第4戦【オセッカイな女】

総一郎が家路に着いた頃には、夜の19時を回っていた。今日の配信は20時から。他の大手配信者とコラボの約束を取りつけてある。それ故、絶対に遅れるわけにはいかない。


(コンビニで晩飯買って、パッと食べてパソコンつけないと。だいたいこんな時間になったのもアイツのせいだ)


バッチリ化粧を決めた蓮香の顔が浮かび上がる。

登校初日からすっかり疲労が溜まった総一郎は、トボトボとコンビニへ入った。


総一郎が住むマンションの1階にはコンビニが入っている。彼がこのマンションを選んだ1番の理由といってもいい。


1人暮らしの彼だが、自炊をする兆しは全くない。越してきてから1ヶ月、ほとんど全ての食事をコンビニで補っている。添加物万歳!


ウィン!と自動ドアが彼を歓迎する。そして今日は、いつもの店員だ。


(食えりゃなんでもいい……今日はパスタでも買うとするか。これはタラコとシラスのパスタか、渋くていい)


買い物カゴにパスタと、申し訳程度に健康を気遣った野菜ジュース。それに糖分補給のラムネを放り込んでレジへ。


いつも見かけるこの店員は身長が高く、顔も小さい。栗色の短髪がよく似合う、さながらモデルのような女性だ。なぜコンビニの店員をやっているのか、不思議でならない。


温めますか?と聞かれるのは分かっている。

大丈夫です、の「だ」の口で待機していると、彼女の口から思わぬ言葉が飛んできた。


「キミ、橘の学生だったんだ。毎日毎日ご飯買いに来てるけど、お母さんなにしてるの?」


鋭いキレ味のナイフだ。メンタルが豆腐の人間なら、今ごろ細切れになっている。言葉に詰まる総一郎に地雷を踏んでしまったかと焦る彼女。


「あ、いやごめんね!それぞれの家庭の事情があるのは知ってるんだけど、栄養が偏っちゃうぞ〜?と思ってね!ハハハッ……」


「別に。俺はこの上のマンションに1人暮らししてるだけだ。身体に良くないのは確かに、気をつけようとは思ってる」


「え、高校生で1人暮らし?いいなぁ」

「ちょっと用事があって急いでるんだ。温めはいい、袋は欲しいけど」

「え〜。そんなこと言わずに。お客さんもいないし、お姉さんともうちょっと話そうよ」

「いいや、話さない。帰る」


秋月と名札のついた女性店員が袋詰めを終えると、総一郎はひったくるようにレジ袋を掴んだ。だが彼女も負けじとレジから飛び出すと、さっさと店を出ようとしていた総一郎の腕を背後から強引に掴んで呼び止める。


「あたしのバイト終わるの22時だから。お迎えよろしくね?」

「なに勝手に決めて……」

「んじゃ、そういうことで。もうちょっとキミとお話したいんだ。女の子との約束破ったりしないよね?お店の前で待ってるから!」


彼女は言いたいことだけを一方的に伝えると、自分はバックヤードへさっさと姿を消してしまった。


狼狽える総一郎。恨めしそうに一部始終を見ていたもう1人の男性バイトからの視線が痛い。


(いったい今日はなんて日だ、めんどくさい女によく声をかけられるな。……ってそんなことより配信だ!待たせるわけにはいかねぇ)


腕に巻いた銀時計で時間を確認。タイムリミットまであと40分。

早歩きでマンションの階段を駆け上がり、部屋に入ると一目散にPC の電源を入れる。起動までの間に電子レンジにパスタを放り込み、温めを待つ間に着替えを済ませていく。


家用のダル着がやはり落ち着く。顔出し系の配信者でないので、この辺りは楽だ。

手洗いや着替えを済ませたら、ちょうど電子レンジが鳴いた。






バックヤードに下がった秋月なる店員は考えていた。彼の素性について。


(毎日スウェットでご飯買いに来るものだから、てっきり親のスネ齧ってる引きこもりみたいな感じかと思っていたけど。今日は橘高校の制服。しかも1人暮らしときた)


突然降って沸いた状況を面白がって、彼女は推理を巡らせる。


彼女の周りに1人暮らしをしている高校生なんて見当たらない。いるとしてもスポーツ推薦で選ばれた、学生寮に住んでいる生徒くらいだ。


(もしかしたら有名人?実はアイドルとか俳優さんとか?はたまた高校生実業家!?まあいいや、キミの素性はこのお姉さん探偵、秋月楓ちゃんが丸裸に暴いてあげよう)


いつの間にか無意識に上がった口角を鏡の前で直すと、いつものキリっとした表情でレジに戻る。






20時。大急ぎでパスタを平らげた総一郎は、なんとか10分前に今日のコラボ相手と接触することができた。挨拶もそこそこに、20時を迎えて配信が始まる。


「筑前煮さんってどうしてその名前なんスカ?」

「これもう五兆回くらい説明してるんですけど、いや、本当に名前思いつかなくって。配信始めようと思った日の晩ご飯に出てきた料理で活動してやろうと決めてたんですよ。じゃあ母さんが筑前煮作ってきて」

「いつも由来聞かれるのは変な名前つけた奴の宿命だよ。キングは?笑」

「筑前煮だけだとカッコつかないので、とりあえずつけました」

「筑前煮選んだ時点でカッコよさとは決別しなきゃ駄目でしょ笑」


この日は初対面の配信者とのコラボだったが、持ち前の世渡り力で上手く切り抜けた。相手も気さくな方で、トークが弾む。ゲームの上手さもさることながら、筑前煮キングの魅力はその雑談力にもあるのだ。


「俺、最近寝るときに背骨とか痛くてさ。筑前煮さんって年齢知らないけど、多分若そうだから身体の衰えとか感じることないっしょ?」

「いや、でも視力は落ちたなって思いますよ。この前、クツカギ修理って書いてある看板を間違えてクソガキ修理って読んじゃって。うわ~攻めた店だなぁって感心してたら、ただの鍵屋さんでした」


【クソガキ修理で草】

【攻めた店だなぁじゃねえよwww】

【この人初めて観たけど面白すぎでしょ笑】


独特の抑揚や声の出し方など、殊、喋ることに関しては天性の才能を発揮する。

この日も彼の配信は大盛況。近頃は飛ぶ鳥を落とす勢いで登録者数を伸ばしている。


そして、来たる22時。彼の良心か、どうしても脳裏に秋月なる店員の顔がチラついて離れない。


「……ちょっと突然ですいません。22時から急用というかその、いったん抜けないといけなくって。すぐ終わらせて戻ってきますので、この試合でちょっと落ちます」

「なになに、彼女とかッスカ?」

「いや、コンビニの店員に呼びつけられたんで」

「どういうことだよ!笑 まあいいや、行ってらっしゃい」


マイクをミュートにしたことを確認すると、ヘッドセットを放り出してダル着のまま階段を駆け下りた。既に22時を過ぎている。もう帰っていても不思議じゃない。


マンションのエントランスを出ると、彼女は腕を組んで壁にもたれかかりながら出待ちしているのだった。


「遅い、15分遅刻だぞ。レディを待たせるなんて」

「バカ言うな、俺だって頼み込んで抜けてきたんだ。我が儘に付き合ってやっている分、感謝してほしいくらいだぜ」

「うん、ありがとう。じゃあちょっと歩かない?お姉さんとお話付き合ってよ」


彼女は屈託のない笑顔で礼を言うと、軽快なステップで総一郎を先導する。クイッと指で手招きする様子に、総一郎は不覚にも可愛いと思ってしまう。


そしてズバリ本題。彼女は突然、懐に迫るような質問を投げかけてきた。


「でさ、ぶっちゃけキミって何者なの?」


突拍子もない大胆な質問に、総一郎は思わず吹き出してしまうところだった。


(この女……なにが目的だ)


「えぇっと……?何者といいますと、至って普通の高校生ですが」

「本当かなあ?じゃあ、今からキミの部屋お邪魔しちゃっても平気?」

「いッ、今からだって?馬鹿かあんた、ダメダメ!ダメに決まってる!」

「う~ん?動揺の仕方が普通じゃないですな~?なにか隠してるんじゃないんですか~?」


総一郎としたことが、酷く狼狽してしまった。それを見抜いた彼女は、ここぞとばかりにグイグイと距離を詰めてくるのだった。


「あんた、何が狙いだよ。もしかして空き巣にでも入るつもりか?」

「あ~ら失礼。お姉さんのこの純真無垢な瞳が見えないのかしら。あと、あんたって呼ぶの禁止ね。秋月 楓ってちゃんとした名前があるから。あたしの方がきっと年上だし」

「秋月……さん。なんで俺を詮索するんですか」

「アハハッ、ぎこちないの。キミ彼女できたことないでしょ?」

「う、うるせえな、さっさと答えろよ」


小悪魔的な年上の楓に、総一郎は翻弄されっぱなしだ。ずっとはぐらかされていたが、ここでようやく彼女がつらつらと答え始めた。


「なんでかっていうと、キミと仲良くなりたいから。バイト先の上に住んでる1人暮らしの年下くんなんて、こんな優良物件手放せないじゃん」

「仰ってる意味が……」

「なんかさ、家に帰りたくない時ってあるんだよね。バイトだってお客さんに怒られたりして落ち込んじゃう時もあるしさ。そんな時、駆け込み寺としてキミの部屋に転がり込んじゃう!キミはお姉さんの話をうんうんって聞いてくれて、あわよくば泊めてくれればいいのだ!」

「俺にメリットがないんですけど……」


総一郎がそう言うと、楓はビックリして目を丸くした。


「キミには、お姉さんが魅力的じゃないのか~。1人暮らしの男の子の部屋に、あたしが泊まりに行ってあげるって言ってるんだよ?このあたしが。悪いけど、普通なら土下座して泣きながらお礼するレベルだからね?」


総一郎の反応が予想外だったのか、彼女の声色は明らかに落ち込んでいた。

自信満々な出鼻をくじかれたことで少し心にきたのだろう。


楓は総一郎から見ても、勿論魅力抜群な女性だった。モデル並みのスタイルと刺激的なボディバランス。声も色っぽく、意地悪な年上ときた。普通の男子ならとっくに脳天を撃ち抜かれている。


(好みとか好みじゃないとか、そういう問題じゃない。俺の部屋には禁忌が散りばめられているんだ。いくらゲームに関心がなくても、マイクからパソコンからモニターからガチガチに揃えているんだ、流石に怪しまれる。グッズやトロフィーなんて尚更だ。とにかく、この神聖な空間には何人たりとも足を踏み入れることは許されないッ!)


好奇心旺盛なこの女が部屋に入ってアレコレを見た時の反応を想像するだけで、頭を抱えたくなる。そんな総一郎の苦悩をいざ知らず、能天気に追い討ちをかける楓。


「あ!あるよ、あたしを呼ぶメリット!あたしがキミのご飯作ってあげる」

「!?」

「こう見えてあたし料理上手いの。いつもコンビニじゃ身体に悪いから、お姉さんがキミの体調管理までしてあげちゃう。ねえ、お互いにWinWin の関係だと思わない?」

「いいや、必要ないね。だいたい初対面の男の部屋に、ましてや泊まるなんて、もっと自分を大切にした方がいいぞ」

「それは大丈夫。キミにお姉さんを襲う勇気なんかないのは知ってるから」

「ッあんたなぁ……!」

「な〜んて、冗談だよ~。んじゃ、考えといてね。あと、あたしを避けて違うコンビニとか行き始めるのは許さないから。ちゃんと毎日お姉さんに会いに来ること!」


結局今回も、最後まで楓に主導権を握られて好き勝手に振り回されただけだった。だがしかし、どれだけ彼女の押しが強いとて、部屋に入れることだけは断じてできない。砦として玄関にバリケードを造ることだって厭わない覚悟だ。


「……これはもう1度引っ越すことも視野に入れないといけないぞ」











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