入学初日


 ヴァルデック王国王立学園。それはヴァルデック王国の王都にある最大の教育機関である。15歳から18歳までの国内の貴族と一部の優秀な平民が通う学園で、現代で言うところの高等学校のようなものである。学べる内容は多岐に渡り、国内各地から集められた多種多様の教師陣も在籍している。

 

 この学園、面白いことに『実力主義』で『立場の差は無いものとする』という校則しかない。これはヴァルデック王国の国柄に影響を受けているのだがそれにしても面白い。

 そんな学園の中でも最も『実力主義』のきらいが大きい学科に私は合格した。


 『軍人科』。その学科は文字通り王国軍への入隊を目的としたもので、貴族子女たちに人気の『魔法科』等とは違い、一般的には平民向けの学科だ。理由は単純、『キツい』からだ。

 のほほんと温室で育ってきた貴族子女たちにとっては軍人科の教練は地獄に見えるらしい。

 まぁ、私としては軍人科に入るのが夢への最短ルートなので四の五の言ってはいられないのだが。


 さて、そんな入学初日。日本のものとそう変わらなかった入学式を終えた軍人科1年の面々は真新しい軍服を身に纏って屋外訓練場に集められた。そして視線の先には見覚えのある軍人が1人。


「諸君、入学おめでとう。私は君たち1年を担当するガウェイン・シーザーだ、3年間よろしく」

 

 その名乗りに周囲がざわつく。それも仕方がないだろう。

 ガウェイン・シーザー、ヴァルデック王国民でなくとも知っている、その名を古今東西に知らしめる勇将だ。

 最近は王国軍元帥という地位を手放して相談役となったはずだが、まさかそのような人が学園の教師になるとは思いもしなかった。


「さて、諸君をここに呼んだのは他でもない、今の実力を計っておきたいからだ。生憎、入学試験は見られなかったのでな」


 その言葉に再度ざわつく。あのガウェイン・シーザーと手合わせできる、夢にまで見たような申し出に一部の生徒は歓喜に震えてもいる。

 そんな中で私は、内心では顰めっ面をしたいのを抑えていた。ガウェイン卿と手合わせしたことは何度かある。軍人でもある父の計らいで「武の道を志す娘との手合わせを」と。

 手合わせをするたびにその壁の大きさに打ちひしがれた。負けては鍛え、また負けては鍛えた。前世を含めてそれなりには強さを得たと思っていたが、シーザー卿は手合わせのたびに容赦なくボコボコにしてきた。

 そんな記憶があるので、できることなら他の生徒にやめておいた方がいいと言おうかとも思ったが、シーザー卿を前に一生徒の私がそんなことを言えるはずもなく。


「では、早速やろうか。剣を持ってきていない生徒は用意してある、選ぶといい。ああ、それと全員でかかってきなさい。」


 そう言ってシーザー卿は掛けてあった木剣を手に取る。

 普通の人間なら自身過剰ともいえるその言葉に生徒達はまたしてもざわつくが、私は「意地悪だな」とシーザー卿の言葉を反芻していた。


 そして、私もやろうかと腰に下げたに手をかけようとしたところでシーザー卿が視線だけをこちらに向けた。


「ああ、ミレイ嬢は最後にしてくれ」

「…わかりましたシーザー卿」

「卿はやめてくれ、ここでは先生と呼んでほしい」

「はい先生」


 内心で舌打ちをして他の生徒達から3歩下がった。

 私だけ特別扱いされたことに対して訝しむ視線を向けてきた者もいたが、ほとんどの生徒はシーザー先生との手合わせが余程楽しみなのか抜き身の剣を手にして先生に熱い視線を向けている。


「ふむ、皆いい心意気だ。では褒美を設けるとしようか。そうだな…私にどんな手を使ってもいいから少しでも傷をつけることができれば全員の晩飯を奢ってやろう」

 

 その言葉に全員が沸き立つ。周りの生徒と連携を計ろうとする者もいる。

 だが、「まぁ、無理だろうがな」と先生が小声で呟いたのを聞き逃さなかった。まぁ、そうでしょうね、うん。


「では始…」


 始め、と言い切る前に2人の影が飛び出した。奇襲にしてはいい手だとは思うが…


「奇襲をするときは殺気を消せ、意味が無い」


「ガ…」


 そうアドバイスを残して2人の顎をほぼ同時に木剣の腹で叩いて気絶させた。まさしく神業。

 唐突に起こった出来事に対して惚けている生徒もいるが、気を持ち直して先生に吶喊していく。その生徒達に一言ずつアドバイス-いや苦言か?-を残しながら1人残らず一手で気絶させていった。


 そして、ものの5分とかからず私以外の19人の生徒が地面とキスする惨状ができあがった。

 相変わらずというかなんというか…と視線を先生に向けたところで先生が口を開いた。


「ミレイ嬢、どう思った?」


 先生にしては珍しく主語を明らかにしない問い。私は数秒手を顎に当てて思案して自分の考えを声に出す。


「1人…いや最後まで残っていた2人はいいと思いましたよ」


「ふむ…少々評価が甘いと思うがそうだな。今年は例年に比べて質がかなりいいようだ、鍛えがいがある者達が入ってきてくれて嬉しいよ」


「そうですか。それにしても先生も意地が悪い…」


「何を言う。最初に伸びた鼻っ面を叩き折って現実を見せておかねばならんだろうが」


 ここまで徹底的にプライドを折られた、転がっている生徒達には同情の念を抱くが、先生の考えも分からなくもない。

 王国最高の教育機関である学園の軍人科に入れたというだけで、同年代の中ではかなりの実力を持っているのは確かだ。そういった者は自覚の有る無しに関わらず鼻が伸びているものだ。

 だが、客観的に見れば15歳の少年少女などいくら実力に自信があろうが軍人の世界から見れば最底辺だろう。


「その点ミレイ嬢はいい。」

「…近くに目指すべき壁がいましたからね」

「はっはっは!それもそうだな!」


 先生は豪胆に笑うが、私からすれば冗談でもなんでもない。化物・・が身近にいるというのは幸運である。自分の実力を計る指標になってくれるのはありがたいというものだ。


「ではミレイ嬢、そろそろ始めようか」


「そうですね」


 地面と熱いキスを交わしていた生徒達がその大地という名の大きな唇から離れ起き上がってきたのを見て、先生は木剣を構える。


「いつも通り、先手は譲ってやろう」


「ありがたくいただきます」


 目を覚ました生徒が固唾を吞んで見守る中、私とシーザー先生の何度目か分からない死合いが始まる。

 

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