第30話 悲鳴と絶叫と謝罪

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


「いいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


「えっ!?なにっ!?なにが起こってる!?」

 別にやることがなく、ぼーっとしていたところに響き聞こえてくる二人の絶叫。

 一人は先輩であり、もう一人は恐らく妹だろう。

 部屋の中から聞こえてくる事件的な悲鳴とは異なり、かなり本気度の高い、有り体に言えば迫真の叫び声だった。


 ベッドから飛び起きて、すぐに部屋を出る。

 階段を駆け下り、風呂場へ続く扉を勢いよく開いた。


「大丈夫か!?」


 むせ返るような湯気が吹き込み、一瞬で視界が白ばむ。

 そこには腰を抜かす妹と、まだ濡れている全裸の先輩が――


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


「いいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


「わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああごめえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん!!!!!!!!!!!」


 久しぶりに僕の顔を見て驚く妹、僕に裸を見られて叫ぶ先輩、裸を見てしまって謝罪する僕。

 勢いよく扉を閉め、その場に座り込んだ。


 動揺が止まらず、動悸が止められない。

 あー最悪だ。

 口には出さないが、頭を抱えるようにしてそう思う。

 こんな意味の分からない形での再開も最悪だし、先輩の裸を見てしまったのも最悪だし、先輩の存在が家族にバレてしまったのも最悪だ。

 なんだこの気まずい三重苦。

 僕はこれからどうすればいい?


 少しして廊下と洗面所を区切る扉がノックされる。

「もう、大丈夫です」

 かすれるような先輩の声が聞こえ、ゆっくりと扉を開く。

 そこには渡した服を身に纏う濡髪の先輩がいた。

 涙目で、かなりご立腹の。


「…………ほんとすみませんでした」

「もういいです。白墨君は私の裸を覗きたくてここへ来るような人ではないと分かってるので」

「先輩……!」

 なんて理解のある先輩を持ったのだろう。

 僕は果報者だ、涙が出そうになる。

 

「ところで、その……見ましたか?」

「はい?」

「答えて下さい。見えてましたか……私の裸」

「……ミエマセンデシタ」

「急に片言じゃないですか!?やっぱり見たんですね!見えたんですね?」

「いやいやいや風呂の湯気凄くて全然見えませんでしたよ!」

「ほんとうに、ほんとうですか?ほんとうですよね?」

「扉もすぐ閉めましたし、なんにも見えなかったですよ」

 先輩は訝しむような視線を数秒向けた後に、溜息をついた。

「そこまで言うなら、見えていないということにします」

「ありがとうございます」

 頭を深々と下げると、先輩は慌てた様子で頭を上げるよう促す。


 まあ、漫画やアニメの演出のようにそこまで濃い湯気が出るわけもなく。

 仮に濃い湯気で隠れていたとて、一メートル程度の至近距離なら見えるわけで。

 その、なんだ。

 僕は嘘つきだった。

 

「とりあえず、部屋に戻りましょうか。いろいろこんがらがるので」

「そうですね。こうなってら事情を説明して、納得してもらわないと」

 二人の視線の先は、我が妹、白墨 異白だった。

 彼女は目の前で起きたよく分からない事――見えも聞こえもしない透明人間と会話する兄、を見て何も言えないようで、ただ口をパクパクさせている。

 

 それもいかにもラブコメでありそうなやり取りをしているのだ。

 気の動転っぷりは少し同情するものがある。


「よし異白ちゃん、お兄ちゃんに言いたいことはいろいろたっぷりあるとは思うが、一度説明を聞いてくれるか」

 ぶんぶんと異白は首を縦に振った。

 まだ驚きで声が出ないらしい。


 腰が抜けた彼女に手を差し伸べ、引っ張り、肩を貸した。

「お前、こんなに大きかったっけ」

 育ち盛りの異白は見ないうちに背が伸びて、体が大きく、顔つきが大人になっている。

 何年くらい僕は妹のことを知らなかったのだろうか。

 何年くらい僕は妹のことから興味を失ったのだろうか。

 

 あれだけ小さかった身長に、大きな成長を感じるのは僕の怠慢なのだろう。


 異白は何も言わず、気まずそうにあらぬ方向を見ている。

 僕も、口を閉じた。

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