9話 紅との再会
「ここがニュクリテスなのか?」
「間違いないよ。正確には、かつてそう呼ばれていた地だけどね」
「なるほど……本当に何もないんだな」
目の前に広がるのは荒野。荒れ果てた大地。
生の営みや命の息吹を感じることは出来ない。
「吸血鬼の所業はあまりにも残虐だった。この地が忌み嫌われ、避けられるのも理解できるよ。面倒な「呪い」も残ってるみたいだしね」
「呪い?」
「草木1つない、生命を拒む不毛の大地。その原因は、滅びゆく吸血鬼がこの地に残した大規模な魔術と言われてるよ」
「だから呪い、か」
ここで生き物が生活できるとは思えない。空振りだったか?
「そろそろ教えてくれないかな。ここまで何を……誰を探しに来たんだい?」
「実はな……」
ホースとクリスティアーネが「前」で根深い因縁を抱えている可能性を考慮し、ここまで誰を探しているのか名言はしていなかった。
が、こうなれば致し方ない。彼にも話して、彼が知っている情報を聞き出すしかないだろう。
そう思って口を開きかけた。
瞬間。
「…っ!」
「これは……!」
俺とホースは、突如として足元に開いた、巨大な穴に飲み込まれた。
◇◇◇
一瞬で周囲が一変していた。
昼間だった景色は、暗黒に染まり。
荒野の中心には、漆黒の城が天高く聳えている。
秀吉もビックリの瞬間築城……ではないだろう。
これは、バルバルの魔法と似ている。俺は創り出された異界へと引き込まれたのだ。
思考の間もなく、瞬時に双剣を構える。
「ホース!どこだ、ホース!」
これが敵襲である可能性は高い。
全く何の準備もしていない状況での奇襲、ハッキリ言って最悪だ。
しかも、同時に飲み込まれたはずのホースの姿は周囲に見当たらない。
どうやら、既に分断されたようである。本当に不味い。
「…っ!」
背後に気配。
右手に構えた剣「人月」を突き出そうとし――
「魔王様に足を運ばせてしまうとは。臣下として、そして妻としてあるまじき失態。その剣にて貫かれよと申されるならば、喜んでお受けいたしますわ」
そこで三つ指をついて頭を下げている人物の姿を視界に収めた。
燃えるような真っ赤な髪が目に飛び込んでくる。
「ようこそ、魔王様。妾と魔王様だけの愛の巣、ニュクリテスへ」
何を隠そう、夫を出迎える時代劇の妻のような振る舞いをしていたのは、探していたクリスティアーネ・マラクス・ガーネットその人だった。
展開が急すぎて付いていけないけど……。
え?妻ってマジで?
◇◇◇
「妻?奥さん?ホントに?」
「はい。真実ですわ。妾と魔王様は情熱的な愛の契りを……」
「ばっちり嘘の色でーす。ありがとうございましたー」
「黙れ、教会の
嘘っぱちだったようである。よかった、15歳にして奥さん持ちとかにならなくて良かった。
ちなみに、ホースは真っ赤な鎖で雁字搦めにされている。
この異界に引きずり込まれる際に拘束されたらしい。いくらホースといえども、予期していない転移と不意打ちでは成すすべも無かったか。
……いや、あれは楽しんでるだけだな。
「魔王様。記憶の無い魔王様はご存じないかもしれませんが、この者は教会の手先です。早々に消しておくのが最善かと愚考いたします」
クリスティアーネが俺の判断を仰ぐまで手荒な真似はしないと見抜いたうえで、成り行きに身を任せているのだ。
恐らく、抜け出そうとすれば直ぐに抜け出せるのだろう。
「一応、そんなのでも今は大事な戦力なんだ。彼が異端審問官ということも理解した上で行動を共にしてる。解放してくれると助かる」
「……!そうでありましたか!ならば直ぐに解放いたしますわ」
「だから最初からそう言ってるじゃんかー」
「黙れ狗!」
ちなみに、クリスティアーネは俺が記憶無しということを知っているし、口調は普通のままで進めることにしたのだけど。
クリスティアーネの反応を見る限り問題は無かったようである。
むしろ。
「そんな口調の魔王様も新鮮で素敵です。共に学び舎に通っていれば斯様なやり取りをしていたのかもしれません。妄想が捗りますわ」
と、満足していただけたらしい。
というか、もう何でも良いんじゃないかな、この変態。
◇◇◇
「あのー、あからさま過ぎる待遇の違いにおじさんは戸惑いを隠せないよ?」
「黙れ、教会の狗。貴様はそれで十分だ」
「いや、これ拷問器具だよね?」
「嫌ならば床に座っているが良い」
クリスティアーネに案内されて、漆黒の城の一部屋へとやって来た。
彼女は直ぐに俺へフカフカのソファみたいな物を渡してくれたのだが。
ホースには座る部分にトゲトゲが乱立している椅子が手渡された。
「一応、現時点では仲間だから、ある程度の待遇にしてあげてもらえると……」
「はい!承知致しましたわ!」
「うわぁ、全然反応違うね。ま、仕方ないかもしれないけども……」
クリスティアーネは吸血鬼の末裔。唯一にして最後の吸血鬼とのことで。
そのため、かつて吸血鬼を滅ぼした教会には悪感情しかないようだ。
とにもかくにも、何とか無事に話し合うことが出来る状況に落ち着いた。
◇◇◇
「――というわけなんだけど。まず教えて欲しい。クリスティアーネは……」
「クリス」
「クリスティアーネはどんな過去の記憶を……」
「クリス」
「……クリスはどんな過去の記憶を持っているんだ?どうして「魔王」に憎悪を向けない?」
「事情は分かりましたわ。先ず、後者の質問からお答え致しますね」
ニコニコした笑顔で愛称呼びを強要された。
まぁ、呼んで減るものでも無いし構わないけれど…。
「前提として、妾にも魔王様を憎悪する記憶は発現しました」
どういうことだ?
彼女にも俺を最も憎む未来の記憶が流れ込んだ?
だというのに、こんな風に友好的に会話をしているのか?
「ですけど、不思議な事ではありませんわ。だって、「憎悪」も「愛」の一部で御座いましょう?」
「……え?」
……え?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます