第19話 確定じゃない!

「ありえん!!」


 少女の咆哮が、がらんとした校舎の渡り廊下に響き渡った。その場は一時騒然となった。出刃包丁を持って学外に駆け出そうとする小夜子を、4人がかりで押さえつける。金髪少女がようやく大人しくなった時、里見も、松竹梅も、みんな息も絶え絶えになっていた。


「落ち着いて……落ち着いてください姉御!」

「これが落ち着いていられるか!!」


 両手両足を、4人それぞれにがっちりと組み伏せられ。地面にうつ伏せにされた小夜子が、髪を振り乱し、獣のような唸り声を上げて一喝した。先ほど流れたニュース。スイートリリィこと、白石莉里容疑者の指名手配。小夜子にしてみれば、天地がひっくり返っても有り得ない出来事であった。


「まだ……まだ真犯人と決まったわけじゃないですから!」

 宥めようとする松野の言葉も、焼け石に水にしかならない。少しでも触ったら破裂する水風船のように、小夜子は顔を真っ赤にして、全身で怒気を膨らませた。


「莉里様がそんなことするはずないだろうが!」

「だけど、行方不明になってるのは事実よ」


 そう言ったのは千代田秋桜だ。いつの間に現れたのか、少女警察が、歯を剥き出しにする小夜子を見下ろしていた。

「何も後ろめたいことがなければ、堂々としていれば良いんじゃないかしら?」

「それは……」

 小夜子が唇を噛む。一体何処に行ってしまったのか、連日全国を賑わしていた魔法少女・スイートリリィは、変死体が発見されたその日から、姿が見えなくなってしまっていた。

 何かあったに違いない。小夜子はそう思っていた。だが、世間はそうは思わない。秋桜は両手に腰を当て、軽くため息をついた。


「それに、彼女が犯人なら辻褄も合うわ。『No. 1』を殺害するには、当然それより強くないと無理でしょう? 現役で活躍する魔法少女が、自分のポジションを奪われることを恐れて、有望株を事前に殺しにかかる……動機としては納得できるわ。あり得ない話じゃないわね」

「だからあり得ねえって!」

 小夜子は頑なに認めようとしなかった。


「莉里様はそんな子じゃねえ! 弱い奴は絶対自分より強い奴に勝てないって、そんな訳ねえし! 私が……」

 ギラギラとヒリつくような眼で、小夜子が秋桜を睨み上げた。


「私が証明してみせる! 犯人より先にSクラスの奴ら全員ぶっ殺して! 莉里様の無実を証明してやっから!」

「ぶっ殺しちゃダメでしょう。頼むから、この忙しい時に別の事件を起こさないで」 


 秋桜は呆れたように言うと、小夜子の手から出刃包丁を取り上げた。

 魔法界の警察機関も、行方不明である莉里の身柄を確保することに全力のようだった。生徒たちも、教師も、今や全員が莉里が犯人であると疑っていないようだった。小夜子にはそれが堪らなく悔しかった。


 校舎の間を風が吹き荒ぶ。今夜もまた一段と冷え込みそうだった。

「チクショウ……!」

 どうすることもできない。身体中をのたうち回る感情をどうすることもできずに。小夜子は白い息を吐き出しながら、何度も何度も地面に頭を打つけた……。



「それで姉御……勝算はあるんですか?」

 明くる日。頭を包帯でぐるぐる巻きにした小夜子を横目で見つつ。竹乃がおずおずと尋ねた。


「あ?」

 金髪少女は、振り向きもしない。顔は真っ直ぐと前だけを見て、ずんずんと大股で廊下を歩いて行く。


「いきなり『No.2』のとこにカチコミに行くって……いくら何でもそりゃ」

「『No.1』が死んで、今一番強いのがその女だろ。つまり、この学校で今最も犯人に近い女ってことだ」


 小夜子はそう言った。どうせ犯人もSクラスの残りのメンバーを狙ってるだろうから、いずれはかち合う。そしたら、Sクラスも犯人も両方とも倒して、ハッピーエンドじゃねえか。


 良く分からないが、小夜子の言い分は大体そんな感じだった。松竹梅の3人や、里見に言わせれば、そんな簡単に勝てる相手ではないから、容疑者が絞られると言う話なのだが。


「で? どうやって勝つって言うの?」


 少し遅れて後ろをついてきていた里見が、半ば呆れたようにため息をついた。昨日あれほど「大人しくしてろ」と秋桜から忠告を受けたにも関わらず、小夜子は、『No.2』に会いに行くと言って聞かなかったのだ。当然、ただ会いに言って2人仲良く紅茶を飲んで友達になる……なんてことはあり得ないので、他の面子もぞろぞろと付いて行くことになった。


「ま、そりゃ見てからだな」

 小夜子がぶっきらぼうに言った。

「見てから??」

「嗚呼。相手がどんな奴か分かったら、どんなに強かろうが勝つ方法は絶対にあるんだ。たとえ『全知全能』だろうが、『無限』だろうが、『自由自在』だろうが、勝てない相手なんていねえんだよ」

「そんな……能力者バトルじゃないんだから……」

「失礼」


 すると突然、パッと瞬間移動でもしたかのように、目の前に見知らぬ少女が現れた。4人は飛び上がり、小夜子はピタリと歩を止めた。


 5人衆の前に煙のように現れたのは、同い年くらいの可憐な少女だった。肩まで伸ばした青い長髪。ターコイズ・ブルーの瞳。青を基調にした戦闘衣装。


「さっきから『勝つ』、『勝つ』って楽しそうな会話が聞こえてきたのだけれど……一体誰に勝つつもりなのかしら?」

「あなたは……!」

「姉御! ココココイツが例の『No.2』っスよ! 『愛と勇気』の魔法少女……!」

「こっちのネコちゃんが『アイ』で、それからこっちのワンちゃんが『ユウキ』よ。ふふ。よろしくね、皆さん」


 右手で黒猫を抱きかかえ、左手で大型犬の頭を撫でながら。学園No.2、『愛と勇気』の魔法少女・神田兪加がにっこりとほほ笑んだ。

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