第16話 夢の国の始まり

 ついにこの日が来た。

 ……というと、なんだか期待していたようにも聞こえるが。俺は全くもって本日の東京散策、『ギャルと行く東京ディ〇ニーシーの旅』を楽しみになどしていない。


「最初何から攻める?」


「やっぱトイ〇ニジャン?」


「それなー」


 乗り換え待ちの駅のホームにて。

 すっかりディ〇ニー気分の古賀たちの会話を、俺は少し離れたところから聞いていた。というのも出発してからここまで、俺は既にいない者扱いである。


「でもタワ〇ラも捨てがたくない?」


「それはそうかもだケド、百トイ〇ニ優先っショ」


「それなー」


 でも今日に限ってはこれでいい。

 なぜなら俺はNPCなのだから。本日の主人公である奴らに行動や選択は任せて、脇役の俺はそのサポートに徹底すればいいのだ。


「それより、電車こな過ぎだシ」


「それなー」


「でもあと2分で来るっぽいよ」


「えぇー、長すぎ遅すぎマジやばスギー」


 ディ〇ニーが楽しみ過ぎる故か、駄々をこね始めたのは安達。「遊ぶ時間減っちゃうシー」とか不満げに言いながら、落ち着きなく身体を揺すっていた。


 短く折られたスカートがユラユラ揺れる。

 ちなみにパンツは……ギリギリ見えない。


「これじゃ田舎と変わんないジャン」


 やがてそんな不満をぶちまけた安達。

 それをマジっぽく言っちゃうあたり、奴は間違いなく東京をなめている。ガキじゃねぇんだから、10分弱の乗り換え待ちぐらい我慢しやがれこの田舎者が。


「てかサー」

 

 と、ここで急に安達の視線は俺に。

 それに続くようにして古賀や加瀬もこちらを見る。


(え、何、もしかして俺の心読んだ?)


 なんて一度は背筋が凍り付いた俺だったが。

 安達から出たのは、それとは全く別の話題で。


「そういやあいつ、前に色々あったくネ」


「色々って?」


「ほらあれ、”自殺”しようとしたってヤツ」


 随分と懐かしいそんな話だった。


「ああー、そういえばあったね、それ」


「線路に飛び込んだらしいジャン?」


「しかも電車来たタイミングでだっけ」


「そうそう。マジ意味わかんな過ぎてキモイ」


 嫌悪感丸出しで語る安達に、相槌をうつ古賀。そんな二人のやり取りを前に、すっかり忘れてしまっていたはずの記憶が蘇ってくる。


 思い返せばそんなこともあった。


 あれは確か……入学式の時。

 当時の俺は、初めて着たブレザーに興奮していて。鏡に映った自分を見るなり、「俺は大人になったんだ」なんて、クッサイ台詞を漏らしたっけ。


 ネクタイを付けた。

 たったそれだけのことなのに、『今なら何でも出来るんじゃないか』って、『”あの日の失敗”を取り戻せるんじゃないか』って、俺は本気で勘違いをしていた。


 そんな痛々しい妄想に浸っていたからこそ、俺は選択を誤り、クラスカーストの最下位に位置する脇役モブとして、高校生活をスタートすることになった。


 全てはあの時の事件がきっかけで。


「マジウチらの前で血迷うのだけは勘弁だかラ」


 怪訝な視線で俺を睨んだ安達は、もはや命令と言わんばかりにそう言った。そんな怖い顔で身構えなくとも、わざわざ東京まで来て線路ダイブする気はねぇよ。



 まもなく電車が参ります。黄色い線の内側まで――



 やがてホームにアナウンスが流れ、電車の音が近づいてきた。が、残念ながら俺たちが乗るのはこれではなく、この後に来る電車である。


 ゴーッという轟音を鳴らしながら、ホームに飛び込んでくる電車。その先頭車両が目の前を過ぎ去ったその瞬間――


 巻き起こった風が『もふっ』と古賀たちのスカートをめくりあげた。ひらりと揺らいだそのスカートの裏から現れたのは、男の夢が詰まった計三枚の布。


「ちょ、スカートやばいシ」


 今更抑えてももう遅い。

 俺はこの目でバッチリそれを捉えたぞ。


(右から黒! ピンク! 白!)


 まさかまさかの古賀がピンク。

 安達が黒で加瀬が白はわかるけど……古賀がピンクて!


「意外過ぎやろがいっ!」


 俺が放ったその声も、電車の音にかき消され奴らには届かない。思わぬラッキーが起こった今この瞬間だけは、こいつらの班でよかったと心から思う。


「やっと来たシ。早く乗ろ」


「ちょっと待って安達。これ……」


「ナニ、これに乗ればディ〇ニー着くんショ?」


「うーん、なんか違う気がしなくもないような……」


 まあいっか、とかなんとか言いながら、電車に乗り込もうとする古賀たち。慌てて俺が呼び止めると、交通担当の古賀さんは、頬を赤く染めながら言った。


「し、知ってたし」



 * * *



 ディ〇ニーに到着するや否や。


「いえぇぇぇぇーい!!」


 などと言いながら、バカ丸出しのポーズをとる御三方。ぐるぐる回る地球のようなオブジェクトをバックに、なぜか俺は自分のスマホで古賀たちを撮影していた。


(こういう時は透明人間扱いしないんですね)


 どうせなら誰かのスマホを借りたかったが。どうやら古賀たちの中で、俺という存在は生き物界の底辺に位置するらしく。


「あんたにスマホ触られたくないシー」


 という確定汚物認定を頂き、このような状況になった。ちなみに撮った写真を送信後、即消さなかった場合、俺がこの世界から消されるらしい。


 ちょっと怖すぎて笑えないよね、この人たち。


「じゃそれ、クラスのグループに送信ヨロー」


 撮影を終え、安達は投げやりにそう言うが。

 案の定俺はクラスのグループとやらを知らない。


「俺、グループとか入ってないんだけど」


「えっマジ!? グループに入ってない奴とかいんノ!?」


 そんな目ん玉飛び出る勢いで驚かれましても。グループ以前に、誰一人としてクラスの奴の連絡先知らないからね、俺。


「どうする? グループ入れる?」


「でも誘うには友達登録いるくネ? ウチ無理なんですケドー」


 やがて古賀たちによる謎会議が勃発。

 俺がグループに入る上での懸念材料を挙げながら、真剣に話し合う二人。それとは裏腹に、それなbotの加瀬さんは、相変わらずの「それなー」を連発していた。


(てかそれで会話成り立つのかよ。どういう理屈だよ)


 そもそも話し合うくらいなら、誰か一人スマホ貸してくれさえすれば済むんですけど……なんて思ってたら、険しい顔の古賀が俺にスマホを差し向けてきた。


「じゃああたしのスマホ貸すから、もう一回これで撮って」


 結局こうなるのかよ。

 何だったんだよ、今までの時間は。


「アルバム見たらぶっ殺すから」


 そんな脅し付きで俺はスマホを受け取る。

 前から思ってたけど、この人ダントツで口悪いよね?


「じゃあ、撮るぞー」


「いえぇぇぇぇい!!」


 こうして俺の夢の国の旅は幕を開けた。

 夢の国とは名ばかりの殺伐とした空気と共に。

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