スクナビコナとろくろ首⑤―スクナビコナ、いったん部屋に戻る!…さて、“妖怪”たちにどう立ち向かうべきか?―

「…おい、みんな!聞こえているか!」


 スクナビコナは力を込めて、家の入り口の大きな戸を少しだけ開けて、外で待っているはずのネズミたちに呼びかける。

 今は泊まるはずの部屋に向かうふりをして、途中にある入り口の戸を開けて、チュルヒコたちと話をしようとしている。


『スクナ!』

『大丈夫?』

『ご無事でしたか!』


 スクナビコナの呼びかけにチュルヒコ以下、ネズミたちが暗闇の中からスクナビコナの元に駆け寄ってくる。


「ああ、今のところ何もかもうまくいってるよ」

『そうか、それはよかった』


 スクナビコナの言葉を聞いて、チュルヒコはほっと胸を撫で下ろす。


「とりあえずみんなは今後もここで待っててくれ。あいつらがここから外に出てくる可能性も十分にあるからね」

『うん、わかったよ』

「僕は前回泊まった部屋で眠ったふりをして待機してるよ。でもしばらく時間がたったらまたここに来るからね。じゃあ、あんまりここにいるとあいつらに見つかるかもしれないからそろそろ行くよ」

『うん。ここは僕たちに任せてよ!』

「ああ、またしばらくしたら落ち合おう」


 そう最後に言うと、スクナビコナは戸を閉め、自分が泊まることになっている部屋へと入っていくのだった。



 スクナビコナは部屋の中に入ると、すぐに囲炉裏の灰の中に身を隠す。


 おそらくもうしばらくすると、〝あいつら〟が自分がここにいるかどうかを確認するために部屋の中に入ってくる。


 スクナビコナはそう信じている。


 そしてスクナビコナは灰の中に埋もれながら、ぼんやりと考え事をする。。


 スクナビコナが出発してから今に至るまで、全身にヨモギとショウブの葉を身につけるというキテレツ極まりない格好をしているのは、ひとえに〝妖怪〟から自分の身を守るためである。

 ヨモギとショウブの葉には妖怪たちから身を守る力が備わっているのである。

 そのためか、この家の者たちはスクナビコナに対して怪しい行動をとってくることは今に至るまで一切ない。

 数の上では五対一という圧倒的に有利な状況にあるにも関わらずである。

 それにしてもこの家の者たちはおそらく相当にあくどい妖怪なのだろうとは思っていたが、さっき話をしてみてその思いをより強くした。

 こんな山奥の辺境の地に五人だけで住み、人間を馬に変える団子を作って、馬に変えた人間を奴隷のように働かせる。

 それだけでもすでにこの世のまともな人間ではないのではないか、と思わせるのに十分である。

 そのうえに先ほど馬小屋に入りたいというスクナビコナを何が何でも入らせまいと必死になるところを見ると、なんとしても〝秘密〟を守りたいと思っているらしい。

 しかしスクナビコナとしては無論、この状態をこのまま見過ごすつもりはない。

 さっきは、一応今晩は馬小屋を見るのはあきらめるということで〝妥協〟をしたが、もちろん今夜このままおとなしく眠りこけるつもりなどは毛頭ないのである。


 はっきり言って、スクナビコナとしては今夜中に〝あらゆる決着〟をつけるつもりでいる。

 何しろ先ほどの話でも、あの者たちが自らの過ちを認めて反省するつもりなど皆無であることははっきりしている。

 そんな者たちをこれから〝退治〟することに何をためらう必要があるだろうか?

 ここまできたら馬に変えられてしまった子供たちを救うためにも、今後も二度と同じような被害者を出さないためにも、徹底的に叩くべきだろう。


 幸いなことに、今のところあの者たちを倒すために、クエビコ様とチュルヒコたちとともに綿密に練った計画は全て予定通りに進んでいる。

 もうあいつらにとどめを刺すときが来るのもそう遠くはない。

 スクナビコナはそう確信している。


 そのときである。


 ガラーッ!


 かなり強い勢いで部屋の戸が開かれる音がスクナビコナの耳に入ってくる。


「…いないわ!」

「やっぱりあいつは馬小屋に向かったのか!」


 戸の音に続いて〝あいつら〟の話し声が聞こえてくる。


「クックックッ、どうせ我々の手であいつはここで〝消える〟んだ。何をしようが同じことさ」

「しかしあいつはあんな格好をしているんだよ!倒すのは決して簡単じゃないよ!」

「そうだ!俺たちはヨモギとショウブの葉が何より苦手なんだ!」

「お前たちは何を恐れてるんだ!こちらは五人、相手はたかが豆粒みたいな小僧だけなんだぞ!」

「クッ!」


 スクナビコナはこの言葉に猛烈な怒りを感じる。スクナビコナにとって〝豆粒〟や〝小さい〟といった言葉は何よりも屈辱的な意味を持っている。


「…クソッ……」


 スクナビコナは怒りに任せて〝あいつら〟の前に飛び出して行きたい衝動をなんとか抑える。


「いいか!あいつらを恐れる必要など一切ない!我々はあの小僧を八つ裂きにするんだ!影も形も残らぬくらいにな!」


 〝あいつら〟のうちの一人が他の者たちを一喝する。その声にはスクナビコナも聞き覚えがある。それはスクナビコナが面会したときの、五人のうちの〝主人〟のものとまったく同じである。


「さあ、急いで馬小屋に向かうぞ!あの小僧の足ならまだそう遠くには行っていないはずだ!」


 〝主人〟がそう言うと、他の者たちが、よしっ、わかったわ、などと返事をする。

 そうしてそれを最後にスクナビコナの耳には何も聞こえなくなるのだった。

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