02.プロローグ そのに


 ……とぎれた。と、思ったんだけど。


「大丈夫かな? 聞こえているかい? 頭が痛んだり、体のどこかが動かないなんてことはないかな?」


 言われて体を確かめる。感覚はあるし手足も動く。痛いところだってないし、声もはっきり聞こえてる。


「ん? どうしたんだい、そんな顔をして。どこかおかしい部分でも?」


 そう。おかしいのは俺じゃあなくて。


「どなたか存じ上げませんけど、その、ちょっとめちゃくちゃ大きくないです?」


 目の前で話すこの人が、ハチャメチャに巨大な人物だからだ。


 正面に見えるのはかろうじて膝。体を反らし、思いっきり背伸びをして、ようやく顔がわかるレベル。平均身長かろうじてクリアの俺を基準に考えると、7、8メートルくらいはある計算になってしまうけど。


「そりゃ大きいよ、だって私は神様だからね」

「……なるほど」


 そんなふうに言われれば、そうと納得するしかない。大きさとはパワー、すなわち説得力である。


「正確には違うんだけど、君たちから見れば似たようなものだよ。それよりも、なにをどこまで覚えてる? 犬を助けに飛び出したのは? 信号無視かつスピード超過のトラックに跳ねられて15メートルくらい飛んだ感想は? 頭から落ちたときの音は聞こえた?」

「ちょっと記憶にないですね。それじゃあ、ここは死後の世界的な?」

「話が早くて助かるね! それじゃあ、私がなにを話すのかも見当がついているのかな」

「……地獄へようこそ、とか」

「自己評価が低いなあ。それとも、地獄に落ちるような覚えがあるのかい?」

「天国に行けるほどの善行を積んだ記憶もないので、消去法で」

「そうそう、そこがポイントなんだよ」


 大きな神様はそこでしゃがむと、俺に視線を合わせて、にっこり。端整な顔立ちに柔和な笑顔、ここに糸目がプラスされ、信用できない人のテンプレみたいになっているのがとっても怖いんですけども。


「君の魂の評価は完全にプラマイゼロ、天にも地にも行かせようがなくてね。とはいえそれは言い換えれば、規定のルート以外の場所にズラせるってことでもある。単刀直入に聞くけど、まったくの新天地に転生してやり直してみないかい?」

「新天地っていうのは、外国とか、そういう?」

「異世界とか、そういう」


 そこでもういちど、にっこり。ずん、と強まる表情の圧、最初の直感は大正解だ。


「私の観測している世界のひとつが、ちょっとだけ問題を抱えていてね。なに、別に魔王退治をしろとは言わないよ。穏やかに暮らしてもいいし、億万長者を目指してもいい。もちろんそれも自由だから、勇者を名乗って旅に出るのもいいけどね」

「それでいいんですか? 生き返らせる代わりにその問題を解決しろって、てっきりそういう話かと」

「正直なところ、人間ひとりの力でどうこうできるとは思っていないからね。ダメで元々、異分子を放り込んだ結果、いい影響があればよし。君としては気負わず……オープンワールドのゲームを楽しむ、そんな気持ちでいてくれればいいんじゃないかな」

「神様もやるんですね、オープンワールド」

「私はスタート直後にラスボスを倒しに行くプレイが好きだよ。ああそうそう、その世界で暮らすのに必要な、最低限のステータスは整えておいてあげるからね。言語なんかの問題は気にしなくても大丈夫だし、体だって五体満足。ついでと言ってはなんだけど、ちょっとしたボーナスも授けておいてあげようか」


 どうだい? と聞かれるものの、すぐに返事をできるわけがない。従うべきなんだろうけど、はいそうですねと即答できるほど肝が据わってもいないわけで。


 うーん、と迷っていることしばし。柔和な笑みを浮かべたまま、神様はまた口を開いて。


「突然のことに不安がるのもわかるよ。それならそうだね、とっておきの情報を教えよう。君の想い人……もとみやさくらさんは一足先に、向こうの世界に旅立ってるよ」

「……ッ!?」


 そうだ。そうだった。あの場には俺だけじゃなく、元宮もいたんだ!


「それじゃあ、あいつは、あいつも……!?」

「君と同じで、残念ながら。とはいえ彼女は生きようとする意思がとんでもなく強くてね。すごいよ彼女、私と交渉して、転生する権利を勝ち取ったんだから」

「ああ……すぐ泣くくせにものすごく頑固ですもんね、あいつ」

「そしてもうひとつ。これも君と同じでね、今の彼女は結婚どころか彼氏もなし、完全にフリーだ。そうとわかれば、思うところがあるだろう?」


 にっこり、を、にやり、に変えて、意地悪くこっちを見てくる神様。たぶん向こうは全知全能、俺の抱えたモヤモヤなんて、ぜんぶお見通しなんだろう。


「彼女を探して、想いを伝える。メインのミッションとしては、とてもわかりやすいんじゃないかな。オープンワールドと言った手前、彼女を見つけるヒントはちゃんと、いろんなところに残しておくよ。あとはそう……人との出会いは大切にね?」

「もういちど、会えるんですね」

「とはいえ向こうは、君の常識が通用しない世界でもある。乗り越えるには高い壁が、いくつもあるかもしれないけどね。さあ、どうする?」

「断れるはずないじゃないですか、そんなの」

「ようし、交渉成立だね! それじゃあ、善は急げだ!」


 そうして神様は立ち上がり、ぱん、と大きく手を叩く。その瞬間、視界が真っ白になるくらいの、強い光が広がって――


「せっかく掴んだ第二の人生……第二の命を無駄にしないように。そうそう、私の介入はここまでだから、助力なんかはできないからね。ここからは君自身の力で、頑張って」


 ふわりと浮かぶ不思議な感覚。その中で、神様の声だけを感じながら――


「仕込みは色々してあるからね! ニヤニヤ眺めていられるよう、なにが起こってもくじけずファイト!」

「最後の最後で本音が出てませんかねえ!!!!」


 こうして俺、琴吹銀一ことぶきぎんいちは第二の人生を歩むことになった。

 ……正確には、「人」生ではなかったんだけど。

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