にくの日


 ~ 六月二十九日(水) にくの日 ~

 ※面壁九年めんぺきくねん

  忍耐強く一つことに専念して完遂すること




「……入学以来、何度か人づてに聞いてな? 我が耳を疑っていたのだが」

「きゃははははは! おにい、まさかこんな面白特技もってたん!?」

「特技じゃねえ」


 校内全てに、自ら通算五百回目の立たされをカミングアウト。

 すっかり慣れて、恥ずかしいことだってのを忘れてた。


 そしてこいつらが校内にいることも忘れてたぜ。



 ――地に落ちた評価をなんとか回復しようと。

 妹コンビをバーベキューにご招待。


 さすがに煙が心配だったんだが。

 困ったなあの呟き一つで窓に換気扇を作ってしまったこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきののおかげで問題なし。


 グリルから上がる煙は、真上に設置された吸煙筒から外に出て。

 代わりに外気を冷やしつつ室内に取り込む大掛かりな装置を、三時間目の終わりには完成させて。


 そんな素早い仕事が。

 四時間目の俺の廊下行きを決定づけた。


「先生に、即刻解体しろって言われてたようだけど」

「まあまあ……。立哉君の名誉回復のため、一回くらいは使わないと……」


 ありがたい話ではあるが。

 そんな秋乃の気遣いも。

 極上ハラミも。


 未だ春姫ちゃんの心には響いていないご様子。


「……教室内でバーベキューとは。これにも呆れたものだ」

「頑張ってるんだから、俺の評価をさらに下げるな」

「……昨日の時点でもともと海抜ゼロ地点だ。心配するな」


 黙々とハラミを食べる春姫ちゃんのご機嫌は最底値。


 何ゆえここまで不機嫌なのかと凜々花に聞いてみたところ。


「あんな? ハルキー、毎日のように男子から告白されてんのよ」

「知ってる」

「そんでな? お代わり」

「ほれ」

「なんだっけか、お付き合いはできないけど好きな人がいるって断っとるんよ」


 相変わらずのいつも通り。

 凜々花の話は答えにたどり着くまでとことん寄り道する。


「その人は、学年主席で品行方正。ルックスが良くて背も高くてハルキーに笑顔をくれた人でお肉追加でいつも誰かのピンチを救ってくれる人で」

「ほれ肉だ。それで?」

「そんな架空の人物がいたら……? あー!? そのお肉、凜々花が丹精込めて育て上げてたのに!」

「おいこらそれで?」

「……先ほど、完璧な火入れを施した我が子を取られた報復だ」

「むきいいいいいい!!! 凜々花が注いだ心血を!」

「……血抜きされている肉に注ぐなよ、血」

「おい結論は!? ……聞いちゃいねえ」


 戦が始まったせいで。

 寄り道したまま、凜々花の話は終わってしまったが。


 そうか、凜々花ちゃんの理想は完璧超人だったか。


 いつか彼氏として紹介された時に恥ずかしくないように。

 俺も張り合えるようにならないと。


 まずは学年主席。

 そして、春姫ちゃんを笑わせればいいんだな?


「……しかし、食べ物で機嫌を取ろうなど。浅慮ではないか? 立哉さん」

「おいおい、海抜ゼロから下げるな。そのうち油田掘り当てちまうだろ」

「……安心しろ、立哉さんの評価は、現在地面から空へ向かっている」

「ほんとか?」

「……しかも油田とは言わんが、さっき上質のコーヒー豆は手に入れたぞ?」

「うはははははははははははは!!! 既に地球突き抜けとる!」


 いやまずい。

 俺の評価、このままでは星空へ向かって真っ逆さまだ。


 しかも俺が笑わされてどうする。

 えっと、なにか春姫ちゃんを笑わせるネタは無いかな……?


「……それにしても。お姉様は手伝わないのですか?」

「きょ、今日は立哉君が株を上げる日だから……」

「……ふむ」


 俺がネタを考えている間に。

 一旦、箸を置いた不機嫌さん。


 解凍が終わった肉をミートハンマーでたたいて。

 ハーブソルトと粒こしょうをまぶして。


 もてなしたいのに手伝ってもらうなんて本末転倒だけど。

 相変わらず見事な手際。


「すげえ助かる。さすが春姫ちゃん」

「……今の立哉さんに褒められても嬉しくない」

「勘弁してくれよ」

「……そう思うなら、立派なところを見せると良い」


 不機嫌でいる事に疲れたのか。

 それとも温情か。


 春姫ちゃんは、少しだけ微笑むと。

 下処理を終えた肉をグリルに並べていく。


 それを座りしままに食らう家康とペリーは。

 もちろん上機嫌になって……?


「あれ? どうしたペリー」

「ペリーじゃないよ……?」

「上機嫌にならんの?」

「蒸気船にも乗ってない……」


 どういう訳やら。

 代わりに秋乃が不機嫌になったように見えるんだけど。


「意地悪……」

「意地悪なんかしてねえだろ」


 なんだお前ら姉妹は。

 俺の好感度の絶対量でも決まってるのか?


 しょうがないから最後の肉は秋乃の皿に乗せて。

 少し笑顔を回復させたところでバーベキューはお開きだ。


「それにしても、よく叱られなかったな、煙これだけ出しといて」

「そ、それはもちろん」

「煙が消える装置でも付いてるのか?」

「煙が出てても問題ないようにしておいた」


 問題ない?

 なんだか不安な言い方だな。


 どういう細工をしたのか。

 説明を求めようとしたんだが。


 俺は、質問するまでもなく。

 意外な場所から答えを教わることになった。



『あー、三年の教室から白煙を上げている者と、校舎の壁にでかでかと魔法のランプの絵を描いた者はバケツとぞうきんを持って職員室に来い』



「うはははははははははははは!!!」



 やれやれ。

 それじゃあ、今日は一緒に出頭するか。


 俺は秋乃の手を引いて連れて行こうとしたところで。


 ふと、さっきの凜々花の言葉を思い出した。



 春姫ちゃんの理想の人。

 付き合うことはできない、学年主席。


 品行方正でルックスが良くて背が高くて春姫ちゃんに笑顔をくれた人でお肉追加でいつも誰かのピンチを救ってくれる人。



 …………秋乃のことじゃないか。



 絶対の信頼と愛情を注ぐ。

 お姉様大好き、春姫ちゃん。


 なるほど、そういう事だったか。

 でも、それなら一つだけ問題がある。



 『品行方正』



「やれやれ……。じゃあ、どっちも俺のことじゃねえか。行って来るから後片付けは頼む」

「え……? でも、落書きは……」

「さすがにやり過ぎた。多分、掃除が終わるまで帰ってこねえから」


 そう言いながら、教室を出ようとした俺に。


「……だから。そういうところなのだよ」


 俺の評価を太陽系から脱出させてしまった春姫ちゃんが言葉をかけて来たんだが。


 さぞや苦々しい表情を浮かべているだろうと。

 扉を出る時、ちらっと確認してみると。



 どういう訳か。

 彼女は俺に。


 微笑んでくれていた。




 …………そうか。

 なるほど、分かった。



 俺は。



 見限られたのですね。




 ――それから十数分後。

 五時間目の授業中。


 屋上からザイルロープで吊り下げられながら。

 ペンキを掃除することになったんだが。



 とうとう壁に立たされたと。

 全校生徒が窓から顔を出して笑う中に。


「笑わせるって。そういう意味じゃねえんだけどな……」


 最近、咳き込むこともほとんどなくなって。

 ようやく普通に笑うことができるようになった春姫ちゃんの。



 輝くような笑顔が混ざっていたのだった。


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