準備

【やどらしさまのやり方】


<準備するもの>

・無地の白い服

・仏具(なんでもOK! できれば音が出るもの)

・弓(なくてもよい)

・録音機器(逆再生ができるもの)

・小動物の骨

・憑依させたい相手の身体の一部(爪や髪の毛など)


<下準備>

・入浴して髪や身体を洗い清めておく(粗塩を入れての入浴が好ましい)

・粗塩を入れたコップ一杯の水を飲みきる(飲みきるまでコップから手を離さないこと!)

・参加者全員が無地の白い服に着替え、両肩に粗塩を振りかける


<手順>

①部屋の中央に小動物の骨と憑依させたい相手の身体の一部を置き、参加者全員でその周りを囲む

②般若心経を参加者全員で唱える(この時に録音を開始する)

③術者が神降ろし→地獄探し→極楽→人間揃いの順に呪文を唱え終えたら録音を止める(術者が呪文を唱えている間、他の参加者は弓の弦を弾いたり仏具を用いて音を出すこと)

④録音した呪文を逆再生して流し、憑依させたい相手の名前を参加者全員で繰り返し唱える(再生が終わるまでに十回以上)

⑤成功すると憑代となった人物の


「彩未、歩きタブレットは危ないよ」


「あんたが目を通しとけって言ったんでしょうが。も〜、文章読むのマジでダル〜。暑くて全然頭に入ってこな〜い。てか、あんたんちに着いてからでよくない?」


 日曜日、琴葉に駅近のカフェへと呼び出された彩未は、やどらしさまの儀式に必要なものの買い物に付き合わされたあと、さっそく実行に移すという彼女に従い、半ば強制的に琴葉の家へと向かっていた。


「なんかさー。これ、<準備するもの>のなかに怪しげなブツが二つほどあるんだけど」彩未は画面内の『小動物の骨』と『憑依させたい相手の身体の一部』という項目を眺めながら言った。琴葉は「抜かりない」と言っただけで詳細を省いた。


「あとさー。このなんとかってのを全員で唱えるってやつ?」


「ハンニャシンギョウ」


「え? あ、これ、そう読むのか。てか、どっちにしても私それ知らないんだけど」


 彩未が言い終わるが早いか、琴葉がサッと白い紙を取り出した。紙には漢字ばかりが並んでおり、隣にはルビまで振られている。


「人数分プリントアウトしといた」


 紙を受け取った彩未が書かれた文字を声に出す。「ぶっせつまかはんにゃはら……うはっ、まさにお経って感じ」


「唱え方も動画で確認しといて」


「唱え方?」


「節をつけて唱えるの。棒読みじゃダメ」


「えー、マジめんどい! でもまぁ、この術者ってのよりはマシかー。これ、あんたがやるんでしょ?」


 琴葉は頭を左右に振ると、この前と同じく「アキ姉」とだけ答えた。それを聞いた彩未は「だから、それは誰だっての」と呆れたように言った。




「おかえり、琴葉。暑かったでしょう?」


 琴葉の家、多々良たたら家に到着し、彩未たちが琴葉の部屋へ向かおうと階段を上りかけたところで、娘をねぎらう母親の声がキッチンから飛んできた。彼女は琴葉の後ろにいた彩未に気づくなり、「あら? 彩未ちゃん、いらっしゃい! 大きくなったわねぇ〜。香代かよさんに似て美人さんになっちゃって、まぁ!」と嬉しそうな声を上げた。


「お久しぶりです。お邪魔しまーす」


「どうぞ、どうぞ。あとで冷たいもの持っていくわね」


「いらない。グラスだけもらってく。あと、アキ姉も来るから」琴葉が素っ気なく言うと、彼女の母親は「え? 亜希菜あきなちゃんが来るなんて珍しいじゃない。なになに? 今日は三人で女子会とか?」と楽しげに言った。


「動画配信するから絶対に部屋に入ってこないで」


「はいはい。あ、そうだ! トワ・アトレのフルーツロールケーキがあるんだけど、食べるでしょ?」


 母親の脇を擦り抜けた琴葉は、グラスを三つ掴むとさっさと階段を上がっていってしまった。


「まったくあの子は……そうそう、彩未ちゃんのぶんもロールケーキあるから、遠慮しないで食べてね」


「はい、ありがとうございます。それじゃあ遠慮なくいただきます」


 年頃の女子高生の部屋というよりは、雑誌で紹介されるようなミニマリストを思わせる、ものが極端に少ない琴葉の部屋へと入るや否や、彩未は「もの、少なっ!」と驚嘆の声を上げた。


「なんか中学ん時より、もの減ってない?」


 部屋には勉強机とベッドと本棚が壁際にあり、あとは中央にミニテーブルがあるだけで、それらの他に家具は置かれていない。彩未の部屋とは違い、ベッドの上に脱ぎっぱなしの衣類が散乱していることも、机やテーブルの上に化粧品の類がごちゃごちゃと広げられていることもなかった。


「いらないものは捨てた。邪魔だし」言いながら琴葉はミニテーブルの脚を畳んで壁に立てかけ、買ってきたものをフローリングの床に並べはじめた。「わたしが準備するあいだ、彩未はシャワー浴びてきて」


「別にそんなに汗かいてないけど」


「じゃなくて。身を清めるの」琴葉が粗塩の入った袋を取り出し、「シャンプーとかの代わりに、これ使って」と彩未の胸に押しつけ、「それからこれも」と無地の白いTシャツを手渡した。


「本気? マジでやんなきゃダメ?」


 琴葉は勉強机の抽斗ひきだしからファスナー付きのプラスチックバッグを取り出しつつ、「やらないと変なのに取り憑かれるかも」と本気とも冗談ともつかない調子で言った。

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