第12話 『水滸伝』の成立

 宋が統一を失ってから元が統一を果たすころまでに、さまざまなヒーローの物語がこの宋江物語に加わっていきます。

 元の時代の「雑劇ざつげき」(街芝居、村芝居)でも宋江集団のヒーローの物語が採り上げられました。

 そういう、宋江集団に関連するエピソード群が、元に続く統一王朝のみんの時代の終わりごろに長篇の「小説」にまとめられました。

 それが『水滸伝すいこでん』です。


 英雄たちが悪人たちに苦しめられる受難物語や、「不義の財産なのだから奪って権力者の鼻を明かしてやろう」という侠盗きょうとう物語を中心に物語が組み立てられ、百八人の主人公が集結するまでが前半三分の二ほどで描かれます(最初に成立したとみられる「百回本」のばあい)。

 前半はやはり英雄の受難物語が多く、同じようなパターンの物語が繰り返されます。意識的に前のエピソードをなぞる「セルフパロディ」も見られます。

 後半になると、王朝の悪臣どもが梁山泊を平定しようと軍隊を差し向けて来て、それを迎え撃つ戦いのエピソードが現れます。梁山泊の側から、梁山泊を侮辱した相手への報復や、捕らえられた英雄の救出のために、梁山泊から出撃して「アウェー」で戦う戦いも増えます。全体に大規模な軍事行動の物語が増えてきます。

 英雄たちの受難物語や王朝軍との戦いの物語などが繰り返される。そのあいだに好色物語(「性描写あり」)が挟みこまれたりする。魔法を駆使したバトルや魔法対決の物語もあります。

 まじめな方が、『水滸伝』を「少し読んでみたけれど、同じような話ばかりでつまらない」とおっしゃったという話を前に紹介しました。

 それは、『水滸伝』のこういう性格が肌に合わなかったのだろうな、と思います。


 さらに二次創作の要素も入ってきます。

 たとえば、歴史上の有名人や他の物語の有名人の子孫が登場するとか。

 『三国演義』(『三国志演義』、小説の『三国志』)のヒーロー関羽については、そっくりさん(あだ名が同じ「美髯びぜんこう」)が登場し、それとは別人として関羽の子孫が登場します。ほかにも、有名人の子孫だったり、過去の武将のそっくりさんだったりという英雄が何人も出て来ます。

 また「場面」の二次創作的な要素もあります。

 『三国演義』では、諸葛しょかつりょう(諸葛孔明こうめい)の陣形のエピソードがあります。諸葛亮は「八陣はちじん」を得意としましたが、宋江集団は「九宮きゅうきゅう八卦はっけの陣」という陣形を得意とします。敵方にこの九宮八卦の陣を圧倒する強力な陣形として「混天象こんてんしょうの陣」が登場して、陣形バトルを展開するエピソードもあります。


 もっとも、寄せ集めなので、元の雑劇などで活躍するキャラが「ちょい役」にされていたり、もともとは別の活躍をするはずだったキャラが損な役割になっていたり、ということもあります。全篇を通して活躍するキャラもいますが、登場するときだけ華々しくてあとはぜんぜん活躍しないキャラもいます。

 『水滸伝』の登場人物には、全員、「あだ名」(いわゆる「ふたつ名」)が設定されています。その「あだ名」は凄いので、たぶん背後に何かものすごいストーリーがあるんだろうな、と想像できるのに、まったく活躍しない、というキャラもいます。たとえば、「しょう覇王はおう」の周通しゅうとうなど、「小さい覇王」(覇王は古代の英雄項羽こううのこと)という勇ましい「あだ名」を持ちながら、あんまりパッとしないキャラです。


 同じパターンの繰り返しとか、魔法バトルとかサイキックバトルとか陣形バトルとか、そういうのを「バカらしい」と思ってしまうひとは、たぶん『水滸伝』をつまらないと思う。

 何度繰り返されてもハラハラドキドキして先を読み進めてしまう、というひとが『水滸伝』が好きになる。

 私は何度繰り返されてもハラハラドキドキして先を読み進めてしまうほうです。

 だから私は『水滸伝』のファンなのです。

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