問われし敗北者2

「お前たちが狂犬一家の薄鈍うすのろ宿六やどろくか。噂に違わぬ腕前のようだな」


 イーヴァンとは決してよい関係ではなかったが、お互い職業騎士としてその力量に疑うようなことはなかった。このふたりがなにか卑怯な手を使ったとしても、この短時間でそうおいそれと命を落とすような男ではなかったはずだ。

 つまり、ふたり掛かりとはいえ職業騎士を悠々殺害しうるほどの、尋常ならざる強敵。


「なぜだ」


 だからこそ、タルカスは問わずにはいられなかった。ふたりはそれぞれ思う様に嘲りの笑みを浮かべて肩を竦める。


「はてさて。なぜ、とは?」


「なにが聞きてえんだ? 言ってみろよ」


「お前たちなら傭兵や冒険者として生きても食い扶持に困ることはないだろう。それだけのちからがあればどこかで成果をあげて立身出世の道も夢じゃない。そんなことはお前たちにだってわかるはずだ」


「立身出世だそうですよ宿六やどろく


 含み笑いを漏らしながら薄鈍うすのろが言う。


「あほらしくてあくびが出ちまうな薄鈍うすのろ


 あくびを嚙み殺す仕草をしながら宿六やどろくが言う。


「お、お前たちにはひとを脅かしひとから奪う生き方などしなくてもいいほどのちからがあるだろう! なぜひとから称賛される道を選ばない!?」


 説得が目的というわけではなかった。

 ここにあるのは圧倒的な戦力差。もはやこの先、己の命はないものとタルカスは考えている。


 しかし、だからこそだ。


 主を失ったタルカスは無様に敵の軍門へと下ったが、それは残される領民たちを思っての苦渋の決断だった。己にもっとちからがあればと何度悔やんだかわからない。

 そして目の前にいる彼らはそのちからを持っている。いながら、世のためひとのためどころか他人を嬉々と害し欲望のまま振り回している。タルカスにはそれがどうしても看過できなかった。


「お前たちは人情や正義のようなひとらしい感情を、欠片も持ち合わせていないのか?」


 タルカスの問いをもって沈黙した室内。


「く、くくっ」


 まずその静寂を破ったのは薄鈍うすのろだった。


「人情、それに正義ときましたか!」


 つられるように宿六やどろくも口を開く。


「はっ! こいつはくせえな! さすが主の仇のケツを舐めてる口からひりだされた正義は臭いが違うぜ!」


「なん、だと……?」


 その言葉はつまり、彼らがタルカスの経歴を知っているということだ。予想外の反応に狼狽するタルカスを見下すようにふたりは続ける。


「人情? 正義? ははは、そんなものあるわけがないでしょう」


「ああ、ねえともさ! 俺様たちにはそれ以上に優先すべきものがあるからなあ!」


 ふたりは身体の影に隠すように抜いたままだった小振りな長剣をタルカスへと向けた。

 それは賊の持ち物にしてはずいぶんとよく手入れされており、刃や鍔の作りからは市場や商店で容易に買える程度の物ではないこともわかる。

 なにより、その剣をタルカスはよく知っていた。紋章の部分が乱暴に削り取られているが間違いない。


「それは、かつて我が騎士団の見習いに支給されていた……お前たち……ま、まさか……」


 その言葉の先を、薄鈍うすのろ宿六やどろくが同時に剣の切っ先で制した。


「おっとそこまでにして頂きましょうか、タルカス・フォン・ディルボルト“元”中隊長殿?」


「俺様たちは狂犬一家の薄鈍うすのろ宿六やどろくさ。見覚えがあったってそいつあ他人の空似に違いねえ」


 タルカスは混乱した心を押さえつけて沈黙し、生唾を飲み込んだ。

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