第三話 『星が躍る海で』 その2


「えへへ。大丈夫だよ。みんな、かなり疲れていたから……」


「お前は錬金薬を調合してくれていたみたいだが」


「うん。戦闘で、それほど力になれなかったから。私の力じゃ、『虎』の戦士たちを負傷させずに制圧するのは難しくて、シアンさんに頼ることも多かったし……ふわわ!?」


 子供あつかいするようで悪いが、妹分がどうにも健気な可愛らしさを見せるものだからな。ついつい頭をなでてしまっていたよ。


「そ、ソルジェ兄さん……っ」


 真っ赤になってしまうククリが目の前にいた。年頃の乙女には、こういうたぐいのスキンシップは少々デリカシーに欠けるのかもしれない。


 だが、どうにも癖というものは治らなくてね。何よりも、ククリは照れた顔も可愛いと来ている。兄貴分として、この顔を楽しめるという特権も手放したくはないな。


 もちろん。あんまり長くしていると、ククリに嫌われてしまうかもしれないから。ほどほどにしておくとしよう。なでなでの時間は終わる。蛮族の無骨な指から解放されたククリは、ふう、と大きく息を吐いた。


「も、もう。人前でこういうのは、ちょっと恥ずかしいというか……」


「じ、自分は、その!く、空気のような存在でありますので!!お、お気になさらずに、どのようなスキンシップでも行いください!!」


「大げさな青年だな」


「も、申し訳ございません、サー・ストラウス!!」


「……ジャンさんも不器用のカタマリみたいな性格しているけど、『虎』の人たちもかなり不器用なんだね。男のヒトって、そういう性格が多いのかな?」


「女性より馬鹿なのが一般的な男の特徴ではあるよ」


 『メルカ・コルン』の優秀すぎる女性たちに比べると、この大陸の大地にはびこる男どもなんぞ、野猿と大差がない。


「そうなんだね。だから、『アルテマ』も自分の『ホムンクルス』ばかりを造ったのかな……?」


「有能な女性からすれば、男なんぞ本当にくだらなく見えたのかもしれん」


「でも。すごい男のヒトたちだって、いるのにね!ソルジェ兄さんとか!」


「ククク!……お前にそう言ってもらえると、うれしくなるよ」


「事実だし!」


 天真爛漫な笑顔に出会える。戦場でも笑顔を絶やさないヤツってのはね、女性に多いんだよ。真の意味で心がタフなんだと思うぜ、男よりも危機に対しての強さを知っているのかもしれん。


「それじゃあ、ソルジェ兄さん。ご飯にしようよ」


「呼びに来てくれようとしていたのか?」


「うん。でも、起きてくれていた」


「妹分に起こされる楽しみを逃してしまったな」


 ミアにダイブされたりすることが、シスコンなオレには何物にも代えがたい楽しみであったりするのだが―――ククリのような年頃の娘は、そういう行動を取りはしないだろうが、夏の照りつく太陽に顔を焼かれて目覚めるよりも、妹の声で眠りから覚めたくはある。


「また、次の機会だね」


「楽しみにしておく」


「じゃあ。こっちに!」


「ああ……戦士よ、案内、ありがとう。持ち場に戻ってくれ」


「イエス・サー・ストラウス!!」


 マジメな態度の敬礼を見たよ。不器用なところも感じはするが、礼儀正しさというものは清々しいものではある。敬礼をすることはないが、わずかに頭をうなずかせて礼を伝えた。


 戦士は緊張を残した顔のまま、駆け足でこの場を立ち去っていく。


「……んー。本当にマジメだよね。『虎』のヒトたち」


 しみじみとした感想を口にしつつ、ククリはうむうむと頭を小さく何度も縦に振っていた。


「世界の一つの側面だよ。『虎』の戦士は、ああいうものさ」


「『虎』の戦士さんたちってさ、シアンさんとは、またちょっと違うよね。女性だからかな?」


「シアンは仮に男だったとしても、今の態度や性格とそう変わらない気がするぜ」


 強さに対しての追求と、肉と酒を愛する趣向。ああ、野菜は食べたがらない。戦いが好きで、『虎』の誇りを持っている。男のシアン・ヴァティを想像することは難しくもなかった。美女のシアンの方が、オレからすれば好ましいがな。


「男になったシアンさんか……うん。なんだか、ピンと来るような気もする」


「だろ?」


「でも、あんまりそういうこと言っていると、シアンさんに叱られちゃいそうな気もするね」


「仮定のことを想像するのは、あまり行儀の良いものばかりとは限らんからな」


「うん。じゃあ。これでやめておこう」


「そうだな」


 ククリの社交性も磨かれているのだ。口は災いのもとであり、シアンは仲間に対しても打撃を伴うコミュニケーションを取って来る。女子にはやさしいが、男にはとても厳しい側面も持っているからな。


 男の馬鹿で愚かな無駄口を叩きのめすほどに、世の中は理想へと近づくと考えているのかもしれんし、もし、そうだとすれば反論のための言葉をオレは持っていなかった。馬鹿な口は黙らせるべきだ、という哲学も分かりやすくていい。


「さあ、お肉を食べようね!体力を回復するのも、私たちのお仕事だもん!」


「そうしよう。いい香りがしている」


 空腹を満たしたくなるよ。牛の肉を焼くにおい。朝飯と昼飯を兼ねることになりそうな、寝起きの食事。昨日、暴れ続けた猟兵の胃袋には、何とも相応しいメニューが待ってくれていそうだよ。




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