第6話:憧れのもふもふ生活


「ん…」


ほっぺたを舐められる感覚にアンジェルは目を覚ました。眼前にはふわふわのモルモット。全身を包み込む暖かい毛並みはグリズリーのものだ。


「おはようございます、モルモット様」


起こしに来てくれたモルモットに挨拶をするとアンジェルは自身に巻き付いていたグリズリーの大きな腕の中から這い出た。グリズリーはまだぐっすり眠っている。ずれてしまった毛布をかけ直すとモルモットがアンジェルに飛びついてきたのでそのまま抱きしめる。今日も超絶可愛らしい。


アンジェルがこの塔に来て三日経った。

あの日食事をごちそうになった後から、グリズリーもモルモットもこれからアンジェルと一緒に生活するのが当然という態度で接してくれている。事あるごとにアンジェルを抱き上げて共に行動するグリズリーに、ここにいても大丈夫なのかと尋ねるとコクコクと頷かれた。そうして夜はもふもふのグリズリーに抱きしめられて眠るのだ。


「今日は少し肌寒いですね。モルモット様は大丈夫ですか?」


モルモットに尋ねると手をペロッと舐められた。まるで返事をしてくれているようで嬉しい。

共にキッチンに向かうとアンジェルはお湯を沸かすためにやかんに水を入れた。それを合図とばかりにモルモットがかまどに息を吹きかけると火がボッと着く。水道管など通っていないはずなのにレバーをひねれば水は出るし、暗くなると部屋に灯りがともる。窓があるから塔の外から誰かがいることがばれるのではないかと尋ねたが首を横に振られた。ここに来てアンジェルは人智を越えた力に感動するばかりだ。


「何度見ても不思議です。魔物というのは皆すごい力をお持ちなのですね!」


素直に感動するとモルモットは立ち上がりすごいでしょ!と言っているかのように両手を胸に当てている。


「うう、モルモット様可愛すぎです…癒されます…わっ!」


もふもふモルモットのドヤ顔に悶絶していると突然体が浮き片腕で抱き上げられた。子供のように抱っこされるのがもはや当たり前になってしまっている。


「おはようございます、グリズリー様」


そう言うと返事のように鼻をほっぺに押し付けてきた。彼なりの挨拶なのだろう。言葉が交わせないのは少し残念だがこうして意思疎通できているから問題ない。

モルモットが立ち上がりグリズリーにキュイキュイと何かを訴えかけている。するとグリズリーはアンジェルを下ろし、ベッド近くにある棚までのそのそ行くとまた戻ってきた。


「あ…」


戻ってきたグリズリーがアンジェルの肩にブランケットをふわりと掛けてくれた。少し肌寒いと言ったアンジェルの言葉を覚えていてモルモットがグリズリーに訴えかけてくれたらしい。


「ありがとうございます。モルモット様もグリズリー様もとっても優しいのですね」


お礼を言うとポンと頭を撫でられる。彼らの気遣いにアンジェルの心の中はぽかぽかになっていた。


**


「すみません、私もお料理が出来れば良かったのですけれど…」


目の前にコトリと美味しそうなシチューのお皿が置かれた。今日もグリズリーが大きな手で器用に作ってくれたものだ。


侯爵令嬢として育ったアンジェルは家族から冷遇を受けていたがさすがにキッチンに立ったことはなかった。子供の頃は罰として食事を抜かれたことなどはあったが、学園に通うために別邸に来てからは対応は冷ややかでも使用人たちはきちんと食事を出してくれていた。そのため料理をする必要はなかったのだ。


アンジェルができることと言えば紅茶を淹れることぐらいだが、それだけでもグリズリーはとても喜んでくれた。初めてアンジェルが紅茶を淹れて出した時グリズリーが一口飲むとふわっと花びらが舞った。喜びの比喩表現ではなく、本当に花びらが舞ったのだ。これにはアンジェルも驚いてしまった。


「…人に喜んでもらえるということは自分も嬉しい事なのですね」


この温かい魔物たちが自分の知らなかった感情を教えてくれる。ずっと孤独を感じていたアンジェルだがここに来て初めて幸福感を知った。


「私今とっても幸せです」


そう言うとグリズリーが頭を撫で、モルモットは体を摺り寄せてきた。

理不尽なツラい生活の先にはこんなご褒美が待っていた。たとえ今の生活が長く続かなくとも…アンジェルの心はとても癒されていたのだった。


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