ヒーローは、引きこもり

松本タケル

第1話

「ご飯、置いておくわよ」

 ドアの向こうから母親の声がした。室内でスマホを操作していたヒロトは返事をしない。こんな状態が二カ月も続いていた。ヒロトは高校一年生。目下、引きこもり中だ。

 進学校に入学して、初めての中間テスト。その結果が帰ってきた日から登校していない。

 公立中学校に行っていたヒロトの成績はいつもトップクラス。誰も追い越すことができず、『神童』とあだ名がついていた。野球部に所属し、文武両道で成績を維持していた。そして、県内でトップクラスの進学校へ進んだ。

「テストなんて楽勝。まあ、進学校なので一位は難しいかもしれないけど十位以内は確実」

 そう言いふらしていた。高校に入って友人になったソラと中間テストの結果を見せ合うことにしていた。「せーの」で二人は見せ合った。周りには人だかりができていた。

「……嘘だろ」

 ヒロトは驚愕した。成績はビリから数えた方が早かった。対するソラは真ん中より少し上。

「何だよ。大した事ないなあ」

 ソラがつぶやいた。周りの女子の「ダサッ」という言葉が耳に突き刺さった。

 恥ずかしかった。ここは進学校。自分と同じような奴らが集まっていることに初めて気が付いた。いいや『同じような』ではない、自分よりもよく出来る連中があちこちにいるのだ。

 ソラにも、周りにいた女子にも悪気はない。ヒロトがあまりに高飛車だったので、つい言葉に出てしまっただけだ。その証拠に、結果を見せ合ったあともヒロトを無視するようなことはなく「買い食いして帰ろうぜ」などと無邪気に誘ってきた。

 しかし、ヒロトの心には「大した事ないなあ」という言葉が突き刺さって抜けなかった。築いてきたものがガラガラと崩れ落ちた。恥ずかしくて、カッコ悪くて、自分が情けなくなった。

 その翌日から、学校に行けなくなってしまった。


 何日も学校へ来ないヒロトを心配して、ソラを含め、クラスのみんながスマホにメッセージを送ってきた。ヒロトが返事を送ることはなかった。数日間、山のようにメッセージが届いた。返事をしないとそのうち、誰からも送られて来ることが無くなった。

 部屋にこもり、家族と食事をとらなくなった。母親が部屋の前に置いた食事を、母親が去ってから部屋に持ち込んで食べた。

 最初は「学校に行きなさい」と言っていた両親は、そのうち「無理に行かなくていいから、いじめとかあったなら言うのよ」と言い出した。その問いかけに答えずにいると、何も言われなくなった。ヒロトの友達はスマホと小さいテレビだけになった。


* * *


 昼間は部屋に閉じこもるヒロトは唯一、明け方に外出をする。誰もいない時間を見計らった朝の散歩だ。少しは太陽の光を浴びないといけないと思っていたからだ。

 夜明け前のまだ暗いうちに家を出る。近くにある小高い山に登って、夜明けを見てから家に戻る。散歩をする老人に会う程度で、知り合いに会うことは無い。だからその時間を狙っていた。

 一学期の終業式の前日、その日もヒロトは明け方に家を出た。両親は散歩のことに気付いていながら、顔を合わせないようにしているようだった。

――あれ? 流れ星。

 空に一筋の光がスーと走った。これから登る山の頂上付近に向かって消えた気がした。「学校へ行けますように」と願うほど、ヒロトの心は健全ではなかった。高校でも野球と勉強、うまくいけば恋愛も……と意気込んでいた入学当初のヒロトは消え去っていた。目的も自信も失い「全部、消えてしまえばいいのに」と思うようになっていた。


 その日はいつも歩く山道を外れて、流れ星が消えた方角へ進んだ。途中から草が茂った獣道になっていた。明け方の薄明かりを頼りに歩いた。

――おや?

 頂上の近く、木々が茂った向こうに人陰が見えた。こんな山奥で誰かに会うことはない。ヒロトは無意識に隠れて様子を伺った。

 若い男性が二人、話をしていた。そこで、ヒロトは聞いてはいけない話を聞いてしまう。

「さあ、届いたものを乗せるぞ」

 二人の視線の先にはピカピカ光る金属のブロックがアーチ状に積まれていた。高さは三メートルほどもある。アーチの最上部が欠けている。

 二人は茂みの奧へ消えていった。数分後、重たそうに金属のブロックを運んできた。一度、そのブロックを地面に下ろした二人は、アーチにハシゴを掛けた。それから、苦労してブロックを持ち上げ、アーチの上部に取り付けた。

「これで、ゲートは完成だな」

 二人は満足げだ。アーチ状のゲートを見上げながら二人はタバコを吸い始めた。気付かれるとまずいと思ったヒロトはその場を動けずにいた。

「明日、エネルギーコアが到着する。それを、ゲートに取り付けたら任務完了だな」

 先ほど取り付けたアーチの最上部には丸い窪みがある。二人の視線はそこに向いていた。

「長い道のりだったな。何年かかった?」

「母星を飛び立って一万年かけてこの星に到着。人間に化けて生活に馴染むまで十年てところだ」

「それにしても、俺たちが到着するのに一万年も掛かったのに、ゲートの部品は何でこんなに早く到着するんだ?」

「生き物は速く飛ばすと途中で死んでしまうんだとよ。部品は生物じゃないから高速で飛ばせるそうだ」

「明日、エネルギーコアを取り付けたら、ゲートと母星がつながる。そうすりゃ、俺たちは母星に帰れるし、向こうから兵隊が送り込める」

――へ、兵隊だと!!

 ヒロトは二人の会話の内容を頭の中で整理した。話を総合すると、彼らはどこかの星から来た宇宙人で、地球に兵隊を送るためのゲートを密かに組立てていた。『兵隊』が観光旅行にくるはずはない。考えられる目的は一つ『地球侵略』だ。

 二人の男性に視線を移したヒロトはその容姿に背筋が凍った。タバコをふかす口からトカゲのように長い舌がチョロチョロと出たり入ったりしている。さらに二人の瞳の黒目は縦に細長く、こちらもトカゲのようだ。

――気持ちが悪い! トカゲの宇宙人だ!

 しばらくゲートの前で会話をしていた二人は「また、明日な」と言い残して山を下りていった。彼らが去ったのを見計らい、ヒロトは茂みを出てゲートの前に立った。

「ここから、宇宙人の兵隊が……」

 警察か自衛隊、普通ならどこかに連絡をするところではあるがヒロトは違った。

――どうせ、オレには目的も何もないんだ。世界が破滅するところを見てやろう。

 翌日もここに来て一部始終を見届けることにした。

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