第3話 相棒

「班長。お待ちしちょりました」


 声の主はひょろひょろと細長い若者だった。ほっぺたは赤く、まだ幼さを残している。ネイピアはその顔に見覚えがあった。


「坂道十往復はもう終わったのか?」


「あら? 見られちょりましたか、ハハ。みっともないところをまあまあ。速攻で終わらせました。班長にご挨拶せんといけんですから。なあに、邪魔がなけりゃ楽勝です」


 城の中庭には陽光が差し込み、新緑が輝いている。


「ルーニー・ネイピアだ。よろしく」


「班長、よろしくお願いします‼︎ ラブロー・デン・モーテン。二等巡査を拝命したばかりの新米です‼︎」


 ラブローは声を張って自己紹介すると、人なつっこい笑顔を見せた。


「お前も気の毒だな」


「何がですか?」


「俺と組まされるってことは貧乏くじ引いたってことだからさ」


「まさかまさか。ワクワクしちょるんです」


「何でだ?」


「英雄と一緒に仕事ができるけんです! そげなことなかなかありません」


「俺が英雄なわけあるか」


「いいえ、こないだもリューベルの軍隊相手に獅子奮迅のご活躍をされたっち聞いちょります」


ラブローは話しながらどんどん興奮してきたようで、声もひときわ大きく手の動きも激しくなった。


「一個中隊で五倍もの兵を殲滅したっち信じられんですけど、本当なんですか?」


「ああ本当だよ。ただし部下はみんな死んだがな」

「失礼しました!」


 ラブローは振り返り、真摯に深々と頭を下げ、おそるおそるネイピアの表情を伺ったが、特に気に障ったわけではないようだった。


「さあ、まずはベルメルンの街を案内してくれ」



✳︎



 城門をくぐり坂道を降りるとすぐに大きな川が見えてくる。大陸を南北に貫くトロヤン川だ。


 ベルメルンの街はトロヤン川を挟んで、東西に分かれている。東地区には城や軍の官舎があり主に貴族たちが住む。西地区は細々とした路地に無数の店や家が立ち並ぶ庶民の街だ。


その二つを結ぶのがこの街のシンボルとなっているロキ大橋だ。道幅は二十メートルを超え、長さもおよそ二百メートル。大陸随一の規模を誇る。


「初めてこの橋を見た時は、驚きました。噂には聞いちょったけど、こげえ立派なもんとは知らんで」

ラブローは等間隔に並ぶ、聖人たちの巨大な彫像を見ながら続けた。

「未だにその工法は謎とされちょんらしいです。ロマンありますよね」


「田舎もんには衝撃の光景だよな」


「はい。班長は外国も知っちょるし、こんなの見慣れちょんかと思いますが」


「なあ、ラブロー。出身はどこなんだ?」


「デリスタンベリっちゅうところです」


「ああ、なるほどね」


 ネイピアは膝を打った。その独特な方言に聞き覚えがあった。戦友の一人が同じ様な言葉を使っていたのだ。デリスタンベリは王国で最も南の、それも海岸からおよそ40キロ離れた離れ小島だ。放牧が主に行われていてのんびりとした風土だと戦友は教えてくれた。


「ずいぶん遠くから来たな」


「牧場の三男ですから、外へ出稼ぎに行かにゃならんのですが、近くにはなかなか働き口がなくて、したところ、縁あってここの巡察隊の訓練所に入ることができました」


「じゃ、軍人になりたくてなったわけじゃねえわけだ」


「ハハ、そうなんですよ。隊におるみんなは大概、軍人に憧れちょったか、父親が軍人かのどちらかです。僕は全くそういう感じじゃないですけん。でも、やる気だけは誰にも負けんっち思っちょります」


「なるほどな。で、そんなヤツが何でイジめられるんだ?」


「その話ですか……」ラブローは苦笑しながら言った。「言わんといけんですか?」


「ああ、相棒だからな」


「相棒?」


「そうだよ。俺とお前しかこの班にはいねえんだから」


「ハハ、そういえばそうですね」笑っていたラブローが真顔になって語り始めた。「僕がルールを守らんかったのがいけんのです」


「ルール?」


「先月、街で若い女が襲われる事件があったんです。衛兵による犯行でした。そんで僕が逮捕したんです」


「手柄じゃないか。何も悪いことはないだろ」


「でも、それじゃいかんのです」


「どういうことだ?」


「容疑者が軍関係者の場合、まず隊長に報告し、上の許可を取ってからでないと巡察隊は動けんのです。でも、そんなことしたら」


「揉み消される」


「そうです。実質なかったことにされてしまう。この街にはどんだけ泣き寝入りしちょん市民がおることか。だいたい、軍の内部でこっそりと処分が決まります。処分っち言うても、僻地の護衛に飛ばされる程度んことです。そんなん許されんち思います。泣きよる女の子の顔を見たら、黙っちゃおれんくて。僕がやらんかったら誰がやるんやって。まあ、そんなチンケな正義感を発揮してもうて。お恥ずかしい」


 ネイピアは合点がいった。ラブローも巡察隊の爪弾き者なのだ。それで、体良く自分と組まされたというわけだ。


「で、ブチ込んだ衛兵はどうなった?」


「入院しちょります。逮捕する時、僕がボッコボコにしたけん、ハハ。で、その件で衛兵側から巡察隊に苦情が入ったらしいです。そん時はメイレレス班長の下に付いちょったけん、メイレレス班長も叱責されたらしいです」


「で、メイレレスに目を付けられたと」


「そういうことです」


「バッジ、失くしたのか?」


「失くしちょりません。隠されただけです」


「子供のイジメじゃねえか。酷い目に遭ったな」


「いいえ。おかげで体力がつきました」


「ハハ、強がらなくていい」


「強がっちょるわけやないですよ。それに、僕の上官はもう班長ですけん。な〜んも心配しちょりません」


ラブローは人懐っこい笑顔でネイピアの目を見てきた。

ネイピアは、犬みたいなヤツだなと思った。

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