のんびり異世界漫遊記

尋道あさな

暮らしづくり編

第1話


 10代の頃に読んだ、ファンタジー小説を思い出す。


 主人公の女の子は、いつも通りの一日を過ごしたあとベッドに入り、明日の学校のことを考えながら自然に眠りについた。


 けれど、起きたらそこは森の中で、不安なまま歩いて進む。


 狼だったり、騎士だったり、そういった少し不思議な存在と知り合って、どんどん仲間を増やしていった。


「目が覚めたらここにいたの」という主人公の話を聞いて、騎士は「そりゃあ大変だったな」といって、普通に受け入れる。

 狼もまるでペットのように、主人公に懐いていた。


 次々と出会う、お姫さまやら王子さま。

 魔法使いや魔女、たくさんの仲間たち。


 仲間たちは危険なものが現れると、怖がる彼女を一生懸命に守った。

 彼女も旅を続けていくうちにだんだんと強くなっていく。


 悪い魔女を倒せば元の世界に帰れるという情報を手に入れて、最後には世界の謎のようなものを解いた。

 仲間と涙ながらにお別れの挨拶をしたあと、彼女は自分の世界に戻った。


 目が覚めたら主人公は自分の部屋のベッド上にいて、冒険している間ずっと恋しかった家族の顔を見て安心して涙する。


 そして、大冒険の日々がたった一晩のことであったと知る。


 はらはらする場面や感動する場面も多く、大人になった今もたまに思い出す。


 ふと、読み返したくなって、今までも何度か探そうとした。

 けれど、タイトルも作者も、登場人物の名前すら覚えていなくて、手掛かりがなんとなくのストーリーしかなかった為に、探すのをいつも途中で諦めていた。


 どうにかしてでも読みたい、というほどの熱量はなく、まぁ、いっかと軽く流してしまったのである。


 思い出すたびに読みたいなぁと思うくせに、探そうとすると毎回面倒になって後回しにし続けた。


 けれど、今になって思う。

 うわぁ、探して読んでおけば良かったなぁ、と。


 なんか参考になったかもしれないなぁ、とか思ったりして。


 さてさて、目が覚めたら森の中にいた。


 ここがどこなのかさっぱり分からないが、一つだけ言えることは、日本でも地球でもないと言うことだ。


 だって、目の前でキノコが会話をしている。

 ピンクのかさを持つキノコと薄むらさきのかさを持つキノコが、並んでこちらを見つめている。


「なんかいるね」

「なんかいるよ」

「ねてたね」

「ねてたよ」

「こっちみてるね」

「こっちみてるよ」


 すごい。言葉を話している。

 明らかにおかしい。

 機械にも見えないし、まるで動物のようだけれど、形はキノコだ。エリンギに近いと思う。


「たべれるの?」

「たべれるか?」


 しかもどうやら、こちらを食べようとしているらしい。


 現実逃避のようにぼんやり空を見て、ああ〜夢だったら良いのにな〜と思う。


 きつく握りしめた手のひらが痛い。

 感じた痛みに苦笑いしてしまった。夢じゃないよなぁ。


「すみません、順番を間違えました」


 こたらを見つめるキノコを遮るように、真っ白な髪の男の人が現れた。


 そっと私の頭に優しく手を置く。


 その瞬間、世界が変わる。

 瞬きもしていないのに。


 私の頭にその人の手が触れた瞬間に、急に景色が何もない白の背景に変わった。


 まるで雲の中にいるみたいだ。

 だけど、床の固い感触がある。


「えーっと、順番って言いました?」

「そうです。順番を間違えました。先に説明してから新しい世界に送り出す予定でした。こちらに手違いがありまして……」


 男性は困った顔をしている。

 が、こちらも困った顔をする。


「ええ……全然意味が分からない……」


 というか、男性であってる?

 えらく神秘的なお顔で性別が分からない。


「本当に申し訳ありません。新体制に変えてからまだ慣れていないものも多く、ミスをした者は反省させております。引き継いで担当を変わりましたので、どうかご安心ください。大変ご迷惑お掛けしました」


 すごい謝る。

 そこを責めている訳ではないので、慌てて否定した。


「いえ、そういうことじゃなくて。あー、今のその説明もちょっと分からないけど、なんで森にいたのか意味が分からないってことでした。すみません、なんか」


 しどろもどろ、というのはこういうときに使う言葉だろうか。

 焦って変なことを言っているかもしれない。

 目の前の人は私の言葉を遮ることもなく聞いて、静かに頷いた。


「はい、そのあたりも含めて、これからご説明させていただきます」


 真っ白な髪の人は外国人っぽい顔をしていて、体の周りがちょっと発光している。

 海外にあるらしい聖歌隊にいそうな子供がそのまま大人になりました、みたいな綺麗な顔だ。

 全身脱毛してそう。


 丁寧に礼儀正しく話してくれているけれど、喋っている言葉が日本語ではないことに気付いて、口の動きがめちゃめちゃ気持ち悪いな、と思った。


 唇の動きと聞こえてくる言葉が一緒じゃなく、話しているのは恐らく日本語ではないのに、聞こえてくるのは日本語だ。


「まず、お名前は斉藤愛(さいとうあい)さん、ご年齢は26歳、お住まいは神奈川県でお間違いないでしょうか?」

「お間違いないですが……」


 なんで知っているんだろう。


「あなたは精神的に強く、ストレスを感じにくいところがあり、それにより別の世界でも生きていけるということで、異世界転移の対象者に選ばれました。斉藤愛さんには本日より、別の世界で生活していただきます」

「…………なんで?」


 発光しているし、不思議な人だなぁと思いながらも、これから説明させていただきますと言われたので、おとなしく話を聞いていた。


 けれども、思ってもいなかった方向に話が進み、当然のように決定を告げるので、なかなか頭が追いつかない。


 先ほど、森の中で目が覚めたときに思い出した本の内容はこういう感じではなかったのに。


 どうなっているんだろう。めちゃくちゃ業務連絡をしています、みたいな空気を感じるんだけれど。


 なんとなく、上司に注意されているような気分になり、挙動不審な動きをしてしまう。


 いまだ立ち上がっておらず、ずっと地べたに座ったままだ。


 回答待ち?私の回答待ち時間なの?


「あの、普通に嫌なんですけど、これって断れます?」


 決定したように話されたが、こちらに拒否権はないのだろうか。

 生活していただきます、はいそうですかと言うには不思議なことが多過ぎる。


「すみません、このお話は断れません。既に決まってしまいましたので……」


 あー、そうなんだ。


「うーん……どうしよう、まずなんだ、家族?親にはどう説明されます?会社は?」

「斉藤さんが居なくなったあとのことですが、いわゆる神隠しという現象が起きたという扱いになります。他の方から見たら斉藤愛さんは現在行方不明ということですね」


 行方不明。本物の神隠しかぁ。


「うわー……神隠しですか。じゃあ、あなたは神様ってことですか?」

「一応その認識で大丈夫です。私以外にも数多おられますが、私も神という立ち位置の枠の中に入りますので」

「そうなんですか。神隠しって本当に神に隠されているんですね……いや、そういうことじゃなくて」


 なんだっけ。なにを考えたら良いんだ。


「えー……貯金も無駄だったってこと?違うか、いま考えるのはそういうことじゃないか……」


 驚き過ぎて頭の中が忙しい。

 そっかぁ、神隠しか。


「こういったことは物語などでご存じではありませんか?」


 不思議そうに問われたので、思わず神様を見上げる。

 きょとんとした顔に、こちらもたぶん同じ顔をして首をかしげた。


「物語?それは、どういう?」

「昨今の流行りでは、世界渡りはこのような形を取るとスムーズに手続きが行えると調査の結果が出ておりまして、それにより今の新体制になったのです。ですが、斉藤さんはこういった展開について、あまり覚えがなさそうでしたので」

「こういった展開って?」

「どこかしらの空間に呼び、神が現れ、異世界行きの説明を行い、ご希望があればお聞きするという展開です」


 なんの話だろう、と思いそうになって、気が付く。

 いや、流行ってるわ。

 めちゃくちゃ流行ってるはず。

 ライトノベルでもアニメでも異世界に行く話が最近はやたら多いなと思っていた。

 まさか、神側が時代に合わせているだなんて思いもしなかったので、流行りを思い出してああ〜と変な声が出た。結び付かなかったよ、それは。


「神様側が寄せに行ってるんですか?流行りに?」

「その方が話が早く済みますので」


 愛想よくこっくり頷いてくれる。

 そうなんだ、寄せに行ってるんだね。


「よくある質問からいくつか選んで、先にご説明させていただきます。まず異世界に行っていただく理由ですが、この世界に魂が多過ぎるから、ということになります」

「魂が多過ぎる……」

「はい。霊的なものも含めてとにかく数が多いです。消滅させてしまいたい所なのですが、魂の消滅というものはなかなか行うことができません。産まれ続ける一方です」

「あれ?でも少子化が問題とかなんとか」

「統計を取り始めた頃から今とを比べると、ということですね。世界規模で考えると、困るほどに増え過ぎています」

「困るほどに増え過ぎた……」

「死亡すると魂は循環して、また新しく産まれます。それとは別にまっさらな状態から新しく産まれる魂もあります。ですから、ずっと増え続けてしまって世界がみちみちになっている、というのが現状です。霊的なものは循環の許可の順番待ちをしている魂ですね」


 みちみち……。みちみちって言ったな……。


「幽霊って順番待ちの魂だったんですね」

「ええ、そうです。それで、増え過ぎたので減らしたいのですが、先ほどお伝えした通り魂は消滅させることが簡単にはできません。そういうわけで、魂の数がまだ少ない別の世界に行っていただきたいということです。その先で死亡してもその世界の中で循環致しますので、こちらには戻ってこないと言うことになります」

「なるほど」

「そして、別の世界にはそちらの神が存在しております。それぞれの世界の神には受け入れに対しての条件があり、条件と一致する魂でなければ受け入れてもらえません」

「その条件が精神的に強いという部分でしょうか」

「おっしゃるとおりです。斉藤愛さんは今現在、あちらの神の条件にぴったり合う精神的な強さをお持ちです。そして、世界は数多く存在しておりますので、同時に同じ世界から向かう魂はありません」


 そんなに精神的に強いという自覚はないけれど、神様が当然のように言うので、まぁ基準値に達しているんだろうな。


 それにしても異世界。

 既に行くことが決まっていて、死んだらその世界でまた産まれる。

 日本にも地球にも戻ってくることはない。


 そんなことがあるんだな、と他人ことみたいに思った。


「わたし、たまに思うんですよね。テレビとかで、遠くの国の文化とか見ると、そこに産まれていたらこういう生活してたんだな〜とか」

「はい」

「手でカレー食べたり、頭にカゴ乗っけて買い物したり、日本で産まれて育ったから馴染みがないけど……別の国に産まれていたらその国の文化に染まって生きているんだろうなとか」

「そうかもしれません」

「それで、次に生まれ変わるとき、人間じゃない可能性だってあるんだよな、とか、蝉だったらちょっとしか生きられないな、とか」

「ええ」

「そういうこと、たまーに暇なときに想像して、まさかこういうことが起きるとは思ってもみなかったけど、そんなことあるんだーってなんか」


 ぽつぽつ話して、ハッとする。

 相槌がサラッとあったから、つい。

 そういえばこの人は神様だった。

 私の友達でも家族でもない、お仕事中の神様だ。


 いつもみたいにぼやっと思ったことをそのまま口から垂れ流してしまったので、こいつはなにが言いたいんだと思われたかもしれない。


 雑談しちゃって失礼だったかな。なんか笑ってくれているけれども。


 気を取り直して、神様を見上げる。


「とりあえず、私はもう元の生活には戻れなくて、今からみんなに別れの挨拶などは出来なくて、違う世界に行くことが決まっていて、その世界で死んで、また産まれるってことですよね」

「はい、そうなります」

「分かりました」


 嫌だとか帰りたいとかはたぶん言っても通らない感じだよね。

 新しい世界は、さっき一瞬だけ行ったあの世界なんだろう。

 キノコが喋る、ちょっと不思議な世界。


「ここまでのお話で質問などはありますか?」

「特にありません。まだ何かあるんですか?」

「もしや、斉藤愛さんは流行りに興味がおありではない?」


 ええ〜急にディスられたよ。

 けれども、別に意地悪な顔もあきれた顔もしていない。むしろ微笑ましいと思っているような、優しい顔をしている。


「新しい世界で難なく生活できるように、特別な力をお渡しするという流れがあります」

「き、聞いたことある……!」

「もう何度も魂を送り出していますが、最近は説明する前に求める方が多かったんですよ。なにかご希望はありますか?」

「うわぁ、難しいことを言いますね、どんなのがおすすめですか?」

「おすすめ……そうですね、不老不死など」


 急に怖い単語が出てきたな。


「魂を循環させなくていいんですか?」

「はい、特にそういった決まりことはありません」


 そうか。確かにそういう話はして無かった。


 この世界には魂が多いからとにかく追い出したくて、別の世界ではその世界の神が条件に合う魂なら受け入れてやってもいいよーというだけで、行ったあとにどうしろこうしろという話は確かに出てきていない。

 となれば、確認しなくてはならないこともいくつか思いつく。


「すみません、確認しても良いですか?」

「どうぞ」

「私がこれから行く世界では、こういうことはしちゃいけないとかこうしてほしいとか、そういう神様からの条件がありますか?」

「あちらの神は働くことがあまり好きではなく、できる限り楽をしたいというような意志があるようです」


 楽をしたい神様なんだね。


「そのため、いちいち許可を出さなくてはならない作業のひとつ、これが魂の循環ですが、その作業のペースを遅らせたい、つまり、すぐに死ぬ者よりも長く生きる者の方が良いという考えです。そのために精神的に強い魂なら、と条件をつけています」

「なるほど……」

「肉体的な部分に関しては、この世界では上限がそもそも低いので、条件から外して下さったようです。あちらの世界に行けば魂にあちらのルールが適用されるので、肉体的な強さも簡単に手に入れることが可能です」

「上限が低いっていうのは……ええと、私の住んでいた世界は肉体の強さに打ち止めがあったんですね?」

「この世界の人間は道徳的な部分を重要視するので、そうですね」

「なるほど?」


 よく分からないけれど、あまり触れないほうが精神的には良さそうだ。


 これから行く先の神様は、なるべく循環作業を減らして楽をしたいから死なずに長生きしてね、という方針。

 その世界に行けば魂がその世界のルールに合わせたものになるよ、なんかすごい肉体的にも強くなれるよ、ということだ。


「ほかに確認したいことはありますか?」

「えーっと、行く先の世界の詳しいことって聞いても良いですか?」


 よくぞ聞いてくれました、みたいな顔をしている。

 初めて嬉しそうな顔を見せたかもしれない。

 どうやらいまの質問は、流行りに乗っかることができたらしい。


「斉藤愛さんがこれから向かう世界は、長生きしてほしい神が作った世界です。ですので、こちらよりは長生きしやすい作りになっていると思います。日本と比べると便利さ等で物足りない部分があるかもしれませんが、科学の代わりに魔法があります。スキルも存在しますので、使い方次第ではこちらよりずっと自由にさまざまなものを生み出せると思います。魔法は精神力が強いものほど安定して使えますので、斉藤愛さんは優秀な魔法使いにすぐなれるはずです」

「私は魔法使いになったほうが良いんですか?」

「なりたくないんですか?」

「そういう訳ではないですけど」


 またしてもきょとんとする神様に苦笑いしてしまった。

 とりあえず魔法使いに向いている、と心にメモする。


「それじゃあ、与えて頂けるという特別な力は、魔法の何かにしたほうが良さそうですね」

「いえ、それはもったいないかもしれません。魔法はすぐに覚えられます。斉藤愛さんなら大丈夫です。他のものがおすすめです」

「不老不死ですか?」


 笑って言うと、神様もちょっと笑った。


「斉藤愛さん、これは絶対にほしい!みたいな力はありませんか?」

「全然想像がつかなくて……何が必要で、どんな生活をするのかっていうのが分からないから、これって言えないんですよね」


 魔法があって、強くなれる、長生きしやすい世界。

 どんなところだろう。

 喋るキノコがいるのは知っている。


「分かりました。それではおまかせでも構いませんか?」

「神様におまかせしたら良いの選んでくれそうですね」

「期待に応えられるよう最大限手を尽くしますよ」

「じゃあ、お願いします」


 不老不死が選ばれるのかな。

 選ばれてもまぁいいか。


 老いず死なず生きる女を想像したらちょっと面白そうなので、もしそれが選ばれたとしたら、知る人ぞ知る森の魔女みたいにひっそり暮らすのも良いかもしれない。


「それでは説明が終わりましたので、そろそろあちらへと送ります。順番を間違えてしまって、本当に申し訳ありませんでした」

「大丈夫ですよ、怪我も特に何もなかったですし」

「あなたのような善良な人がこの世界から居なくなること、本当に悔やまれます」

「いえ、そんなそんな」

「久しぶりに不愉快にならず、穏やかに送り出すことができました。……生まれ変わって蝉になっても、蝉だからちょっとしか生きられないな、なんて考えられるあなたのことを──わたしは、とても好ましく思うよ」


 眩し過ぎて、熱いような痛いような光の中で、神様は可笑しそうにそう言って、すぐに見えなくなった。


 正しくは私が消えたのだろう。


 久しぶりに不愉快にならず、って言っていたな。

 最近の神隠しの被害者はみんな神様に態度が悪かったのかな。

 でもちょっとやそっと態度が悪いくらいじゃ怒らなさそうな気がするけどなぁ。

 私のどうでもいい話をちゃんと聞いてくれるような神様だから。


 こっちの世界には、蝉という生き物は存在しているんだろうか。

 どうなんだろうな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る