父様が「貴族家だったのであれば……」と、何かを思い出したように書斎から数冊の本を持ってきた。
それは公爵家が長年独自に編纂している『カークランド家から見るプレアデン王国史』。
「デュルケーム……ありました! 六十年以上前の、王国最後の没落貴族ですね」
六十年以上前の没落貴族!
国王陛下もお父様――カークランド公爵も、お歳は四十代の前半。家名を聞いただけでは分かるはずないわね。
王室の記録にもお父様の本にも、六十数年前――先々代国王の御代――にデュルケーム子爵家が没落・消滅したと記録されているそうです。
「なぜ没落なんかしたのですか?」
「うむ」
陛下が、事の仔細を記してきた紙を読み上げる。
当時の子爵が、
「その時の現場は、床に奇妙な紋様が描かれていて、その紋様の内側に、一様に“身体の一部が無い”子爵一家の遺体が残されていたそうだ」
一家の内、子爵本人と長男・次男の男性三人は、四肢の無い状態。
子爵夫人と娘の女性二人は、頭の無い状態だったそう。
それほどに凄惨な現場であるのに、血液は一滴も残されていなかった。
「それなのに『命を断った』と記録されているのですか? 事件ではなくて? わたしの本にも『一家心中』と書かれておりますが……」
お父様が陛下にお聞きになる。
たしかに、聞くにも恐ろしい猟奇的な事件に思えます。
「二代前の記録ゆえ、詳細には分からぬが――」
あまりに凄惨かつ奇妙な現場であったため、王家による検分も行われたそう。
子爵らは屋敷の母屋ではなく、魔術研究の為の小屋で死んでいて、死亡当時はおそらく密室だったとのこと。
小屋には窓が無く、出入り口は小さな
覗き窓は目隠しされ、扉も施錠され、さらに内側から
“おそらく”というのは、屋根には破片の状況から見て、内側から破られたであろう大穴が開いていたからだという。
そして、子爵には一歳にも満たないキアオラという名の三男がいることが分かっていたので、その捜索も行われた。
赤ん坊のキアオラは、子爵家の裏に広がる森の中で、血塗れの状態で発見・保護された。
その血は本人のものではなく、赤ん坊は“大きな本”の下敷きになってはいたが、無傷だったそう。
獣も棲む森で血の匂いにまみれながらも、無傷で見つかった事は奇跡に等しかったそうです。
それにしても……“本”。キアオラ翁が、いま持っている本と関係があるのかしら?
それに、どう育ったのかしら?
「その子――キアオラは、その後どうなったのでしょう?」
「親類たちが誰も関わりたがらなかった中、子爵夫人の遠縁にあたる貴族家のひとつだけが、キアオラを引き取り、デュルケーム家の借金の清算をも引き受けたという。それが――」
わたしもお父様もエド達も、その場にいた全員が息を呑んで、陛下の言葉を待つ。
「バクスター侯爵家だ」
――っ!?
「バクスターですと?」
「宰相が?」
「いや、現宰相のキャナガン・バクスターとて五十代だ。生まれてすらいない。年代的には先代か先々代の侯爵であろう」
王制――というか統治機構の中で、今の代では王に次ぐほど高位の宰相にまで昇った家の名が挙がり、エドやお父様も驚きを隠せないでいる。
「確かにバクスター家は、今も王国有数の商会を有していますが、かつては領内の鉱山開発で莫大な財を成していましたから、没落貴族家ひとつの借金など軽く引き受けられましょうが……いくら遠縁とはいえ、そこまでするでしょうか?」
「うむ。その辺りも含めて、調査をせねばな」
陛下がバクスター家について調べることにしたところで、わたし達にも何か進展があったかとお尋ねになった。
エドに促されてわたしが、キアオラ翁が肌身離さずに持ち歩いている本について報告した。
「先程お伺いした、陛下のお話の中にも“本”の事がございました。『乳児のキアオラが本に守られて無傷であった』と。何か関連があるのではないでしょうか?」
陛下も同意下さり、陛下はバクスター侯爵家の線を、エドとわたしはキアオラ翁と“本”の線を調べることになりました。
少しずつ解決に近づいているという感触に、エドとわたしは目を合わせて強く頷き合うのでした。
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