第18戦【ふたつの波】

涌井家の夕食。

東京には珍しい広大な敷地に建てられた、屋敷ともいえる家。内装も外観に見劣りせず、いかにも良家という感じの家具が揃っている。アンティーク調の家具を3人で囲みながら、桶に並べられた寿司を口に運ぶ。


「蓮花、なかなか家に顔を出せなくてすまないな」


髪型からスーツからバチッと決めた、いかにも仕事ができる男性という雰囲気を醸し出しているのが蓮花の父親だ。企業の取締役として仕事に明け暮れ、なかなか家庭に帰ることができない日々を送っている。


「別にいいわよ、仕事忙しいんでしょ?」

「物分かりがよくて助かる。そうだ、詫びと言ってはなんだがな……」


父親はそう言うと席を立ちあがり、封筒を手に握って帰ってきた。


「ペアチケットだ。友達とでも行ってきなさい」


(男女のペアでしか入場できないチケット……誰と行けっていうのよ)


差し出された封筒の中身を確認すると、東京にある日本最大級の遊園地へのペアチケットが入っていた。だが、彼女には2人で遊園地に遊びに行くような友人など、咄嗟には思いつかなかった。


「蓮花ちゃん、お父さんを困らせるんじゃないわよ。蓮花ちゃんが使わないなら、アタシが楽しんできちゃおうかしら?」

「別に良いけど」

「え~嬉しい~!じゃあ遠慮なく」


そう言って蓮花の手から封筒をひったくったところで、父親から低くドスの利いた声で制止がかかった。



「やめないか、娘の前でみっともない。僕は蓮花にと言ったんだ」


表情こそ乏しいが、父親の眼は明らかに笑っていなかった。長年の付き合いからか察したのか、母親はバツが悪そうな顔で封筒を蓮花に突き返した。


「蓮花、高校にはちゃんと通えているのか?前は休みがちだと聞いていたが」

「安心して。最近はちゃんと毎日行ってるわ」

「そうか、なら良かった」


短い親子の会話を交わすと、またすぐに父の社用携帯が鳴り響いた。休みでも家でも関係ない。結局、父親は家庭にいるときでさえ仕事を優先している。蓮花はそんな父親も、娘にはまるで無関心で、親の歳になってなお自分のことばかり考えている幼い母親のことも嫌いだった。


(こんな家……卒業したらすぐにでも出ていってやるわよ)




「80ダメージ入ってます!あと2発くらいです」

「わかりました!」

「あっ!俺ちょっとしゃっくり出そうだからマジ、あと頼みます!……ヒック!」

「筑前煮さん笑わせないでください!」

「いやそんなこと言っ……ヒック!出るもんは……ヒック!仕方ないだろ!」


筑前煮キングの配信。この日もFPSゲームに勤しむ総一郎。今日、一緒にプレイしているのは、総一郎の後輩の男性配信者だ。筑前煮キングには配信の神が宿っているのか、最後の2部隊でいよいよ最終決戦という場面でなんとしゃっくりに見舞われたのだ。


これにはコメント欄も大盛況。意図しないところで面白くなってしまうのは、持っているというのか、追い風が吹いている証拠だ。

雑誌で紹介された影響もあるのか、この間まで10万人だった登録者はあっという間に15万人を突破していた。


「いや、今日の配信も同接が伸びてよかった。自分で言うのもアレだが、俺に波が来てるなコレは」


今日の配信の高評価数を眺めながら余韻に浸っていたところに水を差したのは、総一郎のスマホだった。通話アプリに着信。こんな夜更けに電話をかけてくるのは配信者仲間の誰かだと思っていたが、予想は外れた。


「涌井、蓮花……?」


スマホには確かにその文字列。ゲームという共通の趣味があって学校でも会えば話すのだが、言えばその程度の関係でしかない。いきなり通話がかかってくるなんてことは、過去に1度もなかった。


「突然なんの用だよ」

「もっと喜びなさいよ。アタシと電話できる男子なんてアンタくらいよ」

「じゃあ喜ぶ奴に電話かけてやれよ」

「ハァ?アンタに用があんのよアタシは」


総一郎はただただ困惑している。

どうせまたゲームを手伝ってくれとか、荷物持ちとして来てくれとか、そういう使われ方をするものだと思っていたが、彼女の真意はそうではなかった。



「アタシと、デートに行きなさい……」



電話越しでも、声が震えて照れているのが分かった。

だがそれは総一郎とて同じこと。急にそんなことを言われては、いつも冷静な総一郎も取り乱してしまう。つくづく、今の顔を直接見られていなくてよかったと思った。総一郎の顔は柄にもなく火照っている。


「勘違いしないでよ!たまたまペアチケット貰っただけなんだから」

「いや、その、俺でいいのか?逆に」

「仕方ないでしょ、男女のペアでしか使用できませんって書いてるんだから」

「にしても、俺なのか。いやその、誘ってくれるのは嬉しいんだが。アンタなんかモテるだろうに、よりにもよって俺みたいな冴えない男を選ばなくても」

「勘違いしないでよ。モテるかどうかと友達が多いかは全く関係ないわ」


反応に困った総一郎が押し黙っていると、彼女はじれったそうに畳みかけてきた。


「今さら行く男がいないから返します、なんてできないわよ。アンタくらいしか頼れる相手いないんだから、1日くらい付き合いなさいよ」

「わ、わかったわかった。で、いつだよ?」

「……明日よ」

「おいおい、明日だと?いくらなんでも急すぎだろ!」


電話口に向けて思わず叫んだが、蓮花も同じ勢いで叫んで返してきた。


「いいじゃないのよ、どうせ予定ない癖に!」

「勝手に暇人呼ばわりしやがって。まあ偶然にも、明日は予定が空いているから付き合ってやらんこともない」

「じゃあ決まりね。明日の10時に駅に集合。遅れるんじゃないわよ」


こうして、あと12時間もしないうちに弾丸デートの予定が決まった。

総一郎は、ゲームに没頭するようになってから、外に遊びに行くような予定を組んだことはほとんどなかった。時間を決めて、会うのはいつも画面越し。友人と遊ぶ時は、仮想空間の中だ。


「なるほど……明日はパレードのイベントがやっているのか。しかしアイツ、パレードとか興味あるのか。意外だな」


遊園地のホームページを見ながら、開催中のイベントに目を通す。

どうやらマスコットの着ぐるみを着た集団が、歌に合わせて園内を周遊するものらしく、確かに女子ウケは良さそうなものだった。


「最近早起きなんかしていなかったが、遅刻したらなに言われるか分かったもんじゃないからな。風呂入って、さっさと寝るか」


いかにも平静を装っている風の総一郎だが、内心は多少気持ちが昂っていた。

この頃、何故だか突然女性から誘われることが多くなった総一郎。いかにも女性には興味ないという雰囲気全開の態度だが、いざ蓮花や楓のような女性から誘われると気持ちが揺らぐ。彼も男だという証拠だ。


(服……服ってなに着ていけばいいんだ?)


総一郎はハッと気づいてクローゼットに視線を遣ったが、最後に買ったのはいつになるだろうかというレベルの見慣れたラインナップばかり。ファッションに全く無頓着だった自分に気づき、総一郎は小さく溜め息を吐いた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る