エソラごと

ギリゼ

第1話袋小路


 桃色の光景が深緑に変わりつつある季節は、若者の活気に満ち溢れていた。西日本の地方都市にある浄川高校の学生達も、体育祭の練習に明け暮れる日々だ。


 しかし、教室の中央で集団から相手にされないゾウリムシのような男子生徒が2人いた。


 「お前さ、ミナカと約束したよな? 今日、ツケを支払うって」


 身長が160センチ以下の小柄な男子生徒は、合掌している男子生徒の顔を見ようとしない。


 「マジで頼むって! スペシャルスピードキャップの期間限定ガチャを回したから金ねぇんだわ」


 女体化した小艇達が競泳するゲームアプリ『ボートガール』は、特定のキャラクターや装備を入手するためにガチャシステムを利用しなければならない。


 ゲーム中に入手するか、プリペイドカードを購入して入手するアイテムが必要となり、当然、システムの不確定要素と低い排出率に悩まされる。


 その反面、数百回、ガチャシステムを利用すると、確定で1つのアイテムかキャラクターを入手出来る天井と呼ばれる救済処置もあった。


 SNSでプリペイドカードを購入せず、欲しい品が入手出来たと報告し、射幸心を煽る人間もいる。


 「無理、俺から借りて踏み倒す気だな。てか、肩代わりしてくれる親がいるだろ」

 

 「親に頼んだら携帯没収されるから無理に決まっているだろ! マジで頼むって!」


 比良町彰ひらまちあきらは、返済する意思が全く見受けられない友人に快く貸せる金銭的な余裕を持っていない。

 

 少なくとも調子に乗って鴨田宗太かもたそうたは、数千円分のケーキを後日払いで食べていた。アルバイトをしていない学生にとって、数千円が大金だ。


 このままでは宗太は無銭飲食で逮捕されるか、彼の保護者が代金を支払い、スマートフォンを没収されるだろう。


 万引きや余程、激しく店内で暴れない限り、刑事事件に発展する可能性は低い。無銭飲食も、大半が代金の回収さえ出来れば店側は穏便に済ませる。


 警察官が出入りする光景は、店の評判が悪くなってしまう。本人からの回収不能を見越してか、宗太の住所は把握されていた。

 

 「絶対無理。ミナカに頼んで、次の小遣い貰うまで延長して貰えよ」


 唯一の頼みの綱である彰が金を貸さないと分かり、宗太は胸倉に掴み掛かる。授業担当の教諭にすら、存在していない扱いを受けている2人は、某アメリカ空軍試験訓練場の一地区同然だ。


 目立ちやすい教室の中央で揉めていようが、誰も見ようとしていない。


 「エロい紙芝居が好きなお前と違って、俺はマジで今月上位2万人に入りてぇんだよ! 黙って俺に金出せ!」

 

 ゲームの運営会社が獲得ポイントによる月間順位毎に報酬の貴重なアイテムや限定キャラクターを設定しており、全利用者は毎日、競争していた。

 

 勝つために卑怯な方法が、1部の利用者間で流行している。マクロツールを使ってキャラクターに延々と競争させる通称、マグロだ。


 海水の含まれている酸素をエラに取り込む、ラムジュート換水法で生きている回遊魚は、常に休まず泳いでいた。


 その生態が、プログラムで泳がされているキャラクターと似ていた事から、代表的な魚の名前が付けられる。


 更にキャラクターの泳ぐ速度を異常に上げる不正行為すら行われていた。クロールの体勢と、ロケットブースターのような加速が類似している事からシャゴホッドと呼称される。


 シャゴホッドは、世界的有名なゲーム『メタルギアソリッド3スネークイーター』に登場するソ連の核兵器搭載戦車だ。


 便利な一方、どちらもオンラインゲーム専用の高性能なPCでなければ動作不良を起こす。


 1ヶ月に行った競技回数と競技順位で得た得点を競う月間行事は、ほぼ不正利用者しか楽しめない。


 「現実を見ろ。どれだけ金を注ぎ込んで装備やキャラクターが手に入っても結局、お前は底辺だ」


 「うるせぇよ! 俺のバニートゥは絶対めちゃくちゃ課金したから上位2万に入る!」


 自制心が備わっていない宗太は、何度も彰の肩を揺らした後、突き飛ばすが大して押せなかった。他人の信用を裏切ってまでプリペイドカードを購入した結果、目的のアイテムが入手出来ていないようだ。


 友人の態度から察した彰は、数歩下がって踏み止まり、横の席へ座った。所持金全てをゲームへ使っている宗太のような利用者は、ゲーム運営会社から搾取されているだけだ。到底、目的の順位になれない。


 ゲームアカウント販売業者達が、複数のアカウントでマグロとシャゴホッドを活用し、報酬の限定キャラクターが貰える順位を独占していた。不正行為を行わず、限定キャラクターを入手して人間は1人もいない。それが原因で徐々に利用者は減少傾向だ。


 「お前、マジでどうすんの? あいつ、ツケの回収をお前の親からするぞ」

 

 「だからお前が払えって。俺に迷惑かけるなよ」


 昨日、数ヶ月待ち望んでいたアダルトゲームを購入したばかりの彰に支払う能力が無かった。親に肩代わりして貰う事を回避するため、宗太は机の横へ吊ってある彰のスクールバッグを漁り始める。高校の入学試験に合格した事が奇跡だ。


 道端のゴミ袋を突くカラスより下品な光景を彰は、蔑んだ眼で眺めている。中には昼食の握り飯とペットボトルのオレンジジュースと千円札すら入っていない長財布しか見当たらない。


 「おい! 紗雪に電話しろ! さっさと金を用意して貰え!」


 彰の妹、比良町紗雪まで巻き込もうとしていた。しかし、1度、彼女の借金を踏み倒した事があり、貸して貰えないだろう。


 「誰もお前に金なんて貸さねぇよ。紗雪から借りた金でツケを払ったらミナカに叱られるぞ」

 

 知り合いから金を借りられない事に焦り始めた宗太が、近くの生徒達を標的に変えた。多重債務者のような彼の奇行で教室から生徒達が逃げ出す。


 なりふり構えない宗太は廊下へ出て、更に意地汚く頼み込んでいた。どこまでも自分の利益しか考えていない。


 「お前の大事な鴨田、馬鹿焦ってんな」


 黒いメガネをかけた男子生徒が彰に話し掛ける。この男子生徒もまた教室の生徒達から関わりを拒まれていた。


自己紹介する時に、好きなヴァーチャルライバーへ送ったメッセージ内容を語った事が原因だ。

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