初恋はピアノの調べと共に

内藤 まさのり

第1話

 それはある夏の朝の事だった。通学路で交通事故があったらしく、道端に花束などが供えられていたが、昨晩の雨風で無惨に散らかっていた。僕は亡くなった人を悼む気持ちが散らかされている気がして、お供え物を拾い集めて整えた。その時ふと誰かの視線を感じた。しかし周囲には誰もおらず、気のせいだと考え直すと急いで合掌し学校に向かった。


 すっかり日が暮れた帰宅の途中、例の交通事故現場にやってきた。朝には無かった花束が増えていた。僕は合掌し、『安らかに眠ってください』と心の中で唱えた。その時だった、後ろから誰かに話しかけられた。

「ねえ君、私のカレシになってくれない?」

振り向くと綺麗な女性が立っていた。驚いてすぐに返事が出来なかった僕に構わずその女性は続けた。

「私の名前はユイナ。君の名前は?」

「僕?僕の名前はアイザワ、アイザワリョウヘイですが…」

「質問。リョウヘイ君にはカノジョはいますか?」

「…い、いませんけど。」

「じゃ決まり、リョウヘイ君は私のカレシ。よろしくね。」

ユイナさんが右手を差し出した。綺麗な年上の女性と話した事がない僕は〝カレシ“という言葉にぽーっとする中、言われるままに右手を前に出していた。

「ハイ、契約成立!」

彼女が私の手に近づいた瞬間、僕の右手に痛みが走った。僕は右手を反射的に引っ込めた、その時遠くから僕を呼ぶ声がした。

「おーい、リョウヘイ、何やってんの?」

見ると同級生が呼んでいた。何かバツが悪く、ユイナさんを見た…と、そこに居たはずのユイナさんの姿はどこにも見えなかった。

 

その夜、僕はなかなか寝付けなかった。〝幻を見た〟と言うにはさっきの女性との会話はあまりにリアルすぎた。その時、耳元で囁くような小さな声が聞こえた。

「リョウヘイ君、大丈夫よ。私は霊だけど実在してる。」

「わー」

僕はベッドの上に飛び起きた。見るとヘッドボードに両肘をついて、頬杖をついた女性がこちらを見ていた。それは紛れもなく先ほど交通事故現場近くで会った女性だった。僕は『あわあわ』と言葉にならない声を発していた。

「ユ・イ・ナ。女性に何度も名前を言わせるなんてデリカシーが無いわね。」

「…ユイナさん、霊って言ったけど幽霊って事?本当に??」

「んー、幽霊って生きている人間に災いをもたらすイメージあるよね。私は多分そういうのじゃない。ていうか人間みんな亡くなると霊になるんじゃないかな。私にはあちこちに霊が見えてる。ただその中には余程の恨みがあるのか人格を失って狂暴化しているように見えるものもある。そういうのが幽霊なんじゃないかな。」

説明されているうちに、僕は少し落ち着いてきた。

「…あのー僕、生前のユイナさんにお会いしてます?」

「今日が初めてよ。私、交通事故にあって気が付いたら霊になってて、あの場所から動けずにいたの。その時あなたがそこへ来た。私は散らかったお供え物を直しているのを見たわ、そして霊感っていうのかな、あなたは私がいることを察したわ。そして思ったの、あなたとなら意思疎通ができる、あなたなら私の願いを叶えてくれるって思って…」

「…願いってなんですか?」

「その前に…リョウヘイ君は女の人とデートしたことある?」

「ないですよ!」

僕は照れからか大声を出してしまった。ユイナさんは笑いながら続けた。

「明日ってたまたま休日でしょう?都庁の展望室って行った事ある?」

「…ないですけど。」

「ではリョウヘイ君の人生初デートは新宿にしましょう。日中は私の姿は見えないわ。でも私はあなたの傍にいるから。人気がないところで話しかけてくれれば応えるから。」

「えっ?えっ!」

僕は一方的な会話についていけなかった。でもそんな僕を見てユイナさんは笑っていた。最高にかわいい、いたずらっぽい笑顔だった。

「では明日ね。」

そう言うとユイナさんの姿が急速に見えなくなってしまった。

 その夜はなかなか寝付くことができなかった。

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