第23話【グチャグチャにしてやる】

「いいかい? 今年の橘祭は9月の24日と25日の2日に渡って開催される。土日でやるから一般での来訪客も沢山来るのさ。この2日でなにを競うかというとだね、分かりやすいように要約しようか。橘祭は詰まるところ、一番利益を出したクラスが最優秀賞を貰えるのさ」


前田が雄弁に語る。しかし聞くに、この文化祭はただ協力してクラスの絆を深めるだけではないようだ。目に見える数字で、しっかりと優劣がつく。事前準備や商才が、露骨に反映されるということだ。


「へえ、興味深いな。続きを聞こう」

「僕の紡ぐ美麗な言葉に思わず引き込まれるだろう? 財津くんやはり君とは仲良く……」

「いいから続けろ」


いつも通りピシャリと抑え込まれてしまった前田だが、凹むことのない強靭なメンタルで、何事もなかったかのように話し始めた。


「1日目はクラス対抗。店の種類に決まりはないが、基本は飲食関係の出店が多いね。簡単な話さ、仕入れに対してどれだけ純利益を生むことができるか。勝負を決するポイントはそれのみ。努力賞なんてものは存在しないのさ」


「その方が分かりやすくて良い。で、2日目はなにをする?」


「2日目は僕らが楽しむ側さ。出店するのは部活動の生徒達なんだけど、これがまた面白くてね。彼らは料理を提供するんじゃないんだよ。例えば……」


前田が例えを考えていると、横でつまらなそうにしていた蓮花が口を出してきた。


「例えばバスケ部のブースなら、300円でスリーポイントシュートに挑戦するようなブースがあるわ。決まったら1000円に、外したら0円。こんな具合で部活やら有志が沢山のブースを作ってるわ」


「さっ、流石は涌井さん!僕の完璧と思われた説明に的確なフォロー!」


「アンタがもたもたしてるから、じれったくなっただけよ。まあバスケ部の生徒がバスケ部のブースに挑戦したりとか、挑戦者と同じクラスの生徒が対応するのは八百長対策で禁止されているとか……細かいルールは規約でも読んで覚えときなさい」


蓮花は早口で捲し立てると、興味なさげに溜め息を吐いた。頭の後ろで手を組んで豪快にもたれかかっているが、なんだかんだ文化祭に詳しいあたり楽しみにしているのは間違いない。


(ところで……なんだか凄い視線を感じるな。多分、杉本の奴だ。そういえば挨拶もなかったし、どこかよそよそしいというか。期末テストで仲を深めたと思ったが、気のせいだったか?)


総一郎の読み通り、瑞樹はことあるごとに彼を目で追っていた。その癖、総一郎と目が合いそうになると、サッと目を逸らす。そして赤らめた頬を誰にもバレないように袖で隠している。かなり奇怪だ。


(ええ~!私いったいどうしちゃったんだ。財津くんを見るだけでドキドキするように……ってバカ!彼はキング様じゃないってあれだけ言い聞かせたのに)


会話の輪の中に入れない瑞樹をよそに、前田たちの話はさらに続く。


「で、2日間終わった後に1日目の純利益+クラス全員の持っているお金を全て足し合わせて、最も高額なクラスが最優秀賞って訳さ。1日目の朝に生徒1人ずつに1000円分支給されるんだ。それを使うも、大切に置いとくも戦略という訳だね」


「ほう、1人1000円支給かよ。なかなか太っ腹な学校だな」


「本物のお金を使う訳じゃないわよ。この2日間は限定の通貨『バナー』を使うの。まあ1円=1バナーだから価値的には変わらないわ。外部からの来訪者もバナーに換金してから文化祭を巡るしね」


「なるほど。結構凝ってるんだな。で、最優秀賞のクラスにはなにがあるんだ?」


「まず上位3組は手持ちのバナーを円に換金し、それを山分けできる点が大きいと考えられるだろうね。原材料費などを学校側が負担してくれるから、ノーリスクで結構な額を稼ぐことができちゃうのさ。それに……」


「それに、なんだ?」


「単位が出る」


前田が小さい声で囁くと、きょとんとした総一郎の表情を見てケタケタと笑った。

一瞬冗談かと思ったが、周りの反応を見るにどうやら本当らしい。


(なるほど……どうりでこの女が文化祭なんて行事に張り切るハズだぜ。しかし俺だってそうと決まれば話は別だ。いつ配信の関係で学校を休まなくちゃいけないか分からないからな。願ってもない!)




総一郎は屋上にいた。

学校にいるときに配信関係の話で大人から電話がかかってきた時は、決まってトイレか屋上だ。今日もクラスメイトには適当に言い訳をして抜け出してきた。


「分かりました。じゃあ次のコラボは、はい。はい。大会のメンバーもそれで問題ないです。はい、よろしくお願いします」


通話中の総一郎には、近づいてくるヒールの音に気が付かなかった。いつもならもっと注意深く気を配るのだが、休みの日ということもあってか気が緩んでいた。


非常階段の重いドアがガタンッと音を立てて開く。そこでようやく総一郎は、屋上に誰かが入ってきたことに気がついて振り向いた。


目の前に立っているのは、黒いスーツを着た女性。年齢は30歳前後、黒みがかった茶髪を後ろで縛り、知的な楕円形の細いメガネが特徴的だ。

総一郎はその顔に見覚えはなかったが、教師だということはひと目で分かった。

橘高校で自分が配信者であることを知っているのは校長のみ。本来は、スマホの使用も教師にバレれば厳しく咎められる。


「君、屋上で電話なんて随分と良いご身分ねぇ。それ、校則違反なんだけど?」


女は指で耳元を差したが、既に総一郎は通話を切ってポケットにスマホをしまっていた。厄介なことになったと舌打ちをする総一郎。女教師と思しき人物は、ズカズカと彼の前に迫ってくる。


「それ、出しなさい」

「やだなあ、なにも持ってませんって。勘違いだと思いますよ」


総一郎が笑ってシラを切ろうとしたところ、女の口調が急に荒くなった。


「このガキィ!教師を舐めるんじゃないよ」


女は顔を般若のように豹変させると、総一郎のシャツの襟首を掴んで捩じり上げた。

総一郎は迫力に一瞬たじろいだが、それでも動じない。


「……唐突にキレるのやめてくれよ、母親を思い出して不愉快だ」

「キレたくもなるわよ。あのクソ校長め……アタシの教育方針に口出しばかりしやがって」

「それを生徒に八つ当たりしてるようじゃ、終わりだな」


総一郎が冷笑すると、女が襟を持つ方と逆の手を顎で示した。


「アンタ、橘高校は禁煙のハズだぜ?ルールは守れよ」


女が手に握っているのはタバコの箱とライター。

一気に劣勢に立たされた女は、襟を掴む手に更に力が入る。


「あんたじゃない……皆藤 京子って名前があんのよアタシには。ここまでムカつく生徒は初めてだわ、このクソガキが」


「そりゃどうも。ところで、そろそろ離してもらっていいか?俺は鎖骨に自信がある訳じゃなくてね」


総一郎の挑発に顔を茹蛸のようにしながら、ギリギリと歯ぎしりを繰り返す皆藤。平手打ちが出そうになったが、すんでのところで我に返り、投げ捨てるように襟から手を放す。


「顔は覚えたわ。その憎たらしい顔」

「あ、そう。もう行っていいか?アンタの憂さ晴らしに付き合うほど、俺も暇じゃないんだよ」


全く取り合わない様子の総一郎。このあくまで小馬鹿にしたような態度が、完全に皆藤の沸点を上回った。

総一郎が彼女の横を通り過ぎる際に、ドスの利いた声で耳元に囁く。


「アタシに楯突いたこと後悔するがいいわ。お前の青春、グチャグチャにしてやる」


「先生、人の振り見て我が振り直せって諺があるんだけど。知らないなら覚えておいた方がいいぜ、結構有名だと思うし」


リスナーや仲の良い他の配信者との煽り合いや掛け合いで培われた力が、ここにきて火が吹いた。最後の最後まで切れ味の鋭い言葉で皆藤のペースを作らせず、一方的に総一郎は勝ち逃げのような形となった。


非常ドアの閉まる音。無様に立ち尽くす皆藤。

ストレス発散に屋上まで来たはずが、あまりにも惨めな気持ちになった。


「クソォッ!あのガキ!」


喉をがならせて獣のように叫ぶと、彼女は思い切り腕を振り下ろしてライターを叩きつけた。ピンク色の破片が舞い、オイルが飛び散る。

唇を噛み締めながら、彼女は屋上の柵を何度も蹴り続けるのだった。







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