第9戦【普通ってなんだよ】

「裏から漁夫来るんで、先に前潰しちゃいましょう。敵1人瀕死です、俺は右から展開するんで萌依さんアルティメット使っちゃってください」

「分かりました!あ、ヤバ痛い痛いッ!筑前煮さん、あたしヤバいかも」

「了解です、回復していてください。コッチは俺が全部やっておきました」


オンラインで通話を繋ぎながら、萌依と総一郎でFPS ゲームに興じている最中。

萌依が囮となって敵のヘイトを買っている間に、『筑前煮キング』が敵を殲滅して見せた。現役を退いても、まだまだ一騎当千の重戦車っぷりだ。


「筑前煮さん本当に上手いですね……」

「萌依さんもナイス囮でした」

「いやいや言い方言い方!もっと言葉選べるでしょ筑前煮くん!」


萌依からのチームの誘いを引き受けた総一郎は、更にパソコンと向き合う時間が多くなった。いつもの自分の配信のルーティンに加えて、配信外では親睦を深めるためにチームのメンバーとゲームをする。


それを、毎日学校の授業を受けた後にこなしているのだ。並大抵の体力でできることではない。

知名度が上がれば、その分仕事も増える。

コラボ依頼や企業からの案件依頼も増えてきた。この辺りは自分の都合だけでは予定を変えられない。有名になりたい一心で仕事の依頼は全て首を縦に振ってきたが、最近は自分のキャパを遥かに超えていることを痛感する。


(期末テストの勉強なんか、冗談じゃない。だいたい出会ってまだ1カ月も経たない奴等の為に、俺が協力する義理なんてないハズだ。俺はただ高校卒業という肩書が欲しいだけで……)


総一郎はベッドへ大の字になって寝転んだ。

彼はいま、夢に向かって突っ走っている最中だ。『普通』の生活をかなぐり捨てる覚悟で越してきた東京。誰とも関わることなく、とりあえず卒業だけできればいい。そのつもりだった。


「順風満帆なハズなのに。それなのになんだ、このモヤモヤは」


目を瞑ると池辺や陽野、そして瑞樹が手を差し伸べている映像が脳内に流れる。

人生1度キリの高校生活だから、一緒に青春しようとでも言いたげな表情だ。

総一郎は目を覚まして飛び起きると、邪念を払うように勢いよく右手で空を切る。


「……クソッ!どうかしてる。何を考えてるんだ俺は、もう萌依さんと約束も済ませてる。引き下がれる訳ないだろ!期末テストも文化祭も俺には関係ない!」


クラスの皆に対しての罪悪感と、『普通』に対しての未練。自分の弱さだと、総一郎は酷く自身を責めた。





あれから数日後の放課後。月末に控えたSTREAMERカップのチームメンバー発表まで約1週間に迫った頃だった。


池辺や陽野の情熱が伝わったのか、放課後の勉強会の面々はどんどんと参加者を増していた。勿論、途中で抜ける者もいたが部活動をしている生徒を除くと、ほとんど全員が教室に残って勉強の意志を示していた。


「部活の子たちも来週からはテスト期間で休みなんだって。だから、勉強会に参加してくれるって言ってたよ」

「ようし、この調子で全員期末テスト乗り越えて、団結力そのままに文化祭だ」


池辺と日野が盛り上がっている傍らで、総一郎はさっさとこの空間から脱しようとリュックを背負う。そして一目散に帰ろうとした時、何者かに制服の袖を掴んで引き留められた。


「待ちたまえよ財津くん。1日くらい、僕たちと楽しい勉強会でエンジョイしていってもいいと思わないかい?」

「興味ない。離せよ、帰ってしなければならない用事がある」


総一郎は凍てつくような視線を浴びせて圧をかけたが、前田は腕を離さなかった。


「毎日毎日、多忙な人間だね。……この調子だと、君は間違いなく赤点だ」


前田は、何処から入手したのか総一郎の小テストの答案を突き出してきた。今日返却されたばかりのものだ。答案用紙には真っ赤なチェックが並んで、右上には12点の文字が刻まれていた。


「お前、それをどこから」

「財津くん。杉本さんに教えてもらった皆、今日の小テスト赤点回避だよ。彼女に教えてもらうのが僕が代わりに教えてあげてもいい。あとは君だけなんだ」


あくまでも食い下がる前田の言動が、総一郎の沸点を超えた。ここ最近まともな睡眠が取れていなかったこともあり、つい語気を荒げて怒鳴りつける。


「どうでもいいんだよ、期末テストも文化祭も!俺はもっと大切なモノ背負って生きてんだ、それがお前らに分かるか!こんな高校、いつでも辞める覚悟はできてる!」


和気藹々とした教室に響き渡った怒声。全員の注目が集まった。


(……やってしまった。ここまで言う必要はないハズだ)


熱が冷めた時、総一郎は自らの過ちに酷く後悔したが後の祭りだ。

口を出た言葉はもう撤回できない。眼前には、物哀しそうな表情をした前田の姿。


「財津くん、僕は君を買い被り過ぎていたようだよ。涌井さんを学校に連れてきてくれた時、悔しいが君がこのクラスの救世主なんだと信じていたんだ。それがなんだ、ここにいる皆がどんな気持ちで勉強しているのか、君は考えたことがあるのか!」


いつも飄々としている前田が、激昂して声を荒げた。

前田が総一郎の胸ぐらを掴んだので、総一郎もまた反射的に前田の首を押さえつけた。取っ組み合いの喧嘩になるかと思われたところで、池辺の仲裁が入る。


「悪い、財津くん。この勉強会も俺達が勝手にやっているだけなんだ。強制するつもりはないさ。でも、俺達は財津くんも揃って初めて1組だと思ってる。だから簡単に高校を辞めるとかさ、そんな悲しいこと言うのだけはやめてくれよ」


池辺によって解放された総一郎。居心地が悪くなった彼は即座に教室を後にしようとしたが、扉の前で再び池辺に呼び止められた。


「財津くん、俺たちいつでも待ってるから!」


目を合わせられない程の眩しい笑顔に送り出された総一郎。

自己嫌悪に苛まれながら、床に転がるホコリでも見つめながらトボトボ歩く。校門を出ようとしたところで前方不注意、誰かと衝突した。


「あ、すいません。前見てなくっ……てお前は!」


視線を上げると、眼前に立っていたのは総一郎もよく知っている顔だった。


「あなたにどうしても伝えたいことがあって、少しだけ勉強会を抜けてきました」


瑞樹は総一郎に軽く頭を下げて隣を歩く。

勉強会が始まってから両者ひと言も口を利いていない。ギクシャクした雰囲気の中、ぎこちない口ぶりで瑞樹が徐々に言葉を紡ぎ始めた。


「まず、財津くんとキング様が似ていると言いましたが、アレは撤回させてください。キング様はあなたのように自己中心的な人ではありません。常にコラボ相手や視聴者のことを考え想い、気遣う、非情に優しいお方です」


筑前煮キングが総一郎だとは知らずに言いたい放題だが、彼女の言葉は総一郎の心を鋭く抉って傷をつけた。物事の真理を突かれたような、ハッとさせられた気分だ。

彼になにか反論させる隙を与えないまま、瑞樹は畳みかける。


「それともうひとつ。財津くん、私からのお願いです。勉強会に……来てください」


突然、瑞樹は深々と頭を下げた。何事かと周りの視線が集中する。

総一郎はあまりに予想外の展開に腰が抜けそうになった。

あの鉄仮面が自分からお願いするなど気でも触れたかと思ったが、総一郎が返事を濁している間も、彼女はずっと姿勢を崩さなかった。


「待てよ、頭上げろって。お前が俺の為にそこまでする必要ないだろ」

「いいえ、上げません。財津くんが首を縦に振るまで」

「俺には何があっても勉強教えないんじゃなかったのかよ」

「気が変わりました。池辺くんたちを見ていると、私もせっかくの高校生活を無駄にしたくないと思い始めたのです。あなたを巻き込むのは私のエゴかもしれません。でもどうせなら、財津くんも含めた皆で楽しみたいんです」


この言葉を絞り出すのに、彼女なりに相当の葛藤があったはずだ。

お互いの意地の張り合いに終止符を打った彼女の気持ちを、汲み取らない訳にはいかなかった。


「分かった、頭上げろよ。……じゃあ明日、俺に勉強教えてくれ」

「えっ、本当ですか!? 」

「ああ、折れたよ。俺の負けだ。ただ悪いが毎日は行けない、俺の都合もある」

「勿論です!ただ、財津くんは皆より遅れをとっていますので、その分スパルタ式でいきますよ!では明日、覚悟していてくださいね!」







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