第4話の2

 お昼に浅草仲見世通りのトンカツ屋に行ってみた。中居さんはすぐに分かった。探偵と名乗り金谷登美子のことを聞くと、厨房を気にしながらも話してくれた。友達と聞いていたが、単にこの店の客だった。週に2、3回も来ていたので、親しくなったが店以外では会ったことはないという。親が美術館をやっていることすら知らなかったようだ。店は午後9時までだが、後片付けして帰るのは10時半にはなると店主も言っていた。それで食べることに集中することにした。

 一口かじるとトンカツが厚くて柔らかくて、ジューシーで脂がしつこくない。旨い、おまけにでかいときている流石に有名店だと感心して、バクバク食って事務所に戻った。


 夕方5時半に丘頭桃子警部が手土産を持ってきた。今日は仲見世通りの喜久屋の大福を、ぶらぶらさせて「こんばんわ〜」と入ってくる。

全員、わっと大福に集まる。我ながら卑しい。かぶりつきながら「美術館の写真は何か事件と関わり有るのか?」

「何で?何かあったのかしら?」

「いや、一助の親が亡くなった時と同じ構図の写真だって大騒ぎしたからさ」

「いや、そういう話は聞かないし、どっかからも通報もないわよ」

「そやかて、一助、尋常やおまへんでしたで?なあ一助」

「うん、親の時と同じだ。あれ死んだ人間を写したんじゃないのか?」

「まあ、警部のとこに通報ないのは、犯罪だと確定してないから。その写真を見た誰かが、うちの娘だとか言い出したら、事件っぽくなるけど、今のところそれもないからなあ」

「私も、写真を見たわけじゃいから何とも言えないけど、そんなに怪しげな写真なの?」

「らしい。そうだ、俺と一助と美術館に行くから、一緒に行くか?警察じゃなくて、岡引一族として」

「あら、行くなら折角だもん、行くわ」

「せやな、うちらも行きまひょか?」

「おいおい、全員で行くのか?」

「いいやおまへんか」

「じゃ、警部、行くか?」一心は腰を上げる。

「えっ、今?」

「相手には今夜と言っただけで時間はいつでも良いんだ」

「そう、じゃ行こうか」

それから、ぞろぞろ6名で浅草民営美術館へ向かった。歩いて15分もあれば着く。


 立派な門構えの美術館だ。街灯があちこちに点いている。言われたように建物の横を歩いてゆくと、風除室のある玄関にたどり着いた。

 インターホンで岡引と名乗ると、70近いだろう爺さんが出てきて、どうぞ、と案内してくれた。掛けてちょっと待っててねえ。と言って館内電話を掛ける。

 テレビのコマーシャルが終わる前に、館長の金谷さんが顔を出した。

こっちです、と案内をしてくれる。守衛さんに頭を下げて館長に付いて行く。

守衛室のドアを出て、左へ真っ直ぐ、突き当たりの左手が写真の展示室になっている。一人に対して6枚の写真を、そして人単位に少し間をあけて展示されている。

 美紗が動画でずっと撮り続け、数馬は一つひとつ写真に収めている。

 確かに、尋常の顔ではない。多少ぼかしてあるようだが、驚き、恐怖といったモノが滲んでいる作品だ。動きも本当に水に放り込まれた様な手足の動き、フレアスカートは大きく広がって細かな生地の柔らかさや動きは本物としか思えない。

「館長、どうやって撮ったんでしょうね?」

「私にもわからないんですよ。匿名の写真家で、実際に会った訳ではなく、郵送だったのでねえ」

「どう見ても、同じ瞬間を同じタイミングで撮った物ですよね」

「ええ、私にもそう見えます」

「私、髪の毛一本ブレてないの変だと思う。シャッタースピードを速くしたら、暗くなるから照明を点けるよね、上下左右に前後からも撮ってるのに、照明は使ってないみたい。水槽の中で撮ったらフラッシュ焚かない?そしたら反対側からも撮ってるんだから、光源、少なくとも強く照らされている状態が写真に出るはずよ。館長さんどう思われます?」

確かに、美紗の言うように、室内なら照明かフラッシュが必要だろうし、屋外なら自然光が感じられる筈だ。が、それも無い。

「岡引さん、なかなか鋭いですねえ。6方向から同時に撮ったら光源がどこかにでるはずですね」

「美紗、どうやったらこう言うふうに撮れると思う?」

「分かんないけど、被写体に水中で止まっててもらえばだけど、泡に待ってて言っても泡は聞いてくれない・・」

「美紗、撮影は終わったな?」

「うん、ばっちりよ」

「じゃ、あまり長居しても申し訳ないから、引くぞ」

館長に辞去して事務所に戻った。

帰り道、皆で首を捻りながら、ぶつぶつ言って歩いているので、すれ違う人が不思議な表情を浮かべていた。

 

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