第1話 初陣

 スケルトンは魔王によって作られた。

 全身を空っぽの軽い骨で形成し、肉や内臓は一切無い。

 感情もなく、ただ魔王に命令されたことだけを実行する意思のみを持つ。


《人間を蹂躙せよ》


 その言葉がただスケルトンの魂に聞こえ続け、ただ人間を殺戮するだけの化け物と化す。


「カタカタ」


 武器は一本の木の槍。魔王は最強まで育てるとは考えていたが、魔王軍の希望としてスケルトンに魔王の烙印を託したが、武具だけは標準装備とさせた。

 それは魔王が頼っているのは武器ではなく、スケルトン自体からである。


 最強武器を渡せば、すぐに多くの人間は殺せるだろう。

 しかしそれはスケルトンの成長には繋がらない。『魔王の烙印』は何度も封印されることが重要であり、生き残り続けてもあまり意味はないのである。


「カタ、カタ」


 魔王によって繰り出されたスケルトンは最初に地平線が無限に広がる夜の平原に召喚された。

 スケルトンは陽の光に弱いという訳では無いが、確実に弱体化するので、魔王は夜の平原を選んだ。


 そしてスケルトンはその平原にて、目と鼻の先にて、一つの集落を発見した。


《人間を蹂躙せよ》


 魔王の命令がスケルトンの魂により強く鳴り響く。

 スケルトンは一本の木の槍を持って集落の襲撃を開始した。


 月は登り、夜の集落は静まり返っていた。

 聞こえるのは夜の風の音と、豚や牛の家畜の鳴き声、集落の家々が照らす松明が燃える音。不気味なほどに静かな集落にスケルトンは足を踏み入れる。


 この時スケルトンが感じていたものは、寝息を立てる確かな人間の気配。


「カタカタ!」


 スケルトンはすぐさまその気配に、木の槍を家のドア前で構え、ひと突き。

 槍はグサリと木のドアに刺さり、ドアを軋ませる。

 スケルトンはその動作を繰り返す。家のドアに何度も槍を突き刺し、徐々に破壊していく。


 その音はスケルトン一体の攻撃のため、その程度では人間は全く目を覚ますことは無かった。

 そうして遂に家のドアを破壊、ガタガタとドアが揺れる所で、勢いよくドアを蹴破る。

 ドアが強い力で大破する音に、流石に集落の人間。その家の主は目を覚ます。


「んあっ!? な、なんだぁ?」


 男は、寝ぼけた目を擦り、音がした方を向く。

 その方向からは、確かに何者かが歩いてくる音が聞こえていた。


「クソが……まったくこんな夜遅くに誰だよ。泥棒ならぶっ倒してやらぁ……」


 寝起きで意識が朦朧とするなか、ベッドから起き上がると、寝室の隅に置いてあった箒を持って、侵入者を撃退する準備をする。

 そして、寝室と廊下に繋がるドアノブに手を掛け、相手を脅かすつもりで大声で扉を開け放つ。


「そこにいるのは……どこの誰だぁッ!! ……あ"っ?」


「カタカタ」


 男の目の前には全身が骨の魔物。スケルトンがいた。

 しかし驚いて声を上げる暇は無かった。突如腹から伝わる激痛に、静かに呻き声を上げる。

 腹をゆっくり見れば、そこには木の槍がは腹を貫通して、大量の血が勢いよく服の下から滲み出る。


「ごふっ……!?」


 内臓を一撃で潰されたことで、口からまた多くの血を吐き出す。


「カタカタ」


 そうしてスケルトンは一切の躊躇いなく槍を引き抜き、男の腹から噴き出す血を全身に浴びる。

 しかしそれで終わることは無く、床に力無くうつ伏せに倒れた男に、スケルトンはその背中へ槍をもう一度突き刺す。


「あがっ!? やめ、誰……か」


 何度も、何度も、男が完全に生き絶えるまで。そうしてスケルトンは最初の一人目を殺害した。

 そこに当然罪悪感は無く、次の獲物へと視線を向ける。


 そうスケルトンが家を出るために振り返った時、目の前に小さな女の子供が、大きく見開いた目で、男の死体を見ていた。


「パパ……? えっ……?」


「……」


 スケルトンは暫くその子供の様子を見た後、槍を握って腕を強く手前に引く。


「ひっ……!? いやああああああッ!! ─────────ッ!?」


 子供は父の死体と、それを殺した張本人であろう骨を化け物を見て、ただただ目一杯の声を張り上げる。

 だがその悲鳴とも断末魔とも言える声は、簡単に中断される。


 スケルトンが低く構えた槍が喉を貫くことによって。

 子供の首の骨は一瞬して砕け、頭部は斜め下へぐらりと傾けば、そこから血が噴き出し、スケルトンの赤い雨を降らす。


 さぁ次の獲物だとスケルトンは歩き出す時、子供の悲鳴が聞かれたのか、一気に家の外は騒然とする。


「今のはメアリちゃんの声か!! 大丈夫かテッドおおぉ!! 何があったんだあ!!」


 家の外から多くの人間の足元がドタドタと鳴り響く。

 スケルトンはそんな状況でも恐怖や焦りなどは感じなかった。ただ魂の奥底から聞こえる魔王の命令がより強く、煩いほどに響く。


 そしてスケルトンと多くの人間は家の中で対峙する。

 片手には木の槍に貫かれぐったりと倒れるメアリと呼ばれる子供と、滅多刺しにされて無惨にスケルトンの横に転がるテッドと呼ばれる男がいる光景に、後から来た大人達は恐怖より怒りを露わにする。


「テッドおおおおおぉ!! この化け物が! 死ねええええ!!」


 そうして一斉にスケルトンに襲い掛かる大人達にスケルトンは槍をひと突きするが、容易に避けられ、大人の力によって押し倒され、床に伏せられたまま蹴られ、殴られる。

 スケルトンの骨はバラバラに砕け散る。


「頭を、頭を壊せええぇ!」


 その叫び声とともに、大人達が持っていた棒状の武器によって、スケルトンの頭蓋骨は破壊され、完全に再生不可能となった。

 それからスケルトンの意識が完全に途絶えるまでに、大人達の嘆き悲しむ声が聞こえていた。

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