第8場 吐露

 どこからか聞こえていたサイレンの音は、徐々に遠のいて行った。


 現在、俺と今上は1階の居間で腰を下ろしていた。

 

 藍香の部屋を出た後、今上は家全体に追跡魔法を拡大した。その結果、この家は一つの魔法式を完成させていたことがわかったらしい。


 『らしい』というのは、俺自身その意味を理解しきれていないからだ。


 いずれにしても、大規模な魔法を行使した結果、藍香が死んだというのは間違いない。


 そのような結論であることは理解できた。


 それに、おそらくその魔法を行使した犯人が、今上麻白の妹——今上紫苑だということも判明した。ただ、それも確定していないらしい。なんでも『闇派閥』なる魔女だか魔法師だかが関係している可能性も否定できないそうだ。


 そのような必要最低限の説明になっていない解説をご教授頂き、今上はだんまりとした。


 今上はくるくると髪先をいじりながら、何かを思考しているようだった。テーブルに置いた紅茶に時々手を伸ばしては、また思考に深けていた。


 俺はその間、向かい側に座って今上が口を開くのを待った。


 もちろん、ただ待っていたのではない。

 これまでの成り行きを反芻していた。


 ……今上が俺へと接触したのは偶然なんかではないことは大方予想がつく。おおよそどこからか藍香の死を知りでもして、魔法に関する事件という予想をして、俺へと近づいて来たのだろう。


 そうでなければ、初対面のクラスメイトを『わざわざ』放課後の屋上で待ち伏せなどしないだろう。それに、そもそも手紙で呼び出してきた人物も、今上なのかもしれない。あの屋上で手紙の差出人らしき人物は一切現れなかったわけだからな。


 それに屋上で、小さく『クラスメイトの言っていた通り——』と言っていたことも合わせると、事前に俺に接触するために調べていたことくらいはいやでも想像がつく。


 考えをまとめるようにして、目の前に座る今上のことを観察した。


 今は、得体の知れない今上という魔法使いを少しでも長く見ることで、優位に立つための材料を見つけるしかなさそうだ。


 とりあえず、ここ数時間程度で分かったことといえば、無意識か意識的にか分からないが、クリーム色の髪を触り、色白い指先で毛先をくるくるとする癖を持つことくらいか……。


 そして、伏目がちにこげ茶色のテーブルへと視線を落とした。


 そのような行動をさらに繰り返し続けて10分くらい経過したところだった。


 顔を上げた今上は、申し訳なさそうに、桜色の下唇を噛んでいた。視線が合うと、突然頭を下げた。ふわっとクリーム色の髪が揺れて、テーブルの上に垂れた。


「ごめんなさい」

「突然、どうした?」

「赤洲くんの妹さん——藍香さんを殺めたのは、おそらく紫苑だから——」

「お前に謝罪されたって、藍香は帰ってこないだろ……だから、顔を上げてくれ」


 できるだけ感情を押し殺して言えた……と思う。


 不思議と自分自身でもなぜこんなにも冷静に振る舞えているのかわからなかった。ただ、この場で今上に謝罪されたとしても、何も変わらないことだけはわかったからかもしれない。


 結論が変わりはしない。

 死人は生き返りはしない。

 それに、俺自身のやるべきこともわかった。


「でも——」

「だから、そういうのイライラするからやめろ。お前が謝罪したところで、何も変わりはしない。それに、まだお前の妹さん——紫苑さんだったか?その妹さんが本当に藍香を殺したかどうかわからないだろ?『闇派閥』の魔法師だか魔女だかの可能性もあるのだろ?それに、そもそも藍香と魔法の接点だってわかっていない」


「それでも——」


 今上が再度謝罪の言葉を繰り返そうとした。


 その瞬間——俺は立ち上がった。思いのほか意外に大きく、椅子がフローリングの床に擦れる『キュー』という音が鳴ってしまった。その不協和音に、今上はびくっとした。俺は今上の真横へと移動した。今上はまだ頭を下げたままだった。


 たかが数時間程度しか一緒に過ごしていないが、今上が頑固であることがわかった。屋上での魔法をミスした時だって、頑なに認めなかった。そんな今上が頭を下げ続けている。


 俺は一度息を吐き出したから、華奢な今上の肩を押し上げ、顔を上げさせた。瞳には、涙が溢れていた。すぐにぽろぽろと頬をつたって涙がこぼれ始めた。


 嗚咽を押さえるように、今上は小さな声で言葉を絞り出した。


「私……紫苑のこと何にもわからないの……あの子がプレッシャーを感じていたのは……今になって、そうかなと思えるようになって……でも急にいなくなるなんて……人を殺めるなんて……」


 テーブルの上に置かれたティッシュを数枚手にして、今上の前へと差し出す。今上は「……ありがと」と呟き、そっと涙を拭いた。涙で充血した瞳が俺へと向けられた。


「ごめんなさい」


「謝罪はいらない……それよりも、お前の妹さんについて教えてくれ。まず、お前は妹さんと確執があったのか?」


「ううん……何と言えば良いのかな……少なくとも私は紫苑と仲良くしたいと思っていた」


「『仲良くしたい』ということは、実際は仲良くなかったということか?」


「おそらく……紫苑は私と比べられることを嫌がっていたから……それで、家出したんだと思う」


「ちょっと待ってくれ。お前と妹さんが比べられるという状況がよくわからない」


「私たち『今上家』は、古くから続く魔女の家系なの。次期当主は、魔法の実力で決めることになっているの。でも、私が当主として相応しくない場合を考えて、本家の『今上家』は分家の『今下家』から紫苑を養子にした。お互いに敵対心を抱かせて、実力を争わせようとしているみたいだったから……」


「なんとなく、お前の置かれていた環境については把握した。予想するに、今上と紫苑は幼いころお互い姉妹同然に仲良くしていたが、強制的に突然競い合う仲になり、お互いにどう接したらよいかわからずに、今を迎えた、とかそういうことか?」


「そ、そう」


 今上は驚いたように、赤く充血した瞳を見開いていた。


 そんな驚くことか。

 何処かのドラマで家督争いの話を思い出しただけなんだが。

 

 まあ、そんなこと今はどうでもよい。

 とにかく、今上が妹さんと上手くいっていなかったのは把握した。

 そうなると、次に考えるべきことは————


「いつから、妹さんは姿を消したんだ?」

「姿を消したのは半年前、でも家出は1年くらい前から」

「それまで、誰も連れ戻そうとしなかったのか」

「うん」

「なぜだ?」


「本家は、紫苑の居場所を定期的に魔法で突き止めていたの。紫苑は今上家の所有している別荘に滞在していたらしいと。そこから一般人として中学校にも通っているみたいだった。でも、突然、半年前から足取りを掴めなくなったの」


「それで、慌てて居場所を突き止めようとしたが後の祭りというわけか」


「そうだね……見つからなかった。1週間経っても、1か月経っても……6か月経っても、気配を掴めなかった。まるではじめから紫苑が存在していなかったかのように。何一つ生きている痕跡が見つからなかったの。だから、紫苑が最後に目撃されたこの天神市を再び調査することになった。でも、今上家は秘匿で捜索し続けた。お母様はお家騒動によって家名に傷がつくことを恐れていたのだと思う……ほんとくだらないよね」


「そうか」


「そして、2か月前——7月。私にも『調べるよう』にと任務があった」


 ひどく申し訳なさそうに、今上はつぶやいた。



 

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