第2話 失望


 公園へ着くと照司はすでにそこにいた。自慢のスナイパーライフル・マクミリーで空缶を狙っていたが雁斗の登場で集中を失い的を外す。


「じゃーん!!ついにゲットしたぜ!俺のX4A1!」


「おお!やったじゃないか!スゲー!かっこええ!」


 箱から取り出し各所部品をセットして準備完了したX4A1を抱くと、改めて目標を達成した充足感に満たされる。憧れていた通りだ。夢に見た通りだ。よろしく、相棒。心の中で呟いてみる。

 いよいよ初撃ちだ。遊び慣れた公園の片隅に密集する藪の手前に空缶を置き、5メートル程離れて狙いを定める。手に持ったサイズ感はちょうど良い。グリップの感触もしっくりくる。ようやく手中に収めた相棒のハンドガードに左手と期待を添え、力強く握った右手の人差し指にそっと力を込める。


 バスッ!


 小気味良い反動と共に弾が発射される。

 しかし発射されたBB弾は缶を大きく外れ藪の彼方へ。


「あれれっ」


「はははっ!こうやるんだよ!」


 照司は笑いながら慣れた手付きで自慢の愛銃を扱い、容易く空缶を撃ち抜く。


「くそー、もう一回!」


 雁斗が狙いを澄まして弾を放つが、またも外れる。


「少し調整が必要かもな。ちょっと貸してみ。」


 工具を取り出し雁斗の銃を調整する照司。しばらくの作業の末、手元に戻った銃を改めて的に向け発射する雁斗。


「おー、真っすぐ飛ぶようになった!」


 数発の後、ついに空缶を捉えた。


「当たった!うーん気持ちいいぃ!」


「いいね!よし、今度はもう少し離れて狙おうぜ!」


「よし!また当たった!」


 雁斗が何度目かの引き金を引いた刹那、空缶の裏の藪から一匹の猫が飛び出してきた。発射された弾がその猫の頭上ギリギリをかすめ飛ぶ。


「うわっ! あぶない!」


「あぶな!」


「ふあー、当たらなくて良かったぁ!」


「猫、気を付けろよー!」


「はははっ」


「ふぅー、じゃ次はこの距離でどっちが先に当てるか勝負だ!」


「今度はフルオートで撃つぞ!うわ!すげー気持ちいい!!」


 楽しい時間は瞬く間に過ぎていく。

 名残惜しみながらも、沈みゆく夕日を背に家路に着く二人だった。






 父の帰りが遅れるとのことで、先に夕食を取る母、雁斗、弓香の三人。テレビからは外国で起こった銃乱射事件に関するニュースが流れる。規制を求めるデモ隊の映像。銃の在り方について様々な見解を述べる専門家たち。特に耳には入っていない三人であったが、夕食を終えて程なく窓の外に父親の車が到着するのを確認した。

 とうとう手にした念願のトイガンを雁斗は父に見せたくてウズウズしていた。幼少の頃より、父から様々な銃の特徴や活躍について話を聞いた。どれもワクワクする話ばかりであったが、特にX4A1に興味を持ったのもその知識からだった。中学生になった雁斗がそれを欲しがっていることは父も承知していたが、買い与えられるよりも努力して手に入れた物の方が格別だということを伝えたかったし、雁斗も理解していた。


 きっと父さんも一緒になって夢中になっちゃうよ。くくく。


「ただいま。」


 心なしか普段よりも険悪な表情で帰宅する父。そうとは気付かず一同が応える。


「おかえりなさーい!」


待ってましたとばかりに雁斗は愛銃を抱え父親に駆け寄った。


「ねぇ父さん!見て!貯金したお金でついに買ったんだ!念願のアサルトライフル!」


 父の表情が更にこわばる。

 その玩具を手にする。


 声を荒げることを必死に抑えつつも力のこもった言葉で


「雁斗、こんなものは必要ない。危険なだけだ。明日店に返してきなさい。」


「え?」


全く予期していなかった想定外の反応に雁斗だけでなく母も姉も硬直する。


「なんで!?危なくなんてないよ。子供用にできてるんだ。人になんて向けないし。」


「ダメだ。」


「父さんだって好きでしょ?いつか一緒に遊ぼうって言ったじゃない!」


「ダメだ!」


「必死にお金を貯めて自分で買ったんだ!ルールを守って遊べば危なくなんてない!」


「ダメと言ったらダメだ!必ず明日店に返しに行きなさい!!」


「なんでだよ!!なんで!なんで!父さんのバカ!」


 大粒の涙を流しながら相棒を抱え自分の部屋に駆け込む雁斗。扉を閉める大きな音が響く。



「さー、あたしはヨガやって瞑想して寝まーす。」


 そそくさと部屋へ退散する弓香。残った母が心配そうに話しかける。明らかに普段と違う父親へ。


「どうしたの、あなた。あなたらしくないじゃない。あの子、やっとの思いで手に入れたってさっきまで大喜びだったのよ。」


 父、正人の職業は自衛官で中隊を率いる長である。

 正義感の強さから若くして自衛隊入隊を希望し、人々を守る使命を誇りに日々尽力している。


「あ、ああ…、そうだな。しかし…」


 そう言った父の額には冷や汗が滲み、顔は青ざめている。


「あなた、大丈夫?」


「実は…。今日、事故があってな…。誤射だ。隊員が空包と間違えて実弾を撃ってしまったんだ…。」


「・・・・」


「人に向けて撃ったわけじゃない。たまたま銃口の先に他の隊員がいたんだ。俺の部下が…。」


「!!」


「今、病院で手当てを受けているがまだ意識が戻らない。先生は今夜が山だと言っている。傍にいてやりたいがご家族も来ていたし、してやれることもなく戻ってきたのだが…。」


「そんなことが…。」





 雁斗はベッドの中で唇を噛みしめ泣いていた。

 どうして父さんはそんなこと言うんだ。父さんだって銃が好きだろ。僕にだって銃のこと色々と教えてくれたじゃないか。

 悔しい気持ちで止まらない涙を枕いっぱいに濡らしながら、小学生の頃に行った自衛隊のイベントでの出来事を思い出していた。


 唸りを上げて走行する戦車や装甲車、高射砲などの車両群。豪風を巻き起こし飛び立つヘリコプター。編隊を組み華麗な飛行を披露する戦闘機群。

 黒く鈍く光る得物を抱え、堂々と行進する父。

 その全てを、憧れの眼差しで見つめていた。


 装備品の展示場や模擬戦闘、音楽隊の演奏などひとしきり楽しんだ後、父が家族のもとへ駆けつける。


「パパ!かっこいい!すごいね!その銃。」


「これはな、89式と言って自衛隊で使われているライフルだ。銃とは戦闘に使用する危険なものでもあるが…。パパは、いや、自衛隊はこれを人を守るために使うんだ。雁斗も誰かを守ってあげられる強い人間になろうな。」


「うん!パパみたいに強い人になる!」


「そうだ、その調子だ!なんでもパパが教えてやるぞ!」



 なんだって教えてくれるって言ったじゃないか…。

 父さんと一緒に的当てしたかった…。

 銃のセッティングも教えて欲しかった…。

 やだよ。

 返したくない…。


 返したくない……。


 ………。


 泣き疲れて落ちるように眠りにつく雁斗。





 第2話 了


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