理想の恋愛と本当の恋

摂津守

理想の恋愛と本当の恋 (前)

 放課後の教室がアタシたちのたまり場だ。アタシたち三人以外は誰もいない。だからどんな会話だってできる。先生が見回りに来ない限りは。


 「結局ね、オトコは顔! それ以外ないっしょ!」


 リコが言った。今日の議題は恋愛についてだ。リコは椅子ではなく机に座り、ギャル風の長い髪をかき上げ、椅子に座るアタシたちを見下ろす。自信満々って感じ。


 たしかにオトコの顔がイイに越したことはない。だけどそれが全てだとは思わな

い。結論を急ぎすぎるのがリコのクセ。


 「う~ん、それってどう? さすがに顔だけはヤバくない?」


 異を唱えたのはカリン。全てを疑ってかかるのがカリンの性分。ギャル風のふわふわ髪を指先でイジくりながら、机に広げられたお菓子を片方の手でつまんでいる。ウチの学校じゃ教室でお菓子を食べるのは禁止なんだけど、バレなきゃヘーキ。みんなやってるし。


 「顔だけよくてもさぁ、他がアレだとイヤじゃん。デブもハゲもヤだし。チビもヤっしょ? チビデブハゲはノーサンキューじゃん!」


 ヒドい言い方だ。アタシは思わず笑ってしまった。カリンの言い方はトゲがあるけどユーモアもある。カリンはいつもみんなを笑わせてくれるムードメーカー。そんなところアタシは大好き。


 「細かっ! 顔がイイってことは他もイイってことでしょ! だって考えてみ? イケメンなのにチビデブハゲってむしろコワい! オカシイ! そんなヤツいたらめっちゃコワい! ヤバい!」


 「たしかに! 顔がユーリなのに身体がモチ兵だったらヤバい! 犯罪的キモさだわ! ギャハハ!」


 リコとカリンがバカみたいに笑う。ユーリはイケメンアイドルの名前。モチ兵はデブなお笑い芸人。ユーリとモチ兵の合体を想像してアタシも笑う。アタシたちは大口開けて笑う。好きなオトコの前じゃ絶対できないけど、ここはアタシたちだけ。アタシたちは親友だから、バカ笑いも見せあえる。


 「アハハハハ……。ふぅ、でもさ、でもさ……」


 ひとしきり笑ったあと、ようやく落ち着いてきたカリンが、


 「やっぱ見た目だけじゃ足りなくね? 見た目ユーリでもさ、中身バカだと困るじゃん。せっかくのイケメンなのに、割り算までしかできなかったらどうするよ?」


 「え~、そんなヤツいるぅ? イケメンだったらある程度賢いもんでしょうが」


 「何言ってんの。そんなわけないじゃん。バカでアホなイケメンなんて腐るほどいるって。A組の加藤って知ってる?」


 「有名じゃん! バスケ部の加藤ショーマ! アタシらの代じゃ一番のイケメンっしょ! 身長も高いし、ムダ毛もないし、優良物件じゃん! え? なに? ひょっとしてバカなの? マジで?」


 「バスケ部のマネージャーに知り合いがいてさ、シュカって言うんだけど、シュカから聞いた話じゃね、加藤、この前の中間、三教科も赤点だったんだって! それで顧問ブチギレて一週間部活禁止だって! で、シュカとかマネージャー総出で加藤につきっきりで勉強教えるはめになったんだって! そんときもさぁ――」


 しばらく加藤のおバカエピソードが続いた。ただの悪口もあったけど、カリンが話すとやっぱり面白い。アタシたちはみんなで笑いまくった。お腹が痛くなるくらい笑ってしまった。


 「イケメンでもバカだとキツイね~。じゃ、イケメンだけどバカと、ブサメンだけどカシコ、どっちがイイ?」


 リコの質問。


 「「ブサメンだけどカシコ」」


 アタシとカリンは即答。


 「えっ、マジ?」


 「「マジマジ」」


 リコは元からおっきな目をもっと大きくして、アタシたち二人の顔を行ったり来たり。


 「つかアンタの方がマジ? リコ、加藤と付き合える? さっきも言ったけどマジバカだよ? 加藤が彼女できてもすぐ別れるのって、バカだからって噂もあるんだから」


 「バカ過ぎるのはヤだけどさ、でも、顔だけなら全然ヨユー。食べちゃいたい」


 舌を出してペロペロするリコ。笑わせにきてる。


 「何いってんのアンタは。あ、でもアッチのほうがムリか。加藤って巨乳としか付き合わないらしいよ」


 「はぁ!? 何そいつ! やっぱバカってキモいわ! バカはこっちからゴメンだっつーの!」


 リコは、良い言い方をするととってもスレンダーな方だ。悪い言い方をすると、正直マジ貧乳。リコのコンプレックスだけど、リコは別に本気で怒ってるわけじゃない。冗談で怒ってるふりしてるだけ。だからアタシたちは笑った。


 「でもさ、アタシやっぱりバカでもイケメンがいーわ。そこでブサメン好きなおふた方に聞きたいんだけど」


 「別にブサメンが好きってわけじゃねーよ」


 「そ、バカかカシコかってだけの話で」


 アタシたちは即座に訂正した。アタシたちはバカがイヤなだけで、ブサイク好きじゃない。


 「じゃあさ、加藤と『世界のブタ』とだったら、どっちよ?」


 リコが真顔で聞いてきた。『世界のブタ』というのは世界史の木林先生のことだ。由来は単純、世界史の先生で太ってて毛がなくてブタみたいだから。ほぼブタの擬人化みたいな人だ。


 ヒドいあだ名かもしれないけど、直接呼んでるわけじゃないし、アタシたち仲間内の呼び名だから問題ない。それにブタって見ようによっては可愛いし。ま、木林先生は別に可愛くないけど。


 だけどこれはフェアな比較じゃない。加藤はバカだけど、ウチらの代ではナンバーワンの高身長イケメン男子高校生で、対する『世界のブタ』は年齢不詳のやや脂性気味で汗っかきのおっさんだ。それにチビデブハゲの三重苦。もちろん顔も良くない。見た目は完全に終わってる。


 教師で収入はいいだろうし、頭も悪くはないんだろうけど、さすがにそれだけじゃ『世界のブタ』を選ぶ女子高生はいない。


 「いやいや、まずおっさんじゃん! それだけでムリっしょ!」


 笑いながら激しく手を振るカリン。アタシも同意見だから激しく頷いた。


 「な~んだ、やっぱり加藤選ぶんじゃん!」


 リコがニヤニヤ笑う。いやらしい笑い方のクセに可愛い。リコはそういうことろある。


 「そりゃそうでしょ! 何が悲しくてあんなおっさん選ぶんだよ! あんなおっさんとまともな恋愛なんてできないでしょ! 想像してみ? 二人で歩いてるとこ。ただのパパ活じゃん!」


 みんなして笑った。そのとおりだ。おっさんと女子高生の間で恋愛なんて成り立たない。端から見たらキモいし犯罪的だ。というか普通に犯罪だ。女子高生に手を出すおっさん、マジでキモすぎる。


 「うえー。パパ活はムリだわ。ウチらそういうんじゃないしー」


 「ねー。おっさんはマジムリだよね。キツイわー」


 「うんうん」


 話しているうちに、いつの間にかお菓子がなくなった。全部食べてしまった。結構時間が経ってしまっていた。女子トークほど、時の流れが早いものはない。少し開いた教室の窓の外に夕日があった。夕暮れの冷たい風が教室に流れ込んできた。いい感じで気持ちがいい。もう少ししたらきっと日が暮れて、風も冷たくなりそうだ。


 それでもアタシたちの話は止まらない。むしろこれから。


 「加藤もダメ。イケメンでもバカはダメ。経済力あってもチビデブハゲの『世界のブタ』もダメ。恋愛ってムズカシーね~。ウチらに合うオトコってなかなかいないもんね~」


 リコがわざとらしくため息をつく。


 「アンタにはジュンヤくんがいるじゃん」


 「とっくに別れたっつーの。アイツサイテーよ? イケメンでも金持ってるわけでもないのにそのくせバカでフケツだし、すぐ浮気するし、で、バレてないと思ってるわけ! そんなバカでマヌケなところにホンっト愛想尽きたわ!」


 さっきと違って今度は本気で怒っていた。よっぽどヒドい別れ方だったんだろう。


 「付き合ったときは運命の人とか言ってたじゃん。一生に一度の恋とか、死んでも愛してるとか言ってたじゃん」


 「結局、アタシが一番バカだったってこと。ホント最低最悪。あんなヤツに一瞬でもマジになったなんて一生の汚点だわ。あんなのと付き合うくらいなら『世界のブタ』と付き合ったほうが良かったわ! マジで!」


 アタシとカリンは大爆笑。よりによってチビデブハゲのおっさんと付き合ったほうがマシだなんて、冗談でも言い過ぎだ。


 「え~! じゃあどうすんの? アイツが告白してきたら? 付き合っちゃう感じ?」


 「マジの話ぃ?」


 「マジマジ。リアルにガチで考えて!」


 「えぇ~? リアルにガチで~? う~ん、ちょっとは付き合ってもいいかなぁ?」


 リコはまんざらでもなさそう。どよめくアタシたち。


 「ちょっとリコ! ガチで考えてないっしょ? マジで冷静になって考えてよ! だってブタよ? あの『世界のブタ』だよ?」


 「だって優しそうじゃん? それにお金は持ってそうだし?」


 「でもマトモじゃあないっしょ? 女子高生に手ぇだしたら。それにアイツめちゃくちゃ汗っかきだし、近づいたら多分臭いよ? おっさんだし口も臭いよ? 脇も顔も臭いよ?」


 「臭い臭い連呼しすぎじゃね? アヒャヒャ!」


 「ホント、言い過ぎ。ヒド過ぎ。ウフフ」


 カリンがあんまり言うから、アタシもリコも笑っちゃう。


 「いや、だってさ、マジでガチで考えたらそうでしょうよ? おっさんだし、チビデブハゲだし、臭いこと間違いなしでしょ! その上女子高生に手ぇ出す変態! 顔もダメダメ! いいとこマジでないじゃん! 絶対Hも変態だわ! 学校の水着とか着せてきそう!」


 もうただの悪口だ。勝手に想像して勝手に酷いことを言ってる。だけど面白すぎてアタシは涙が出るほど笑ってしまった。


 「それ半分アンタの想像じゃん! でもなんか当たってそう! ゴメンゴメン、やっぱムリムリ! アタシら女子高生よ? おっさんはキツイって!」


 「はい、じゃあアタシの勝ち~。じゃあこの後のファミレス奢りね?」


 「賭けてねぇよ」


 みんなでバカみたいに笑った。本当に楽しい時間。こんな時間がずっと続けばいいのに、そう思ったとき、終わりは唐突に訪れた。


 教室のドアが急に開いた。ほとんど同時に三人がドアを見た。

 チビデブハゲがそこにいた。『世界のブタ』こと木林先生だ。いつの間にか廊下に灯りがついていて、ハゲ頭が反射してる。

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