第24話 魔法少女じゃない!

 そして再び、小夜子は闇に取り囲まれた。


 東京の街が黒く染まる。先ほどまで拠点アジトで蠢いていた魔物たちが、今度は渋谷交差点で、同じように彼女に迫ってきた。まるで悪夢が現実になったかのような感じだった。夢の中で見た牙が、爪が、その鋭い眼光が、実際に小夜子へと襲いかかってくる。


「だらぁぁあッ!」


 とはいえ小夜子とて、おいそれとやられる訳にはいかない。手榴弾と短刀で影を切り開きながら、何とか自分の足場を確保する。魔人たちは本気を出して襲ってくる様子はない。むしろ加減していて、稚児と戯れているようでもあった。


「今からでも遅くはなイ。我々の仲魔にナれ、小夜子」

「うっせぇ! クソ虫が!」


 その手加減が、小夜子を逆に苛つかせた。クソ虫と呼ばれた魔人が……厳密には虫ですらなく、鼬の魔人だったが……短刀で切り裂かれ、低い呻き声を上げて闇に帰っていく。小夜子は容赦しなかった。それでも数は一向に減らない。


「キミは意地を張ってるけど……他の魔法少女たちは、同意してくれる子も多かったよ」

 千鶴がクスクス嗤った。闇の中でもがき続ける小夜子を見ながら、少し離れた山の頂上で後頭部に手を乗せ、余裕綽々と言った感じだ。


「だってそうだろう? 戦って何になる? 強敵を倒してもまたそれより強い敵が出てきて……終わりがないじゃないか。一生戦い続ける煉獄のような毎日に、正直疲れている子だって少なくないのさ。何処かでしないと。平和とは、お互い歩み寄る事から始まるのさ」

「テメーらが、誰かの下につくなんてなぁ!」

 小夜子は鹿の魔人のツノを切り分けながら、千鶴を無視して魔人たちに叫んだ。


「別に下についタつもりはなイ」

 牛頭の魔人がニヤリと嗤った。


「ただ、これで我々モ食事中に邪魔されなクて済む……。同盟契約みたいナものだ。光と闇がただ憎しみ合うだケの時代から、お互い領地テリトリーを主張シ、できるダけ犠牲を少なくしていク……そうなっタだけよ」

「何言ってんだ、盗人猛々しいとはこのこったな! 勝手にこっちの世界にやってきて、食べもんよこせたぁ、ふてぶてしい野郎だぜ!」

 小夜子は唾を吐き捨て、取り合わなかった。誰かの首を斬られるのを、黙って見てろということか。そんなものは到底受け入れられない。


「ふム。では、どうする?」

 魔人の方も特に響いた様子もなかった。元より話し合いで解決できるなら、わざわざ対立していない。顎の骨を撫でながら、聞き分けのない子供を見るかのように肩をすくめた。



「もしそう思っているノが、自分だけだったトしたら? 今回の件で反対しテいた小娘たちは、皆死んでイったぞ」

「テメーらが殺してんだろうが!」

 叫びながら、鳥の魔人の首を斬り落とす。

 

 だが、口調こそ勇ましかったが、さっきから小夜子は押され気味だった。若干疲れも見え始めている。どう考えても多勢に無勢だった。

 やはり、千鶴をヤるしかない。

 そう思った。同盟契約だか何だか知らないが、同盟元が殺されてしまえば、そんな約束は水の泡だ。魔物に埋もれながら、小夜子は山の頂上に立つ魔法少女を睨んだ。

 業平千鶴が涼しい顔で小夜子を見下ろした。


「大体考えてることは分かるけど……。ボクに勝てると思ってるの?」

「……今度は本当に、心臓を一突きしてやるよ。魔法でも何でもなく、この手でな!」

「アハハ!」


 よほど可笑しかったのか、千鶴は腹を捩って大笑いした。


「どうやって?? 魔法少女のみたいなキミが! 才能も、容姿も、血統も、何もかもで優っているこのボクに! 言っとくけど、伊達に『No. 1』を名乗ってるんじゃないんだよ。ボクはこの学校で誰より素質があるし、努力を怠ったことはない」


 笑ってはいるが、目は据わっている。その自負は、自分が一番だという自信は、決して虚勢やハッタリではない。実際、千鶴より強い魔法少女など、この学校にはいやしないのだ。だが小夜子は引かなかった。


「テメーが……『No. 1』なもんかよ……」

「ん?」

「疲れただの、妥協だの言って……そんなんで誰かが守れるか!? それで魔法少女ができるのかよ!?」

「……やれやれ。参ったね、魔法少女だって人間なんだよ? 疲れもするし、妥協だってするさ。それとも何? 働き過ぎて死ぬのがキミの中じゃ美徳なの?」

「テメーは私が殺す……!」


 小夜子がギラリと目を光らせ、刀を握り直した。千鶴は怯まない。怯む理由もなかった。


「フゥン……それで?」

「うぉおおおッ!」

「ボクが、何も対策してないと思ってるの?」

「おおお……お!?」


 無理やり闇を振りほどき、突っ込んで行った小夜子だったが、いざ千鶴の胸に飛び込もうとした瞬間、体がピタリと動かなくなってしまった。石のように固まった小夜子を見て、千鶴がニヤリと嗤った。


「さっきキミ、『花札』に願いを書いただろう?」

「な……!?」

「あれね……。あれは本当に魔力のこもった札なんだ。実際に願いが叶う札。願いを叶えたいって人間は後を絶たないからね。だからボクはそれを利用させてもらった」

「まさか……!?」

 小夜子が目を見開いた。突然ぽん! と音がして、千鶴が白い煙に包まれたかと思うと、その場におかっぱ頭の童女が姿を現した。


「変身するくらい、ボクくらいの使い手にはワケないさ」

「まさか……テメーだったのか!?」

「【跪け】」

「う……!?」


 童女に変身した千鶴が、声色を変える。小夜子は息を飲んだ。一拍遅れて、じわじわと、足が下がっていく。


「……これは!?」

「『その札で願いを叶えた以上、ボクに逆らうことはできない』」


 気がつくと小夜子は千鶴の足元に跪いていた。千鶴が勝ち誇った顔で囁いた。


よこしまな方法で願いを叶えた代償だと思ってもらおう。おかげで大勢の魔法少女が、ボクの人形になってくれたよ」

「それで……」


 小夜子は歯噛みした。あのゾンビのような虚ろな目をした魔法少女たちは、それで千鶴に操られていたのだ。魔法少女になりたいと、夢を叶えたいという気持ちを利用して。餌を散らつかせ、他人を操る魔法。殺人事件が起きるずっと前から、この女は、周到に今回の計画をしていたのだ。


「さて……佐々木小夜子ちゃん」


 千鶴が腰を屈め、美麗な顔を歪めると、小夜子の耳元で命令した。その瞳には、サディスティックな愉悦が揺らめいている。


「ボクからキミに、ひとつ命令してあげよう。【キミはこれから、白石莉里を殺せ】」

「な……!?」


 小夜子が驚いた。だが、顔を上げることはない。『札』の魔力で、顔一つ勝手に動かすことはできないのだ。千鶴がますます破顔した。


「逆らえないだろう? 分かったかい? これが【魔法】というものだ! キミはどっちにしろ、積んでいたんだよ。魔人の味方になっても、魔法少女になっても! 最初から、逆立ちしてもボクには勝てなかったんだ! 魔法少女になった以上、一生キミはボクのしもべとして……」

 どっ、

 と音がして、千鶴はふと口を噤んだ。

 下を覗き込む。

 首の下、胸元辺りに、短刀が突き刺さっていた。千鶴は固まったまま、しばらく不思議そうにそれを眺めていた。


「あれ……?」


 何故自分の胸にナイフが刺さっているのか。最初、千鶴には分からなかった。つう……と薔薇のように赤い血が、胸から染み渡ってきて、ようやくジンジンとした痛みが全身に広がりだした。

「あれ? あれ? なんで……?」


 やられたのか?

 才気溢れる魔法少女はオロオロと慌てふためくばかりである。用意周到な完璧主義者であるが、その分不足の事態には慣れていないようだ。おそらく業平千鶴は、今まで誰にも負けたことがなかった。失敗したことがなかった。だから計画外のことが起きた時、どうしたら良いか分からなかった。計画にないことなど、彼女にとって、今まで起こりようがなかったのだ。


 小夜子が、跪いたままペロリと舌を出した。ポケットから『花札』を取り出し、『藤に短冊』を捲る。表を見せた。短冊には、数滴の血が付いているだけで、何も書かれていなかった。


「魔法にかかったフリ……か」


 千鶴がようやく悟ったように目を見開いた時にはもう、ずぶずぶと、音を立てて短刀が心の臓の奥深くまで沈み込んでいた。

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