目覚める後継ぎ2

 周囲の視線を気にしつつタルカスの後ろをついていく。

 幸いというべきか、領主の玩具と負傷した余所者の職業騎士という取り合わせは蔑みの視線を投げられることはあっても見咎められたり呼び止められたりはしなかった。

 黙々とひと気のないほうへと向かうタルカスの背に小さく声をかける。


「私のことを覚えていらしたのですね」


「名を捨てた相手に接触すると経歴が露見する恐れがあるとの理由で禁じられておりました。屈辱の日々は存じてはおりましたが、申し訳ありません」


 有事の措置として、頼るべき先がなければ名を捨てて平民として生きられるよう手配するという案は領の方針として全ての職業騎士が言い含められていたらしい。その後は縁を切り決して関わるなかれとも。


「そのような事情でございましたか……いえ、私もまさか巡り巡ってこのようなところでお会いするとは想像だにしていませんでしたし……」


 忘れられたり悪意があったわけではないという事実にほっとしたのも束の間、連れてこられたのは第三厩舎の裏手だった。

 第三厩舎は老いや育成不良で一線に立つことを認められなかった馬たちが細々と暮らしている半ば見捨てられた場所だ。それだけに世話の優先度も低く朝の食事が終わると昼過ぎまで誰も訪れることはない。


「あのう、このような場所でいったいどのような」


 さすがに不安になってきたラティアが声をかけると、タルカスはそれには答えず目の前の茂みへ向かって膝をついて首を垂れた。


「お連れ致しました」


「え、他にも誰か……」


 言い終わるよりも早く茂みをすり抜けるようにひとりの女が現れた。

 手足の長い肉感的な肢体を襤褸のような真っ赤なドレスに包み、くすんだ金髪に整った目鼻立ち、しかし眉はなくその顔の中心には大きな十字傷が深く刻まれている。

 初めて見るにも関わらず決して間違いようのないその姿。


「き、狂犬一家の傷物きずもの!?」


「ラティ様、お静かに願います」


 タルカスにたしなめられラティアは慌てて口をつぐんだ。

 なにがどうなっているのかまったくわからない。だが、こんなところをひとに見られたらどうなるのか想像するのは容易い。

 つまり公開処刑の対象が三人ではなく五人になるということだ。


「ご苦労様タルカス。昨夜から働き詰めでしょうに悪いわね」


「お心遣いありがたく存じます。しかしご遠慮なくなんなりとお申し付けください」


 傷物きずものは上に立つ者の態度でタルカスを労うと、置いてきぼりのラティアへ視線を向けて微笑む。


「久しぶりね。まさかあんたがあの男に股を開いて腰を振ってるとは思わなくって、聞いたときはちょっと笑っちゃったけど」


「え、ええと……」


 ラティアは妙に気安く話しかけてくる彼女に心当たりがなく戸惑うばかりだ。


「まあ私もひとのこと言えた生き方はしてこなかったしいいわよね。とにかく元気そうでなによりだわ、ラティメリア・フォン・カルムネー」


「!?」


 傷物きずものが口にしたのは、十年前親兄弟と共に失ったラティアの本名だった。

 当時まだ十歳にも満たなかった彼女のそれを知るのは、今となってはタルカスのようなごく限られた者だけのはずなのに。

 愕然として釣り上げられた魚のように口を開いたり閉じたりしているラティアの様子を面白そうに見ていた傷物きずものは、しかしすぐに飽きたようで自分の豊かな髪へ両手をごそりと差し込んだ。


「んー傷もあるし眉も剃ってるからすぐにはわからないかー。しかたないわね。よい、しょっと」


 掛け声と共に傷物きずものの髪が頭皮ごと剥ぎ取られるように外された。

 その下には男性でも稀なほどに短く刈り込まれた美しい白金の髪が産毛のように生えている。


「か、かつら!? それにその髪色……も、もしや、貴女様は……」


 ラティアが思い当たった人物は城が攻められたあの日、領主の名代として隣町へ向かったまま消息を絶った公女だけだった。

 城から焼け出され落ち延びた者たちが方々手を尽くしたにもかかわらず生死すら不明、もはや死んだと思われていた彼女が生きていたのだ。


「さすがに思い出したかしら。何度も一緒にお茶をした仲だものね」


 その言葉を聞いてラティアもタルカスに倣って膝を折り傷物きずものへと首を垂れた。


「お久しゅうございます。よもやご存命であられたとは」


「ま、色々あったけど全部済んだことよ。それよりこれからの話をしましょう?」


「また生きてお会いできるとはこの私……え? あ……はい」


 そう、そもそもラティアはここへ話があると連れてこられたのだった。それは決して旧知との再会を喜ぶためではないはずだ。

 ましてや今の彼女は貴族のお嬢様などではない。


 悪名高き狂犬一家のひとり、傷物きずものなのだから。

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