第8話 中国史の「盗」

 ところで、「盗賊」といいますけど、中国の歴代王朝ばあい、「盗」というとたんなるぬすではなく、王朝に対する反乱軍を指すことがあります。

 現代中国語で「どろぼう」のことを「小盗」といいます。旅行中に何か盗まれたら「小盗!」(「シャオトウ」とか「シャオトル」とか)叫べ、と、旅行中国語で教わったことがありますけど。

 じゃあ、小さくなくてでっかい「盗」とは何かというと、盗賊団であり、盗賊団が発展してできた反乱軍だったりするわけです。

 だから、「群盗が蹶起けっきした」というと、盗賊団が暴れた、という意味もありますが、「反乱軍が決起した」みたいな意味で取ったほうがいいこともあります。


 中国では、都市と都市の間隔が離れているうえに、村と村のあいだも広くて、そのあいだに人の少ない山野が広がっています。

 とくに、宋の時代には、五代十国の「乱世」の再来を防止するために、中央集権体制を強化して皇帝の権力を飛躍的に高めました。それで、たしかに、地方に有力な基盤を持った臣下が皇帝の位を横取りするということはなくなったのですが、副作用(副反応?)もありました。

 中央集権にしたために、地方官を中央からの派遣にしたのですが、中国は広いので地方官は地方の中心都市(いまの日本でいうと「県庁所在地」。中国では「県城けんじょう」とか言います)にしか来ません。つまり、王朝は、全国を中央集権で強力に統制しているように見えて、「地方の中心都市」しか掌握していないのです。

 そうすると、都市と都市、村と村のあいだに拡がる「人に少ない山野」で何が起こるかというと。

 盗賊団が発生する。

 そして、たとえば飢饉ききんが起こったり、経済情勢のせいで貧困が拡がったりすると、都市や村で「食えなくなった」人たちがその盗賊団に参加する、ということになるのです。

 盗賊団は、もともと都市から離れたところにいるので、都市の治安組織は容易に手を出せないし、討伐軍を送るのも容易ではありません。

 社会が不調だと、盗賊団が拡大し、容易に討伐できない、という状況になってしまいます。


 中央集権体制になったこの時期の中国では、もうひとつ、地方の人びとにとって大きな「災害」が襲ってくることがありました。

 中央に任命されてやって来る役人の悪政です。


 中央集権体制の下で役人がどうして地方に来るかというと、べつにその地方に思い入れがあるから、などではなく、出世の階段の一環として来るわけです。

 地方でよい政治をやって、その能力を上部にアピールし、出世させてもらう。

 それが「正道」なんですが。

 それは能力がないとできないし、能力があっていい政治をしても、それを評価する上層部のひとたちが無能だと評価されない。

 じゃあどうするか?

 地方を搾取さくしゅして、それで作った財産を賄賂わいろにして、上層部の人を買収して出世させてもらう!

 地方官は、なにしろ、バックに「皇帝の権威」がついていますので、地方では絶大な権力をふるうことができます。それを使って、地方のひとたちに賄賂を要求したり、寄附という名目でおカネを出せと強要したり、名目を作って税金を取ったり(「苛捐かえん雑税ざつぜい」といいます)、と、いろんなことができました。


 地方がそういう状況になると、そこに住んでいる人は「悪い役人に従いますか? 盗賊団に入りますか?」みたいな問いを突きつけられる。そこで「盗賊団に入る」ほうを選択するひともそこそこ多くなるわけです。

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